前編:佐々木朗希のメジャー挑戦は、なぜ今なのか?
ポスティングシステムを利用して、メジャー移籍を進めている佐々木朗希は、この冬のアメリカ野球界で最大級の注目の的になっている。最終的な球団決定は来年の1月15日以降と見られているが、なぜ佐々木は年齢的な条件から安価な契約しか結べない今、渡米を決断したのか。アメリカ側から見た佐々木像はどのようなものなのか。
12月上旬に行なわれたウィンターミーティングの現場から検証する。
【前代未聞の日米約100人の記者が会見に】
「これほどの人が集まるとは......」
壇上に上がった大手代理人事務所ワッサーマンの大ベテラン代理人、ジョエル・ウルフ氏は瞬間、思わず驚きの声を挙げた。もともと目立つのが好きではない54歳の代理人が、実に居心地悪そうにステージ上で記者たちに対峙した姿が印象的だった。
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今年はテキサス州ダラスで12月12日まで行なわれたメジャーリーグのオフ最大のイベント、ウィンターミーティング。その最大のハイライトは、10 日にウルフ代理人が行った佐々木朗希に関する状況説明のメディア対応だった。
この日の朝、ポスティング公示された佐々木側とMLB全チームとの交渉が解禁。その直後、代理人はついに沈黙を破った。当日、会見予定が記される記者ワークルーム前のホワイトボードに、「11時半からジョエル・ウルフ(佐々木の代理人)が対応」と告知されたのも異例のことだった。
例年、ウィンターミーティングでは多くの大物スーパースターを顧客に抱え、"吸血鬼"とすら称されるスコット・ボラス代理人のメディア対応が注目のイベントになる。そのボラスですら、これほどの記者たちを引きつけたことはない。約100人に及ぶ日米記者が集まった異例の規模での代理人会見は、今オフの風雲児になりそうな"ロウキ"の注目度の高さをわかりやすい形で示していた。
ロウキ争奪戦がアメリカでもこれほどの話題を呼んだ理由は、ひとつにはその才能の確かさが、すでに米球界にも轟いていることだ。2022年のNPBシーズン開幕直後に2試合連続完全試合というとてつもない偉業に迫り(2試合目は8回終了後に降板のため)、翌23年春には侍ジャパンの一員として臨んだWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)準決勝のメキシコ戦で先発して快速球を連発した。そのメキシコ戦では2ランを被弾するなど最高の投球ではなかったものの、稀有な才能は誰の目にも明白だった。
「100マイル(160キロ)以上の球を、あれだけ軽々と投げ込む投手は見たことがない」
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日本対メキシコ戦をマイアミのスタジアムで現場取材した『ボストングローブ』紙のピート・エイブラハム記者は、いまだに"ロウキ"の話になるとそう目を細める。こういった評判、実績のおかげで、佐々木の"次なる大物(The Next Big Thing)"としての評価は定まった印象があった。
ただ、それだけではなかったのだろう。アメリカ人には理解し難いメジャー挑戦のユニークなタイミングも、佐々木の話題性に拍車をかけた感があるのだ。
【難解な決断が注目度をより大きなものに】
23歳の佐々木はいわゆる"25歳ルール"の対象者であり、現状アメリカで得られるのはマイナー契約に限られる。各チームの海外ボーナスプールの額が一新される来年1月15日以降に契約しても、契約はおそらく500万ドル(約7億5000万円)程度。エース級の働きが期待される大物がそこまでの安価で得られる例はなかなか存在せず、ウルフ代理人が「全30球団というわけではないが、すでに20球団以上が接触してきている」と明かすほどの大争奪戦が勃発するに至った。
日本のファンならすでにご存知の通り、あと2年ほど待てば佐々木はメジャー契約が可能になる。佐々木の潜在能力と将来性を持ってすれば、その時点でマーケットに出れば数億ドルが得られると見られている。ここでの年俸総額の格差を見れば、往々にしてビジネスライクなアメリカの関係者なら、このタイミングでの渡米は「理解が難しい」と考えるのも当然だろう。
テキサス州サンアントニオで11月に開催されたGM会議中、ある代理人は「(佐々木のこの時期の渡米は)クレイジーだよ」と笑いながら話していた。交渉を担当する代理人の懐に入る金額も最終的な契約次第なのだから、割が合わないと考える者も、なかにはいるに違いない。
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2017年に渡米した大谷翔平も似たケースだが、佐々木は日本球界ですでにやり残したことがなくなったというわけではない。佐々木は、まだ優勝経験も、1年を通じて先発ローテーションを守った経験もない。日本のように"所属チームに恩返し"という感覚はアメリカでは薄いとしても、ほぼすべての関係者が"ビジネス的にベストのタイミングではない"と考えていたはずだ。
もっとも、割に合わないことをしようとするアスリートには、新たな魅力とニュースバリューが生まれる。日本で活動してきた佐々木は、アメリカの記者たちが簡単に取材できる選手ではない。WBC以降はまだ一度も米メディアに対応していないこともあって、余計にミステリアスな存在になった。それゆえに、代理人の会見に異様なほどのメディアが集まる事態となったのだった。
今後、すでに渡米した佐々木は各チームとリモートでの交渉を始め、クリスマス前には行ったん帰国。その後、候補をいくつかのチームに絞り、それぞれの都市を訪れて最終面談に臨む。契約は1月15日以降で、長いプロセスが待ち受ける。決着のその瞬間まで、いやそれ以降も、"ロウキ"は現地でも魅力的な取材対象であり続けるだろう。
今後、佐々木のリクルートにはどんなメンバーが起用され、どれだけのチームが最終面接に残るのか。最終的にいったい何が決め手になるのか。異例の獲得競争とともに、アメリカでの巨大な話題性も継続するに違いない。
つづく