スポーツを支える仕事〜FC町田ゼルビア広報/西村美紅
2024年のJリーグを制したのは2連覇を果たしたヴィッセル神戸だが、リーグを面白くしたのはJ1に昇格したばかりのFC町田ゼルビアだった。
2023年にJ2で優勝を飾った町田はJ1でも快進撃を続け、「J1昇格、初優勝」を実現するかと思われたが、終盤になって失速し3位に終わった。そんなチームを支えたのが広報の西村美紅(みく)だった。
立教大学ラグビー部でトレーナーをつとめた西村が、大学卒業後に就職したのはサイバーエージェントだ。
「入社早々、希望したコンテンツづくりに携わることができました。私は、アイドルグループ『乃木坂46』のモバイルサイトをディレクターとして担当することになりました。エンジニアやデザイナーと一緒に、自分たちが考えた企画を形にしていく仕事でした」
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その後、彼女に転機が訪れた。
「サイバーエージェントが町田の経営に関わっていることは、就職活動をしていた時から知っていました。面接試験で話題にあがったこともあります。もし関われる機会があるなら『やってみたい』と言いました。どうやらそれが、人事関係の資料として残っていたようです」
町田がサイバーエージェントのグループ会社に入ったのは2018年10月。2022年10月、青森山田高校を率いて7度も全国優勝を果たした黒田剛が監督に就任。12月にサイバーエージェントの創業者・藤田晋が代表取締役社長兼CEOになった。
「黒田監督、藤田社長就任というタイミングで、サイバーエージェントからスタッフが補充されることになりました」
【FC町田ゼルビアの広報になって】
2023年シーズンから、西村はチームに加わった。
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「私が入った時、選手たちは沖縄でキャンプをしていました。『広報をやりたい』と言って入ってきた以上、『選手の名前と顔、プロフィールを覚えないと』と思って頑張りました。でも、ホームページの写真と実物が少し違っていて戸惑った部分はあります。ひとりが金髪にしたら、ほかの選手も染め始めるというのもありますし(笑)。広報未経験の私と、もうひとりで担当することになりました。前任者からの引継ぎはなくて、前年までの資料も揃っていない。ほかと兼務している部長はキャンプ地の沖縄にいる......」
何をやっていいのかわからないところから、広報の仕事が始まった。本当にゼロからのスタート。
「いろいろな人に『何も知らないので教えてください』とお願いして回りました。Jリーグの人にもいろいろな質問もしたし、メディアの人にも失礼なことを聞いたことがあるかもしれません」
【最悪の状況を想定して準備する】
監督や選手、チームの状態を把握したうえで、サポーター、地域の人たちに対して情報を発信するのが広報の仕事。新聞やテレビ、ラジオなどのメディア対応もしなければならない。
「サッカーという競技のことはあまり詳しくないのですが、聞くべきことはみなさんに聞いて、発信すべきことを発信していく。そういう1年目でした。とにかく、ヌケ・モレなくコミュニケーションできるように心がけました。チームに帯同していると、空気や選手の表情からわかることがあります。ピリピリしている時は、選手たちとの接し方に気をつけないと。そういう意味ではずっと気を張っていますね」
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2023年シーズン、町田はジュビロ磐田、東京ヴェルディ、清水エスパルスなどJ1で優勝経験のある強豪がひしめくJ2で戦った。勝ち星が増えていけばいいのだが、負けが重なればチームの空気は重くなる。
「シーズン前は『チームの勝ち負けが仕事に直結するから大変だよ』と脅されていました(笑)。勝利が続いても『このままいくはずがない』と言われて、いつも最悪の状況を想定しながらいろいろな準備を進めていきました。この試合に勝ったらこう、負けた場合はこう、とパターンをいつもいくつか考えながら。もちろん、勝つことを願っていましたけど」
町田は42試合を戦って、26勝7敗9分で見事にJ2優勝を飾った。
「優勝した瞬間は『夢なのかな?』と思いました。選手やスタッフはもちろん、サポーターも町田に住んでいるみなさんにも喜んでいただくことができました。サイバーエージェントの社員もそうです。こんなにすばらしいエンターテイメントに関わることができ、また幸せな瞬間を発信することができて、本当に光栄でした。こんな経験は二度とできないかもしれないと思いました」
【負けた試合で何を見せるのか】
J2で優勝したFC町田はJ1に昇格。苦戦が予想された2024年も白星を積み重ねた。
「開幕前、J1で簡単に勝てるわけがないと思っていたのですが、本当にすごいですね。J2の時よりも観客がたくさん入ること、テレビ中継のカメラの台数が増えたことには驚きましたが、それ以外、広報の仕事としては大きく変わることはありません。私自身は2年目だということがあり、去年よりも落ち着いて仕事ができるようになりました」
西村の心配は、SNSでの発信が思うように拡散できていないこと。
「親会社がIT会社のサイバーエージェントだということもあり、個人的にはものすごくプレッシャーを感じています。J2で優勝した2023年もインスタグラムのフォロワーとかは下から数えたほうが早くて......チームが勝っていることをうまく利用してどんどん増やしていかないと。サッカーの成績はいいのに、SNS では最下位というのでは恥ずかしくて、みんなに顔向けができません」
チームの魅力を発信すること、スタジアムに集客すること、認知度をもっと上げること。広報に課せられた仕事は多い。
「通常の広報業務をきちんとやりつつ、もっと発信力を強化していきたいですね。新しい情報を発信することもそうです。『バズりそうだな』ということを常に考えながら、いろいろな人にヒヤリング、情報取集をしています」
勝つこともあれば負けることもあるのがスポーツだ。どれだけ戦力が充実していても、連戦連勝は難しい。
「勝敗に関係なく、スタジアムに来てよかったなと思ってもらえるようにしたいと考えています。負けが続いたとしてもサポーターが離れていかないように。試合に負けても、クラブを愛してくれる人をもっと、もっと増やしていきたい」
負けた試合で何を見せるのか──プロの選手たち、スタッフには難しい課題が与えられている。
「たとえ負けても、ネガティブな発信だけではなくて、インスタなどでも結果以外のことをみなさんに伝えられればいいなと考えています。勝敗にかかわらず、すばらしいプレーがたくさんあります。得点にはつながらなかったけどいいパスが出たとか、目立たないけどこのプレーのおかげで失点を防げたとか。SNSの動画の再生回数は誰もが見ることができます。そういう意味でも、広報の責任は重大ですね」
中学時代はチアリーディング部、高校時代はラグビー部マネージャー、大学時代はラグビー部のトレーナー。そんなキャリアを持つ西村だから、考えることがある。
「私は本当にミーハーなので、勝敗以外の魅力があって、スタジアムに行きたくなるようにできればいいなと思います。そういうトレンドをつくりたい。サッカーや町田を好きになるきっかけをつくれればと」
好きになるのに理由はいらない。何かのきっかけがひとつあればいい。
「『あの選手、カッコいいね』でもいいんです。スタジアムの芝がきれいでも。そういう何かをみなさんに提示したいと考えています。おそらくサポーターに一番近いであろう、私の役割かなと。斬新なところをどんどん攻めていきます」
(文中敬称略)