来年1月で60周年を迎える、ニッポン放送の最長寿番組『テレフォン人生相談』。平日の昼の20分間、リスナーから電話で直接悩みを聴き、専門家たちがその場で解決するこのラジオを、誰もが1度は耳にしたことがあるだろう。
この番組の名物パーソナリティといえば、今井通子さん。32年間の出演で磨き上げた舌鋒鋭い物言いにファンの多い彼女は、なんと医師兼登山家という異色の経歴の持ち主だった!
「こんにちは、今井通子です。人にはなかなか言えない相談ってあるものですよね。電話一本くだされば参考になる意見、心がほぐれるお話ができるかもしれません。あなたのご相談は、同じ悩みを持つ方の支えになるはずです」
午前11時、いつもの挨拶でラジオを始める、パーソナリティの今井通子さん(82)。この日の相談者は、半年前に離婚した息子から、同棲している人がいて子供も生まれたという報告があり悩んでいるというが──。
息子はあなたのものではないので、これからは息子のことにはかかわらず、自分のことを考えて楽しく生活しよう、今井さんが相談者にぴしゃりと、かつ前向きにアドバイスし、電話は終了した。
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ニッポン放送のラジオ番組『テレフォン人生相談』。’65年1月に放送を開始して以来、結婚や離婚、嫁姑関係、子育て、介護、お金の問題など多岐にわたる相談に向き合い、世相を映す鏡として長年、人々に支持されてきた。
全国ネットで放送される本番組は、来年1月で60周年を迎える。同局では、看板番組の『オールナイトニッポン』より2年以上早く始まった最長寿番組だ。
放送は毎週月曜から金曜。まずは曜日別のパーソナリティが相談者の悩みを聞き出し、“回答者”と呼ばれる弁護士や精神科医など、各分野の専門家たちにバトンタッチ。回答終わりでパーソナリティが総括する、というのが番組の主な構成だ。
パーソナリティによって相談者への寄り添い方は異なる。話を聴くことに徹する人、回答者のアドバイスを整理する人。
そんななか、厳しくも温かい“愛のムチ”で相談者の目を開かせる唯一の存在、それが今井さんだ。医師であり、女性として世界で初めてヨーロッパアルプス三大北壁登攀を成功させた登山家としても著名だ。
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■自分の意見を言い、相談者が理解するまで話す。「時間はかかりますが、不思議と疲れない(笑)」
『テレフォン人生相談』に出演したのは’92年から。当初は回答者として、途中からパーソナリティとして相談者に向き合ってきた。両方の立場を経験した今井さんが考えるパーソナリティの役割とは何か。
「相談者が言いたいことを引き出すことですね。だから、すごく焦っている人の場合はまず、落ち着かせなきゃいけない。『お年は?』『ご家族は?』といった基本的な質問をするのも、相手が話すことに慣れる時間を作っているんです」
しかし、言うべきだと思ったときは、遠慮せず切り込む。
「優しい回答者がオブラートに包んだような回答をしていたら、相談者本人が気づかないと思うんです。なので、特に、不満を訴えているような人には、『こういうことです』と少々強めでも言うようにしています。放送で使われるかどうかは別としてね(笑)」
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相談者のためになると思えば、否定することもいとわない。「自分の意見は言う」がモットーだ。
「こちらが意見を言うと相手も反応する。それを繰り返すことでいろいろ引き出すことができるんです。相手に理解してもらえるまで話すので時間はかかりますが、私はね、不思議と疲れない(笑)」
そんな竹を割ったような性格の今井さんでも、10年に1〜2回、悩むことがある。
「自分自身で、うまく回答ができなかったと思ったとき、家に帰ってからも、あれで通じたかな、どういうふうに言ってあげたらよかったんだろう、と繰り返し考えてしまうことがある。なんとかいい方法を考えてあげたかったなと思うのは、女性の相談者が多いかな」
かつて、女性の悩みといえば嫁姑問題だった。いまもその傾向は変わらないが、近年は、嫁からの相談よりも、嫁にいじめられるという姑からの電話が増えたという。
いっぽう、男性の相談で思い悩んだのは1度だけ。
「結構セクシュアルな話なんだけど、結婚した若い男性が、奥さんから拒まれちゃったらしくて。
これは、奥さんをその気にさせるすべを知らないのでは……? と思いましたが、あんまり深くは言えないし、なんて言えばよかったのかいまだに悩んでいます」
今井さんが担当した約30年の間で、最も印象に残った相談を尋ねると、ある高級ブランドの名前をつぶやき、思い出し笑いをする。
「バブルのころです。息子の結婚に反対する父親からの相談だったんですが、うちの息子は、ブランドのスーツを着るくらいの生活力がある、と。でも、結婚をしたら、息子が貧しい生活をすることになってしまうのでなんとか結婚を止めたい、と訴えるんです。こんな父親がいるんだ! と驚きました(笑)。また母親にも、お嬢さんを嫁に出したくない人が多かった。最初は嫁ぎ先でいじめられるかもしれないとか言っていたけれど、結局は、うちのほうが相手の家よりも格が上だということが言いたかったというね。あの時代は、その手の相談が結構ありました」
■世界を飛び回る登山家だが、本業は医師。患者からの評判は“日なたの匂いで元気になる”
ラジオを通して聴こえてくる声も力強いが、目の前に立つその人は、さすが世界の最高峰に登り続けたアルピニスト。威風堂々という言葉が頭をよぎる。
今井さんの人生観。その人間形成に多大な影響を与えたのは、医師だった両親の教育方針だった。
「うちの親は、当時の一般家庭からしたら飛んでましたね」
こう語ると、昔を懐かしむように笑顔を見せた。’42年、眼科医の両親のもと、1男3女の長女として東京都世田谷区に生まれた。
「父は明治生まれでしたが、子供たち全員を医者に育てました。それはつまり、男女の区別をしない人だったということです。女性が働くこと自体まだめずらしかった時代に、私自身、女性でも自立するのが当たり前だと思って育ちました。父は、いまでいうフェミニストだったんだと思います」
自然に親しむことの大切さを教えてくれた両親。週末には、丘や川で遊ぶのが当たり前の子供時代を過ごした。
東京女子医科大学に進学後、山岳部への入部を決めたのも、自然のなかで活動し、健康を保とうと考えたからだった。部活動だけでは飽き足らず、個人山行を始めてからはどんどん山登りの魅力に取りつかれていく。ロッククライミングの技術を身につけると、さらに世界が広がった。
’67年、ヨーロッパアルプスのマッターホルン北壁登攀に成功。
この山行には、「女性の権利を主張する」という目的があった。
「当時は、主婦連が女性の権利を主張してデモを起こすような時代。闘争という運動では権利は認められない、社会は変わらないと考えた私は、マッターホルンに女性同士で登ることを決断。男性の擁護がなくても登れることを世間に知らしめたいと思ったんです」
ところが下山後、日本よりずっと男女平等が進んでいると思っていた欧州でも、まだまだ女性の権利が認められていないと知った。
「それ以降は山行の目的が変わってしまって。アイガーは新ルートで登ること、グランドジョラスは山頂で結婚式を挙げることがテーマになりました」
’71年、29歳のときに登山家で「カモシカスポーツ」創業者の高橋和之さんと結婚。2年後には一人娘も授かった。当時はまだ女性の多くが専業主婦だった時代だ。医師として働き続けるためには結婚は必要ないと考えていたが、高橋さんは理想の結婚相手だった。
「山では、男性だから女性だからもなく、自分のことは自分でやるのが基本。なので、夫は自分で料理もするし、洗濯は私よりも好きなくらいなんです(笑)」
次々と新たな道を開拓する彼女が、両親を航空機事故で失ったのは37歳のとき。南極遊覧旅行に“いってらっしゃい”と送り出してすぐのことだった。
「事故直後はとにかく忙しくて『お姉さん大胆よね。だって、お葬式の日も居眠りしてたじゃない』と言われるぐらいでした。でも、半年たつとすごい寂しくなって」
突然の親の死にひどく落ち込んだ今井さんは、山に登る気にもなれず、「自分は、親を心配させるためにいろいろ危ないことをしてきたのかな」と思った時期さえあったのだとか。
それでもやはり、山への挑戦は続いた。エベレストにチョ・オユーと、世界を駆けまわるうちに、医師業にもこんな影響が。
「私の患者さんって、手術後早く退院できることが多いので、絶対自分の腕がいいんだと思っていました。ただね、ある患者さんに『先生の回診はいいなあ。真っ黒い顔してて、日なたの匂いがするから、それだけで元気になるよ』と言われて(笑)。なんだ、私が元気の源だったのか、と」
現在82歳、エネルギッシュさはそのままだ。’07年には南極観察団として南極に滞在し、’23年には名誉東京都民の称号も受けた。
超多忙な今井さんらしく、高橋さんがアウトドア事業の拠点を長野県穂高町(現・安曇野市)に移してからというもの、30年前から夫婦別宅での生活を続けている。
「私は仕事もあるし、東京を離れないって言ってありますのでね。結婚当初から、2人きりで過ごす時間はほとんどない。お互い好き勝手やっていますから、昔もいまも、生活はさほど変わらないのよ」
それでも結婚してよかったと思うのは、責任が半分になるところ。
「自分でいろんなことはやるけれど、その自分がやりたいことをやる時間やお金というのは、相手がいるからつくれるわけです。自分一人で稼いで、山に行くのは大変ですが、生活費が半分ずつだったから、よかったのかも」
結婚25周年を祝う銀婚式は、奥穂高岳山頂で行われた。
(取材・文:服部広子)
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