「新宿」エリアに、かつて“農業試験場”が─自らが青春を過ごした学者が、その歴史を振り返る

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2024年12月26日 12:00  J-WAVE NEWS

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東京・新宿区に関する歴史や魅力、独自の風習について、作家・文献学者の山口謠司さんが語った。

山口さんが登場したのは、J-WAVEでオンエア中のコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。放送日は10月15日(火)〜17日(木)。同コーナーでは、独自の文化のなかで育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口氏が解説していく。ここではその内容をテキストで紹介。

また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが新宿で過ごした、過去のエピソードの詳細も楽しめる。

1年で10億人以上が行き来する新宿駅

東京23区のほぼ中央に位置し、歌舞伎町などの繁華街を有する一方、落ち着いた雰囲気の新宿御苑や神楽坂など多様な特色を持つ大都市・新宿。東京都の都庁所在地でもある。新宿を舞台にした映画や楽曲なども数多く生み出されており、外国人観光客も多く訪れる街として世界中で知られている。

山口:「大雨です! 大雪です!」というニュースを見ると、たいてい新宿駅の南口で撮影を行っています。待ち合わせスポットのひとつですが、人でごった返していますね。本当にいつ行っても人がいっぱいです。

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リムジンバスも観光バスもいっぱいの新宿駅

山手線、中央線、総武線、埼京線、中央本線、湘南新宿ライン、都営新宿線、都営大江戸線、京王線、京王新線、小田急線、丸の内線……新宿駅では全部で12路線が走っているそうです。1日の利用客数は平均276万人。この数は日本で1位です。

ちなみに2位は渋谷駅の262万人、3位は池袋駅の216万人。次いで東京駅かと思いきや、意外にも第6位で102万人だそうだ。

山口:すごいですね、新宿駅。276万人×365日とすると、約10億人以上が行き来しているということです。ただし、1年に10億人が集まっているとなると、消耗していくのも早く、老朽化が激しいんだろうなと思います。

ついに新宿駅西口地区開発計画が2022年から始まりました。小田急百貨店の大きなビルが作られたのは、1962年だったんですね。そして、西口の小田急ビルが作られたのが1966年。ちょっとその前の1964年に、京王百貨店新宿がオープンしているんです。

どこに行けば、東口、西口に出られるのか。田舎から出てくると、東西南北がどこなのかわからない状態でしたけれど、そんな中でもお腹が空くとご飯が食べたくなる。小田急百貨店にはものすごく天井の低いメトロ食堂街というものがありました。お安いお蕎麦屋さんやカレー屋さんなんかが、ひしめきあっていました。僕は京王新線に乗って初台によく行っており、そのときメトロ食堂に通っていました。

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現在の新宿駅西口です

小田急百貨店新宿のスローガンは開店以来「つぎのわたしへ、グッドアクセス」。山口さんはたくさんの情報をもらえる新宿を「次の自分になれるところかもしれません」と話す。

山口:新宿に行かれる方が多いのは都庁があるからなのかもしれません。特に冬は、都庁の一番高いところまで上がっていくと、東京全体を見渡すことができますし、それから富士山をとっても綺麗に見られます。都庁から見る富士山、東京駅から見る富士山、飛行機の上から見る富士山。3つを比べて見ると、違いがわかる人になれるかもしれません。

それにしても新宿駅というのは日本一の乗車数というだけではなくて、世界一のアクセスステーションなんです。その上、日本は世界で乗降者数が多い駅ランキングで、23位から1位までを占めています。ちなみに24位はGare du Nord(パリ北駅)だそうです。

都会のオアシス・新宿御苑の歴史

都内でどこか静かな場所を求めるなら、「新宿御苑」を選択する人も多くいるだろう。山口さんはそんな新宿御苑の歴史を話し始めた。

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イエローカーペットで染まる新宿御苑入り口

山口:新宿は昔、「内藤新宿」と呼ばれていた時代がありました。内藤という名前は信濃国、今の長野県の伊那市になりますが、そこに高遠藩という藩がありました。その高遠藩の内藤家が中屋敷を使って、新宿御苑を宿場町にしました。日本橋から約8km離れたところに作ったのです。

明治維新後まもなく、国がこの内藤家の下屋敷を買い上げて、明治5年に農業試験場となりました。お野菜や果物、そして水田を作ったり、牧場もありました。農作物を量産しましょうということで、農業の試験場として、そして技術の開発をする研究所の役目としても、新宿御苑は使われていました。

こんな風に新宿の内藤家の下屋敷を農業試験場のようなものにしようと言ったのは、明治維新を進めた大久保利通です。大久保利通は食産、つまり生産物を増やして「みんなが働けるようにしましょう」と考えました。全員参加型の社会を生み出すために食産をやらなくてはいけないと。その基本となるのが農業だったのです。

新宿御苑の農業試験場はオーストラリアの羊が初めて輸入された場所だという。

山口:それから鶏の卵の人工孵化に日本で初めて成功したのもこの場所でした。鶏が増えていくのはここからです。そういう試験場として、とても大事な場所だったのです。

ただこの研究所は、宿場町ですから、人がたくさんやってきます。悪いことをする人もいたので、「研究には向かないよね」と判断され、明治12年に農業試験場は駒場に移ってしまいます。今の東京農工大学ですね。

試験場は東京農工大学に移りますが、その後、宮内庁の所管として植物御苑として使われるようになります。フランスのベルサイユ宮殿にあったベルサイユ園芸学校というところから、アンリ・マルチネという方を呼び「宮内庁に相応しい御苑・植物園にしてください」とデザインを依頼しました。

新宿御苑は遠足の場所としてよく使われています。おにぎりやバゲッドみたいなものを持って、親子でピクニックをしている姿をよく見ますが、フランス人が設計した御苑です。そこでフランコジャポネ(フランス系日本人)の方がピクニックをしていると「ボンジュール」などと話掛けたくなりますね。

山口さんが語る新宿の思い出

JR新宿駅新南改札から徒歩約5分に「代々木ゼミナール 本部校」がある。

山口:代々木ゼミナールに通っていた方はたくさんいるでしょう。1970年から1990年くらいまで予備校の全盛は続いていきましたが、受験者数はその頃、うなぎ登りでした。

1979年の大学入学志願者数は63.7万人、入学者数は40.8万人でした。不合格率は36%だったそうです。そして競争率が最も高かったのは1990年といわれています。大学志願者数が88.8万人、39.5万人が不合格でした。不合格率はなんと44.5%。そんな時代もあったんですね。予備校は儲かったでしょう。

ところが今年度、大学受験者数は62.4万人。現役生の合格率は85%でした。首都圏での私立大学の平均倍率は1.5倍とのことですが、地方は軒並み1.1倍〜1.3倍です。18歳の人口はどんどん下がっています。

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1992年に18歳の人口は205万人だったのが、2022年には112.1万人になった。この先どんなことが起こるかというと、10年後には100万人程度になると予測されている。

山口:学生数が多かった時代はとにかく生徒をたくさん入れていました。学生たちは半分寝ているような授業も多かったと思います。ですが、その姿はどんどん変わっていっています。代ゼミが全盛期だった時代、代々木駅前にはものすごい数の学生が集まっていました。しかし、代ゼミの住所は実は渋谷区なんです。そんな代々木は僕にとって思い出深いところです。そう、代々木には「佐世保寮」というものがございました。

長崎・佐世保市は山口さんの故郷だ。

山口:佐世保寮は1980年代末までありましたが、佐世保に住民票がある方ならば、1000円くらいで1泊することができました。僕が大学に入ったのは1981年頃でしたが、何度か佐世保寮に泊まらせていただきました。佐世保ならではの朝食・夜ご飯も無料同然でした。

佐世保寮に泊まりにいくと、佐世保出身の先輩が「よし、謠司。新宿まで行こう」と、映画や行ったことのないお店に連れてってくださるんです。代々木は渋谷区ですが、小田急線を越えるとすぐに新宿です。どこが区の境かなと思ったら、甲州街道です。

日本全国を旅していると、県境が気になりますが、新宿区の区境を歩いてみると、楽しいと思います。隣接する渋谷区、港区、中野区、豊島区、文京区、千代田区との区境を歩いてみるというのもおもしろいかもしれません。

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新宿区と豊島区との境

最後に山口さんは実際に体験した新宿にまつわる思い出を話してくれた。

山口:代々木から新宿へ歩く道はいつも夜でしたけど、よく先輩が「焼き鳥を食べな」と焼き鳥をくれて、別の先輩はチュッパチャプスをくれました。焼き鳥を味わいつつ、「チュッパチャプス」と言いながら歩いていた、僕の1980年代でした。

1980年に小学館から発売開始となった「写楽」という雑誌。僕はあの雑誌に連載されていた海野弘先生がお書きになったヨーロッパ文化と日本文化の連載にものすごく影響を受けていました。

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ぼくの宝物のひとつです!

そんな風に新宿はいつ行っても、刺激をもらえる街だと思います。

(構成=中山洋平)

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