マンガ編集者の原点 Vol.14 君島彩子(一迅社 月刊コミックZERO-SUM編集長) マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を輩出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、最初にどんな連載作品を手がけたのか──いわば「担当デビュー作」について当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズだ。
今回登場するのは、一迅社で月刊コミックZERO-SUM(以下ゼロサム)の編集長を務める君島彩子氏。2002年に一迅社の前身である一賽社に入社し、入社の翌月に創刊されたゼロサムの編集部に従事。「あまつき」「ハイガクラ」の高山しのぶをデビューから担当し、ほかにも「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」(原作:山口悟、作画:ひだかなみ)や「07-GHOST」(原作・雨宮由樹、作画:市原ゆき乃)、「魔界王子 devils and realist」(原作:高殿円、作画:雪広うたこ)、「虫かぶり姫」(小説:由唯、キャラクター原案:椎名咲月、コミカライズ:喜久田ゆい)など、アニメ化作品を多く手がける編集者だ。この連載も回を重ねているが、正直、ここまでアニメ化作品を抱える編集者はいない。女性向けエンタメ作品で多くのファンの心を捉えている君島氏、つまり「女オタクの心が読める編集者」の謎に迫った。
取材・文 / 的場容子
■ 母の英才教育でマンガと歴史が大好きに
おとなしめの子供だったという君島氏は、小説やマンガが大好きだという母の「英才教育」を受けて育った。
「マンガを好きになったのは母の影響が大きいです。母は本が好きで、マンガも常に家にありました。私もりぼん(集英社)や花とゆめ、Lala(ともに白泉社)を買ってもらって一緒に読むようになりました。マンガ以外ですと、母が特に日本史が好きだったこともあり、私もその影響を強く受けました。小学生向けに書かれた日本史関連の本もたくさん買ってもらっていたのですが、小学校低学年のときに買ってもらった『平家物語』は自分にとってかなり衝撃的だったようで、登場する安徳天皇について調べて学校の壁新聞にしていたくらい影響を受けていました」
マンガと歴史の英才教育。安徳天皇をテーマにして壁新聞を作るあたりに、編集者としての萌芽が感じられる。
「りぼんをはじめとした少女マンガ誌は当時予告に『次回は◯ページ掲載しますよ』という告知が出ていたんですね。私は翌月、本当にその枚数が載っているのか全作品数えていました。また、それが何ページたまると新刊が出るのか数えていたんですよね。これって今思うとすごく編集者っぽいエピソードだと思うんですが、小学生のときはなんだか無意識でやっていました」
加えて、昭和生まれの君島氏は、この世代の女子がみんな通る道を通った。
「りぼんの作品の中でも『ときめきトゥナイト』(池野恋)が特に大好きでした。私がこの作品を知った頃にはコミックスもけっこう出ていたのですが、まとめ読みした後に、『いつか自分の学校に真壁俊のような人が来るんじゃないか』とずっと思って過ごしていましたね。別種族が存在するというところにすごく憧れまして、今思うと異世界(魔界ですが)に興味を持った最初の作品だったかもしれません。もちろん恋愛要素やコミカル要素もすごく好きで擦り切れるくらい読んだ作品です。お小遣いが追いつかないから母親にコミックスを大人買いしてもらっていました」
マンガと歴史が大好きな少女は、文系まっしぐらで成長していく。
「中学くらいから、より歴史や古典が好きになっていました。中でも母が読んでいた『あさきゆめみし』(大和和紀)というマンガをきっかけに『源氏物語』が好きになりました。その後、円地文子さんの現代語訳を読んですっかり虜になり日本文学自体に興味が出てきていました。それもあって大学では日本文学を勉強するようになり『更級日記』も好きになりました。また、大学生の頃はミステリ小説にもかなりはまってしまい、講談社ノベルスの作品をよく愛読していました。図書館で蔵書を整理するアルバイトにも行っていたので、読書をいっぱいした大学生活でした。
マンガも変わらず大好きで、中学から大学、社会人になり立ての頃は週刊少年ジャンプ(集英社)の『銀魂』(空知英秋)や『幽☆遊☆白書』『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)にかなりハマっていたと思います。『ヒカルの碁』(原作:ほったゆみ、漫画:小畑健)も大好きで、囲碁の解説本を手に読んでいました。
同人誌も大学時代から読むようになり、大手ジャンルを追っていましたし自分でもマンガや絵を描いて友達同士でコピー本を作って回し読みしたりしていましたね……」
現在の職場である一迅社はライトノベルやアニメの原作もののマンガを多く出版しているが、そちら方面はどうだったのだろうか。
「小学生の頃はアニメから入りましたが、富士見文庫の『スレイヤーズ』(神坂一)が好きでした。中学生の頃になると少女系のライトノベルが好きになり、コバルト文庫(集英社)の『吸血鬼はお年ごろシリーズ』(赤川次郎)や、講談社ホワイトハート文庫の『十二国記』(小野不由美)シリーズも集めていました。高校生から大学生くらいになると、確かちょうど電撃文庫が大ブームになった時期があって『ブギーポップは笑わない』(上遠野浩平)や、『ソードアート・オンライン』(川原礫)なども読んでました。
アニメについては小学生の頃は高橋留美子先生の作品のアニメが印象に残っていて『めぞん一刻』や『らんま1/2」はテレビに張り付いて観ていました。当時は再放送アニメが多くて、自分の世代よりちょっと前のアニメ作品になりますが『ベルサイユのばら』や『エースをねらえ!』も再放送で3回くらい観た記憶があります。リアルタイムだと『幽☆遊☆白書』『テニスの王子様』『ヒカルの碁』『HUNTER×HUNTER』などのジャンプの王道作品が特に好きでした」
■ 転職しゼロサム創刊に立ち会う
マンガに歴史にラノベにアニメ。ここまで、女性オタクが好きなものはひと通り履修し、ハマってきた「正統派オタク」の印象がある君島氏。就活では出版社を志した。
「大学を卒業し、今より少し堅めの出版社に入りました。辞書編纂に憧れて入った会社だったのですが、そこでは辞書ではなく実用書に近いハウツー本の編集をすることになってしまいました。やってみて楽しかった部分もたくさんあったのですが、若いうちに次のステップに進みたいなと思い、2年間勤めたあと次の仕事も決めずに辞めました。仕事を辞めたあとは、図書館で本を読んだり、ゲームばかりしていたんですが、一迅社の前身である一賽舎のアルバイト募集を見つけて応募して採用されました。のちに上司から『男性ばかりだったので、三国志好きか麻雀ができる女性がほしいと思っていたらちょうど三国志ガチ勢が来たから、この人でいいと思った』と言われましたね(笑)。実は大学時代から『三国志』も大好きだったのが役に立ったと思いました。
当時はスタッフが5人くらいしかいませんでした。しかも女性は私ともう1人のアルバイトの2人。私が入社したのは2月だったと思うのですがゼロサムの創刊が3月でしたからまさに校了中で、入社してすぐに雑誌校了の体験をしました。こんなにカツカツに進めるんだなと驚いたんですよね。雑誌と書籍はまったく進め方が異なりました」
月刊コミックZERO-SUMは2002年3月に創刊。創刊号の表紙は峰倉かずやの「最遊記RELOAD」が飾った。高河ゆん「BELOVED」が巻頭カラーで、執筆陣には沢田翔、遠藤海成、夜麻みゆき、上田信舟、堤抄子、美川べるの、雁えりかの名前が躍る。
「入社前からスクウェア・エニックス(旧エニックス)の本も好きで、高河先生や峰倉先生の作品は読んで集めていたので、ゼロサムの作品はなじみ深いものが多く、実はかなりテンションは上がっていました。携われるのがうれしくてがんばっていたのですが、当時はデジタル製版ではなかったこともあり、写植も自分で貼り付けなくてはいけないのに、それすら微妙に曲がってしまうなど、初歩的なことがまったくできなくてけっこう悩んでいました。
引き継ぎで最初に担当したのは、川添真理子「ロスト〜異界の獣たち〜」だった。
「編集部の人数があまりにも少なかったので、アルバイトといえどいろんなことをやらないといけない環境でした。写植を指定する、入力作業をするといった作業もあれば、誌面の記事を担当し文章も自分で作成するような仕事もありました。特に記事の作成は個人的にはけっこう好きでした。雑誌の予告を作ることをしていたのですが、半年周期で勝手に『星』『花』『季節』とテーマを決めて、雑誌全体にかかるキャッチを作っていました。例えばですが、星シリーズですと『世界を彩る一等星の輝き』とか、なんだかよくわかりませんが美麗な言葉をつけて、次号も素敵なマンガが掲載されますという思いをキャッチに込めて作っていました。だからか予告担当ではなくなったときはけっこう寂しかったです。
また、雑誌ができたばっかりだったので月例賞や新人賞の作品を社員の方と一緒に整理し、読んで批評するという作業もしていました。今思うとこの仕事はすごく勉強になっていました。プロを目指す方の原稿を見ることで『どう作成していくと人は惹きつけられるのか』を真剣に考えるようになりました。この経験があったことで自然と担当できるようになった気がします。そんな中、最初に引き継ぎで担当させていただくことになったのが川添真理子先生です。
「ロスト〜異界の獣たち〜」は、原作担当の中村幸子先生、そしてマンガ担当の川添先生の作品です。両作家様は連載経験も豊富な方々だったので、私はただただ作業を見て学んでいきました。そもそも打ち合せをどのタイミングでしていき、雑誌に間に合わせていくのかも含めてすべてこの作品で教えてもらったと思います。川添先生とはよくお会いしていました。定期的に打ち合わせをさせていただく中で、お互いの近況報告もしながら過ごす時間は作家様との会話とは何かを学べる機会になったと思います。最初に担当できた先生が川添先生でよかったなと思います。優しく接してくださる先生でした」
■ 高山しのぶをバックアップしデビューへ導く
マンガ編集者としてパワフルに成長していく君島氏。一方、初めて作家発掘から連載立ち上げまで担当したのが高山しのぶだった。
「高山先生とは共通の知人がいる関係でした。当時、学生だった高山先生がマンガ家を目指していると知人から教えてもらったのがきっかけで作品を見せていただきました。ちょうどゼロサムでコミック大賞を開催することが決まっていたタイミングでしたので、ご本人とお話しして『こちらに応募しませんか』とお声がけしました。
当時のゼロサムのコミック大賞には3部門あり、雑誌掲載作の中から読者の投票が一番多かった作品を選ぶ読者賞、編集者たちが選ぶ編集部賞、連載している作家さんが投票で選ぶ作家賞がありました。高山先生に応募いただいた作品は、読者賞と編集部賞を受賞しデビューが確定しました。先生は学生さんでしたのですぐに連載をすることは難しかったのですが、卒業までの間に読み切りを2本描いていただきました。読み切りは将来、連載にするためにどういった方向性のお話でいくか読者様の反応を見ることができる機会となりました。1つは和風モチーフの作品で、妖怪や烏天狗が出てくるお話。もう1作は中華もので神獣が出てくるお話です。いずれも連載に繋がっていて、和風モチーフの作品が『あまつき』に、中華作品は『ハイガクラ』としてのちに連載の原型になりました」
「あまつき」の主人公は、男子高校生の鴇時(ときどき)。次世代型博物館・大江戸幕末巡回展を巡るうちに、突然現れた妖(あやかし)「鵺(ぬえ)」に襲われ、人と妖が存在する異世界「あまつき」に飛ばされてしまう。鴇時は彼より前にあまつきに飛ばされた同級生・紺とともに、もとの世界に戻る方法を探すが、やがて自分の使命を知って……というお話。高山のデビュー作ながら、歴史や古典の要素をちりばめた独特の世界観が魅力的な近未来ファンタジーで、多くのファンを獲得した。2005年に1巻が発売され、2008年にはアニメ化。2018年に最終24巻が発売された。
「最初に高山先生の絵柄や二次創作を拝見したとき、すごく印象に残る表情が描ける方だと思いました。絵柄がかわいらしかったのももちろんありますが、キャラの表情やしぐさに自然に目が留まるように切り出すのが上手な方だと思いました。また、セリフ自体は少し多くて難しい言葉もあるのですが、『ここは聞いてください』という箇所が浮かんでくる感じというかメリハリを強く感じるマンガを描かれているという印象がありました。
自分がただ読者としてマンガを読んでいた学生時代に途中までまったく読んでない作品でも、ぱらっとめくった際に印象的な表情やセリフがある作品を見つけると『これなんだっけ? 読んでみようかな』と振り返って読みたくなるケースも多かったので、自分がそう思う部分が先生の作品には自然と入っている気がしました。
先生が連載を始める際には上記の部分は読者さんにも伝わるだろうと感じましたし、華やかな雰囲気のファンタジーを描かれる先生がゼロサムには多くいらしたので、既存の連載作品と一緒に読んでくれる可能性はかなり高いと感じていました」
ちなみに、コミック大賞に挑戦してもらおうと高山先生を後押ししていた頃、君島氏はまだアルバイトという立場だった。
「当時の編集長に『アルバイトでも、コミック大賞を盛り上げるために新人さんにお声がけして作品を出していいですか?』と聞いたところ『どんどんやりなよ』と言ってもらえました。その延長としてほかの企画のためにもイベントで作家様にお声がけもしました。今と違ってアバウトな時代だったので結構長い期間アルバイトだったことは会社には忘れられていたと思うんです。『私まだアルバイトなんですけど契約社員にしてくれませんか』と自分たちで言いに行きました。その後も連載企画などを立てていくことが多くなったので『私、正社員になれませんか』と聞きに行きました。『あれ? ずっとそう思っていた』みたいな感じで言われましたが、なんとか正社員になれました(笑)」
そうした環境下では、新人編集を教育しようという土壌も用意されてはいなかったため、仕事は先輩の背中を見て学んだ。
「電話での打ち合わせをする先輩編集も多かったので、先輩の電話を盗み聞きしてどういうふうに回答しているのかを観察していました。コミック大賞や月例賞で先輩がどんな講評をつけているのかも気にしていましたね。同じ作品でも自分の印象とどう違うかを見て考えていました。もちろん担当作のネームが気になるときには、先輩に『1回読んでほしい』とお願いすることもしてはいましたが、どちらかというとそっと様子をうかがって取り入れていることのほうが多かったかなと思います」
貪欲にスキルを磨く君島氏。幼い頃から母とともに読んできた膨大な数の蓄積も役に立ったという。
「文字を読んで頭に画像が浮かぶときに、私の場合はマンガ画面で浮かぶことが多い気もします。昔から少しオタク気質の女性は『マンガのコマの間と間に自分の妄想したコマが挟まっているのが見える』とよく言われていたんですが、これは実際にそうだと思いますし、とても役立つ妄想力?想像力だと思いました。また、小説の文字の表現やセリフを読んだときに自分の中では情景がかなりはっきり浮かぶケースも多く、そういうときは映えるものができると感じることが多いです」
■ ヒット作「あまつき」「はめふら」舞台裏
編集者として初めて経験したヒットも、やはり「あまつき」だった。
「コミックス1巻の発売日には『即重版したほうがよいかも』という勢いだったと記憶しています。正式には3日目に重版が決まり、2刷もその2日後に決まり、間を開けずに重版することができていました。当時は書店へも挨拶も自分で行っていたのですが、書店員様に表紙が素敵で目立つという話はよくされましたし、事前に内容を読んでいただき『売れると思っていっぱい入れたよ』と言ってもらえることもありました。」
画期的な表紙のアイデアも、作家と煮詰めていったという。
「キャラクターごとに固有のカラーが決まっていたので、表紙ではピンにして巻ごとにキャラを回していこうと高山先生と話していました。もともと先生が描いていたイラストは厚塗りで奥行き感があるものでしたので、背景は白地で何もないほうが目立つのではと話はしていました。今では王道の表紙だと思うのですが、当時はピンで男子が立っているだけでなおかつ白背景という表紙は結構珍しかったんです。これ以後、ゼロサムでは同様のイメージの表紙が増えたのですが、 “ゼロサムっぽい作品”というカテゴリの最初に『あまつき』はあったと思います。
『あまつき』というタイトルは和風っぽいのですが、お話は現代から江戸時代に異世界転移する内容でしたので、表紙ロゴは連載時と変更し、ちょっとデジタル要素がありそうなフォントでゲームっぽい感覚を入れていくことになりました。というか、当時は新人さんの連載ということで連載用ロゴを用意してあげられなかったので、先生が筆で書いてくれたものをデータ化して使用していました。さすがにそのままではまずいというのもあって、コミックスで一新する際にイメージを変えたというのがあります。今でも単行本の表紙はとても重要だと思っているのですが、『あまつき』がとてもよい経験になりました」
初めての立ち上げ作であるにもかかわらず、まるで経験豊富な編集者のよう。かなり戦略的なパッケージ作りだ。また目論見どおりのヒットにつながっていることに驚く。その後、「あまつき」と同時並行で高山が連載している「ハイガクラ」もヒットし、2024年にアニメ化を果たした。
順調にゼロサムの看板となる作品を手がけている君島氏だが、近年の大ヒット作の1つに、コミカライズ版「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」(以後はめふら)がある。
原作は山口悟によって小説投稿サイト・小説家になろうで2014年から15年にかけて連載されていた作品で、2015年に一迅社文庫アイリスにて書籍化。2017年からイラストを担当するひだかなみによるコミカライズがゼロサムで開始し、2020年にTVアニメ化された。アニメ放映前の累計発行部数は70万部で、これだけでもヒット作といえるが、放映後には発行部数は600万部以上に跳ね上がったという。
「はめふら」の主人公は、公爵令嬢カタリナ・クラエス。カタリナは、頭を石にぶつけた拍子に前世の記憶を取り戻す。その記憶とは、自分が今生きる世界は、前世で夢中になっていた乙女ゲームの世界であり、自分が主人公の恋路を邪魔する悪役令嬢であること。そして、ゲームでカタリナが迎えるはずの結末とは、ハッピーエンドで国外追放、バッドエンドでは殺されてしまうこと──。そんな破滅フラグを回避してなんとしても幸せな未来を迎えようとするカタリナが七転八倒する異世界転生コメディだ。君島氏いわく、ファンの男女比は半々くらいで、若干女性が多いくらい。いわゆる悪役令嬢ものの中では男性読者も比較的多い作品だという。昨今ライバルが多い異世界転生ものの中でも、とりわけ同作がファンに愛される理由をこう分析する。
「『はめふら』は、いわゆる悪役令嬢異世界作品の中でも比較的早い時期からスタートしていた作品だと思います。小説投稿サイト・小説家になろうにアップされていたのは知っていたのですが、私が読んだのは一迅社文庫アイリスで刊行してからとなります。興味を持ったきっかけはタイトルにありました。タイトルが非常にストレートでわかりやすい作品で、どういう内容であるかが想像できるのはすごいことではないかと感じました。私自身、タイトルに関しては語呂や響きのカッコよさ、タイトルの長さも簡潔にしたいという思いをそれまで持っていたので、その真逆のタイトルの作品にすごく惹かれました。
読むと主人公のカタリナちゃんのポジティブ思考がとても印象的でした。破滅フラグ回避のためにさまざまな行動をするカタリナちゃんなんですけど、お話の展開の中でいつもゼロからプラスに転じていくという思考を持っているキャラクターに見えて、決してマイナスからスタートしない子に見えて……この天真爛漫さに心地よさを感じました。過酷な試練やハードルを乗り越えていく成長物語を軸にした作品を多く担当していたときでもあったので、今までと違うタイプの主人公像で進む『はめふら』をマンガにしたら、今までとは違った層の読者様にも見ていただける作品になるだろうと思って、コミカライズの企画を立ててみようと思いました。
また『はめふら』のアニメはコロナ禍に放送されました。いろいろと閉塞感があったときだったこともあり、物語のポジティブさは時代にマッチしていた気もします」
「はめふら」のアニメ第1期が放送されたのは2020年4月から6月まで。コロナ拡大による緊急事態宣言が出たのが4月16日──「はめふら」の優しくコミカルな世界観や、カタリナの前向きなパワーと明るさが、閉塞する状況の中で心に染みた人は多かっただろう。コミカライズへの道のりを詳しく振り返ってもらった。
「『はめふら』をコミカライズしたいと思ったときはまだ編集長ではなかったので、部内の企画会議に提出し編集長の許可をとってから、一迅社文庫アイリスの担当者に打診いたしました。これまでは自社の小説をコミカライズしたこと自体がほとんどなく、私自身もコミカライズ作品の担当したことはそれまでにほとんどありませんでしたから、すごく新鮮な気持ちでした」
1巻のあとがきでも明かしているように、コミカライズ担当のひだか先生は、小説の挿絵を描いていたものの、マンガにしっかり向き合った経験がなかったという。
「ノベルの担当者との相談で挿絵のひだか先生に打診してみようという話になり、先生にお伺いしたところ快諾いただけました。先生からは『マンガをちゃんと描いたことがないので、しっかり見てくださるんであれば描いてみます』とお返事をいただきましたので、ひとつずつご相談しながら進めていきました」
■ 確信していた「異世界ファンタジーブームは必ず来る!」
その後、ゼロサムでは積極的になろう異世界ファンタジーのコミカライズに乗り出すようになる。ここまで話を聞くと、「はめふら」を皮切りに、さぞ順風満帆にコミカライズが進み売れていったようだが、実は当初、社内ではなろう系異世界ファンタジー作品に対して歓迎ムードではなかったという。
「『はめふら』をコミカライズした2017年頃はまだ、小説投稿サイト・小説家になろうの異世界ファンタジーのコミカライズにはヒットの兆しはあったものの主流ではなかったように思います。ただ、私とノベルの担当者さんの間では『はめふら』と一緒に読者さんが楽しんでくれるお話をコミカライズすることには大きな需要があると感じていて、ほかのタイトルもコミカライズをしてみようという話になり、たくさん読んだ中で『虫かぶり姫』(原作:由唯 キャラクター原案:椎名咲月 コミック:喜久田ゆい)と『マリエル・クララックの婚約』(原作:桃春花、キャラクター原案:まろ、コミック:アラスカぱん)のコミカライズを考えました。
その決断をするよりちょっと前、一迅社が講談社のグループ会社になったことがきっかけで赤字が多い部署の立て直しが必要になり、私が急遽ゼロサムの編集長になりました。新しいことをやるにはよい時期ですし、異世界ファンタジーはジャンルとして広がる予感がしていたので、上記の2作の企画を進めることも部署の方針としては自信があったのですが、会社からはあまりよい回答はもらえませんでした……。『編集長としてがんばりたいのはわかるけど、厳しいと思う』と販売担当からも言われてひどく落ち込みましたね。でも私とノベル担当だけは廊下で『絶対に異世界ファンタジーブームが来る。大丈夫、進めましょう』と誓い合ったのを覚えています。結果としてですが、想像以上のブームが到来し、あとから連載をスタートした2作も大変好評いただくようになったという経緯があったので、今となっては突き進んでよかったと思いました」
編集者は、時代のニーズを先読みして企画を立てなければならない。ただ、編集者に見えている未来は例え同じ社内であっても共有するのは簡単ではない。反対されても、編集者の確信があれば屈するべきではない──今回のケースは、その好例であろう。
「女性向けの異世界ファンタジーに少し早めにトライしていたことで大きなムーブを作り出すことができたのかなと感じています。マンガ業界全体も活性化したと感じているので、少しだけですが貢献できたことをうれしく思いました。
コミカライズに関していえば『はめふら』以降も原作をより深めた作品作りができるように、作品の魅力を引き出すことができるマンガ家さんとのタッグを常に考えていました。例えば『虫かぶり姫』でマンガを描いてくださっている喜久田ゆい先生は、オリジナルでマンガを描くこともできる技量を持つ先生です。先生は当初『虫かぶり姫』のマンガ家コンペには参加しないお考えだったのですが、『喜久田先生のよさが出るから絶対参加してほしい』とお話しました。急遽ご参加してくださった喜久田先生にもとても感謝していますし、先生から『教えていただいてよかったです!』と言ってもらえたのも、とてもうれしかったです。
今はコミカライズ作品がマンガ業界全体で増えてきていることもあり、昔と違って『コミカライズがやりたい』『コミカライズができるマンガ家を目指す』という若い作家様もすごく増えているそうです。専門学校でも『マンガ家』と『コミカライズ絵師』のカテゴリを分けているところがあると伺いました。ただコミカライズに関しては、原作を大事にしながらマンガ家さん自身の色を出すことはかなり難しいことだと思っています。つまりコミカライズされている作家様にもオリジナルと同様にマンガの技量はかなり必要になっていますので、編集者自身がそのことを理解して支えていくことは重要だと思っています」
話を聞くにつけ、君島氏は本当に「女オタクの心が読める編集者」だと感じた。言い方を変えれば、女性をターゲットにしたエンタメ市場におけるマーケターとしてものすごく優秀ということだ。そう伝えると、「きっと、自分がオタクだからでしょうね」と笑って話してくれた。序盤の話に戻るが、「女オタクが好きなものを数多く履修してきた甲斐がここに結実しているのでは?」と問うと、大きく頷く君島氏。
「そうかもしれません。学生時代、コミケにも行ったしゲームもしたし史跡めぐりもしたし、気ままに好きなことをしていたのを思い出しました。あと小説や『逆転裁判』(カプコン)の影響もあって時間が空くと裁判を見によく行っていました。ちょっと変わったことをするにもハードルを感じなかったことでいろいろな世界に触れる経験ができたのは本当によかったと思います」
明晰な理性と“ちょっと様子のおかしいところ”が共存している点が、編集者としても人間としても、君島氏の大きな魅力や個性にもなっているように感じた。
■ なろう系異世界ブームはなぜ衰えないのか?
さて、もう少し市場と社会の動きを見つめてみたい。2024年11月現在、なろう系の異世界転生ものは男性向け・女性向けを問わず人気が高い。ここ10年くらいはエンタメ作品でもカテゴリでも、ブームはすぐに別のブームに取って代わられ、消費のスピードが早まっていると感じるが、こと異世界転生ものに関しては例外のように感じる。君島氏は、こうした異世界転生ものが衰えない人気を誇る背景を、どう見ているのだろうか。
「異世界転生ものだけではなく、異世界ファンタジーが衰えない理由として明確なことはあまりわからないです。ただ読者層の調査を行うと、基本的には読者さんも小説家さんも私の世代(アラフォー、アラフィフ)が多いようです。この世代ってマンガもアニメもたくさん吸収できる環境で育ってきた方が多かったように思います。ちょっとコアだと思われたコミケなども徐々に一般に浸透してきた時代なんですよね。アラフォー、アラフィフになる前は生活に大きな変化がありますが、少しずつ落ち着いてきてまた好きな創作に戻ってきた方も結構いたのではないかとも思います。
そしてホッとする時間に読むのになろうはとても読みやすかったというのもあると思います。章ごとに読めるシステムなのでまとめて読む必要がないですし、更新される作家様にとってもその利便性は同じだったと思います。そもそもこの世代の人がユーザーに多いから衰えていかなかったというのは、一般論としてですが考えました。
また、女性には今も恋愛色の強い作品は根強く好評であると感じています。私の世代ですと昔はハーレイクインがありましたし、そもそも学園を舞台にした恋愛マンガに大ヒット作がたくさんありましたので、仮に舞台が現代から異世界に変わっていたとしても違和感はなく親しみを持って読めるのかもしれないなとは思いました。
異世界ファンタジーといっても、その中でも流行りは少しずつ変わっているようです。主人公が『悪役令嬢』が主流だった時代もあれば『聖女』が主流だった時代もあります。転生しないものもたくさん出てきましたので明らかに変化はあるんですが、根底に根付くものは変わらないのでジャンルとしては定番化したと言えると思います」
■ 新人には「一番よく描けたコマ」を聞け
円熟した編集者としての具体的なテクニックも気になる君島氏だが、新人のマンガを見るときに気をつけていることがあるという。
「新人作家さんの持ち込みなどでは『一番よく描けたところはどこ?』とか、『一番見せたかったコマはどこ?』と具体的に聞くようにしています。最初に読ませてもらったときに私の中で自然に印象に残るシーンがありますが、作家さんのブレが大きい場合には『私には伝わってなかった』ことを話すようにしています。そしてそれがなぜかを話します。なぜかは少し技術面、表現面にもかかわる話になりますので踏み込んでいきます。批評するというよりは、作家さんの話を聞くことに重きを置きたいと思って持ち込みを行っていました。ただ最近は立場的にもさすがに持ち込みの対応や新人作家様とのやりとりはしなくなってしまいましたね」
かなり具体的な「ネームを見るときのアドバイス」だ。とかく難しく考えがちな新人編集者には有用ではないだろうか。
「持ち込みは自分の担当作家様とも違って何度もご相談ができるわけではありませんし、世界設定やキャラ設定、何をテーマにした作品であるかの予備知識も私にはありません。また、編集長して各編集の企画を読むときもまったく同じ状況です。ただこれって読者さんも同じですからこの視点で話を見るのはすごく重要なんだと思います。どうしても作品について密に相談している間に、理解度が上がりすぎてしまって『何を一番伝えたかった?』というのを見失ってしまうことはありますから、自分が担当している作品もなるべく初見の気持ちを忘れないというのを大事にしています」
■ アニメ化される原作を多く手がける……コツはある?
多くの作品を手がけ、新人を育ててきた君島氏が味わった「編集者としての醍醐味」。それはメディア化がもたらす喜びにあった。
「最初に担当させていただいた『あまつき』から始まり、その後も『07-GHOST』や『魔界王子devils and realist』、そしてコミカライズを担当させていただいている『はめふら』、『虫かぶり姫』。高山先生の『ハイガクラ』も今年アニメ化されました。
ドラマCDにしていただいた作品は40作品くらいあると思います。メディアミックスはマンガ家さんのモチベーションにもなりますし、作品が次の段階に進むのにはすごくいいきっかけではありますのでよい機会だったと思いますし、もちろん私自身もうれしかったです」
1人の編集者で、ここまで担当する作品がアニメ化されるのは珍しいケースだと思う。最初からメディアミックスを意識してマンガを作っているのか、気になるところだ。
「私の方から『アニメ化を目指しましょう』という気合でご依頼することは一度もないですね。ただ、なるべく長く連載できるような作品になればチャンスが巡ってくる可能性が上がるとは感じています。昔は1巻が勝負という話を先輩からもされていて、1冊で作品の醍醐味を表現できるように、段階的な盛り上がりが必要だと考えていました。でも今は少し違うと感じています。電子書籍も普及していて1話ずつで読んでもらえる時代になったので、構成自体への考え方も少し考えが変わりました」
この連載に登場する編集者には皆ヒット作を担当した経験がある。だからこそ、それでもやはり、編集者にとってヒット作を出すのは簡単ではない。これだけのヒット作を持つ君島氏には「引き寄せる力」があるのだろうか?
「運がいいのかな。そもそも一賽舎のアルバイト募集も普段は見ない求人誌にすごく小さく掲載されたのを発見したんです。『新しい編集部でマンガのお仕事です』しか書かれていない怪しさでしたが、それを発見できた自分はけっこう運がいいかもしれません。
でもどちらかというと、行動力が縁に繋がっていた気がしています。地方のイベントにも足を運んで作家様との出会いを模索したり、イベントが開催されると朝から終了までいて散策したりしていました。趣味と一緒でいろいろなことができる気力も体力もありましたから、行動力が縁につながったのかもしれませんね」
そんな君島氏は、現在ゼロサムの編集長を務めながら、一迅社の役員でもある。担当作を7、8作品持ちながらの役員業は忙しそうだ。
「私個人としては仕事が多岐に渡っていて毎日いろいろなことがありますから、常に切り替えて対応できるかが自分の仕事のカギになっています。嫌なことも後に引きずらない精神力も必要だと感じますし、集中力も日々試されています。忙しいことは忙しいのですが、それでも一迅社っていい会社だなとは常に思っています。
『オタクのためのオタクの会社だ!』というキャッチフレーズを掲げているとおり、社員の皆さんは本当にマンガが好きな人たちだと思いますし、とても熱心にいろいろな分野を開拓している方が多いです。役員という立場としてはこのキャッチを大切にして、作家様、社員の皆さんがその言葉を貫けるようにしっかりサポートをしていこうと思っています」
君島氏が旗を振るゼロサムは、2023年で創刊20周年を迎えた。消費者の可処分時間をさまざまなジャンルやデバイスで奪い合うエンタメ戦国時代である現在、ゼロサムの目指す役割や愛され方を語ってくれた。
「ゼロサムには昔から部に根付く信念がありまして、それは『マンガ好きの女性が読む作品ならなんでも掲載を考える』というものです。つまりジャンルへの言及はしていないんです。読者様に『ゼロサムっぽい』と言ってもらえる作品はもちろんのこと、新しい流行りにも貪欲にチャレンジして、また異世界ファンタジーのような大ブームの先駆けになるようなマンガとの出会いを提供できるレーベルになるようにと考えています。これからも一緒に盛り上げてくださる作家様や編集者とがんばっていきたいです」
■ 君島彩子(キミシマアヤコ)
東京都出身。大学卒業後、一迅社の前身である一賽社にアルバイトとして入社し、月刊コミックZERO-SUMに所属する。2018年に月刊コミックZERO-SUM編集長に就任。主な担当作品に、高山しのぶ「あまつき」「ハイガクラ」「花燭の白」、雨宮由樹・市原ゆき乃「07-GHOST」、高殿円・雪広うたこ、「魔界王子 devils and realist」、山口悟・ひだかなみ「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」、雪広うたこ「彼に依頼してはいけません」、由唯・椎名咲月・喜久田ゆい「虫かぶり姫」など多数。
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