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今年11月末あたりからじわじわと「2025年問題」というのが話題になっている。かねてより社会問題として取り沙汰されてきた2025年問題は、団塊の世代が後期高齢者となり、社会負担が増大することを指している。一方昨今話題になり始めた「2025年問題」は、「VHSがみられなくなる」と騒がれている話だ。
【画像を見る】パソコンなしでVHSテープをデジタル化できる製品も売られている(全3枚)
なぜ2025年なのか。事の発端は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)と国際音声・視聴覚アーカイブ協会(IASA)が19年7月に共同で出した、「マグネティック・テープ・アラート」というプロジェクトが元になっている。
・Magnetic Tape Alert Project supported by IFAP
原文をあたってみると、
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『人類の言語的、分化的知識は過去60年間に制作された磁気テープ記録に大きく基づいているが、テープという方式が時代遅れになるとともに、動作可能な再生機器も急速に姿を消している。保守部品の供給やリペアサービスも衰退しており、このペースでいくと磁気テープ記録は2025年ごろに停止する可能性がある。これらの映像と音声を長期的に保存し、将来の世代がアクセスできるように、これらをデジタル化して安全なデジタルリポジトリに転送することである』(Magnetic Tape Alert Project supported by IFAP)
という警鐘である。原文には、特にアナログだとかVHSだとかいった言及はない。つまりそもそもはメディアの耐用年数というよりも、再生機の消滅を問題視していることが分かる。
日本で「VHSが〜」と騒ぎになっているのは、VHSがもっともコンシューマーに普及した映像記録メディアだから、という点が1つ。もう1つは、いわゆる民間のダビングサービス事業者が、このタイミングが最後のかき入れ時として勝負に出たからだろう。
確かにVHSデッキの製造は、国内メーカーとしては16年に船井電機が生産を停止したのが最後である。一般にメーカーの保守部品保存期間は5年から9年程度だ。ご承知のように船井電機は破産するのか民事再生を受けるのか微妙な状態にあり、従業員もかなり解雇されている。まさに2025年には、ダビング用として維持してきた最後のVHSデッキも、修理ができなくなる可能性が高い。
ただメディアの衰退という意味では、VHSに限ったことではない。音声ではオープンリールの6mmテープからカセットテープ、DATがある。映像ではVHSとベータ、さらにはDV、HDVテープもある。
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消えて困る映像のほとんどは、個人の記録だ。テープメディアに記録された子供の運動会や家族旅行を収めた映像は、赤の他人には無価値だが、家族にとっては大事な財産である。2025年を「VHS騒動」と捉えず、個人記録のアーカイブをどうするかという問題を再考する機会と捉えるべきだろう。
●コンシューマー機器でできること
VHSからのデジタル化は、動作するVHSデッキがあるかどうかが問題となる。ここで言う「デジタル化」とは、ファイル化するという意味である。すでにデッキがないという場合には、素直にダビングサービスへ依頼した方が早いだろう。
ただ事業者へ依頼する場合、ダビングが可能なのはあくまでも個人の記録であって、テレビ番組を録画したものは、著作権の制限によって対応しないはずだ。テレビ番組の複製はあくまでも私的複製であるから可能なのであり、事業者が関与することができないからである。
またいわゆるセルビデオとして購入したもので、コピーガードがかけられているものに関しては、個人でも複製することができない。これは技術的保護手段があるために、一般の機材では技術的に複製できないということもあるが、その技術的保護手段を回避することもまた、著作権法違反となる。
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動作するVHSがある場合は、デジタル化するのは意外に簡単だ。ゲーム画面等をキャプチャーするために、アナログビデオを録画するための機器がまだ結構存在するからだ。ネット配信や会議用で、USB Video Classのストリームがキャプチャーできる何らかの録画ツールをお持ちの場合は、アナログからUSBへの変換ケーブルを購入すれば良い。1000円ぐらいである。
ゲーム配信用に、すでにHDMIが録画できる環境はあるという方もいるだろう。この場合は、アナログビデオをHDMIに変換するボックスを購入すればよい。
PCで難しいことはできないという方は、アナログ入力に対応したキャプチャーボックスというのも売られている。アナログ映像をSDカードに記録してくれるもので、サンワダイレクトなどから製品が出ている。探してみるといろいろ類似製品も出てくるだろう。
案外難しいのは、DVテープからのダビングだ。カメラに付属のアナログ出力ケーブルをお持ちの場合は、上記のVHSと同じ方法でキャプチャーできる。ただしHDVで撮影したものは、ハイビジョン画質にはならず、SD画質になる。
そんなケーブル見当たらないという場合は、カメラ側の「i.LINK」端子を使ってデジタルキャプチャーする必要があるが、これの受け手側であるPCの方に、i.LINK端子や「IEEE 1394」端子がもうないだろう。昔のWindows PCにはこうしたデジタル端子があり、DVカメラからデジタル直結でキャプチャーできたものである。現在もIEEE 1394のインタフェースカードは売ってはいるようだが、それが動くPCがあるかどうか。
一応IEEE 1394はAppleのFireWireと互換性があるのだが、そのFireWireも現在はMacには搭載されておらず、後継規格のThunderboltになってしまっている。デジタル化されたテープのほうがキャプチャーが難しいというのは、皮肉な話である。
HDVカメラがある場合は、おそらくHDMI端子も付いているだろう。ゲーム配信用にHDMIを録画できるキャプチャーボックスはたくさんあるので、それを使えばキャプチャーできるはずだ。
●DVDも安心できない
00年代初頭には、DVDに記録するカメラも流行った。「うちはディスクだから安心」と思われるかもしれないが、DVDやBlu-rayのレコーダーやドライブももはや風前のともしびである。JEITA(電子情報技術産業協会)が公開している民生用電子機器国内出荷統計によれば、Blu-rayプレーヤー/レコーダーは19年から前年割れし始めており、それ以降は前年比8割前後で減少を続けている。早ければ5年、遅くともあと10年程度でレガシーメディアの仲間入りとなるだろう。今動く機器があるうちに、デジタルデータ化しておくべきだ。
同じ理由から、テープメディアからディスクメディアへダビングするのはナンセンスだ。また5年後に、今度はディスクからファイル化へと似たような作業を繰り返すことになる。
ダビングサービスを利用する場合、テープからDVDなどのディスクメディアへダビングしてくれるケースが多いと思うが、この場合はDVD Videoフォーマットではなく、単純にデータとしてMP4などにしてもらった方がいいだろう。DVD Videoフォーマットにしてしまうと、再生にはDVDプレーヤーが必要になるし、PCへのデータ取り込みも、昔懐かしの「リッピングソフト」をもう一度探す羽目になる。
データ化したら、それは大手クラウドストレージサービス2つぐらいにアップロードしておくことを提案したい。頑張って自分でHDDなどに保存するという方もいらっしゃると思うが、どこかにやった、壊れて読み出せない、インタフェースが合わなくなった、間違えてフォーマットしたといったことが起こりうる。
保存が終了するのは、あなたの寿命が尽きるまでだ。それを考えれば、自分よりも寿命よりも長く生き残りそうな企業のクラウドに預けた方が安全である。仮にクラウドサービスが終了することになっても、突然アクセスできなくなるということはないだろう。多くの場合は事前にサービス停止がアナウンスされ、移行期間が設定されるはずだ。
●プロはどう対策しているのか
放送用のプロ向けテープフォーマットには、ベータカム/M-II/ベータカムSP/ベータカムSX/デジタルベータカム/D1/D2/D3/D5/DVCAM/DVCPro/MPEG IMX/HDCAM/HDCAM-SRなどがある。こうしたテープメディアは、再生するにはそれぞれのフォーマットに対応する再生機が必要であり、すでに再生できなくなっているもの、やがて再生できなくなるものがある。
放送局では過去の放送番組をライブラリ化して保存しているが、90年代にテープメディアがデジタル化した際に、アナログテープは全てデジタルテープへダビングしてまとめられた。さらに00年代初頭のテープメディアがHD化した頃にも、こうしたダビング作業が行われている。
10年代以降はライブラリの活用のために、テープメディアからオンプレミスのビデオサーバへ転写された。局によっては、利用頻度の高い番組はアーカイブ用ビデオサーバに、利用頻度の低い素材レベルのデータは、圧縮してLTOに保管していると聴く。LTOもテープメディアだが、まだまだドライブや新フォーマットの開発が続いており、データセンターなどでは現役である。
一方で番組納品、あるいは番組送出などで使われてきたソニーのXDCAMことプロフェッショナルディスクは、24年7月にBlu-rayなどと共に生産終了が発表された。これはまだ局内で現役で使っているところもあるが、今後はシステムのIPなどにより、消滅していくことになる。
ライブラリ用にプロフェッショナルディスクを複数枚カートリッジに入れた、オプチカル・ディスク・アーカイブも同様に生産終了が決まった。一部の放送局ではこれを導入しているところもあるが、おそらく発表前に顧客には通知されていると思うので、すでに移行作業が始まっているだろう。
資料映像や録音を保管している国立国会図書館では、13年に「国立国会図書館資料デジタル化に係る基本方針」及び「資料デジタル化基本計画」を策定し、資料のデジタル化に着手している。メインはマイクロフィルムなどのテキスト資料だが、この段階からすでにアナログの映像および音声資料に関してもデジタル化していく方針が打ち出されていた。
この計画は21年に見直され、「資料デジタル化基本計画2021-2025」へとアップデートされている。基本計画以外でも、劣化状況等から保存対策の緊急性が非常に高く、かつ、代替物の入手が困難な資料については優先的にデジタル化していくことが確認されている。
一方で各自治体で運用されている、図書館や博物館のようなところはどうか。著作権法的には、17年の文化庁 文化審議会著作権分科会報告書に、「アーカイブ機関において所蔵資料を保存のため複製することについて」(121ページ)として、法第31条第1項 第2号について、
『同号の規定に基づき,記録技術・媒体の旧式化により作品の閲覧が事実上不可能となる場合に,新しい媒体への移替えのために複製を行うことも可能であると解せられる』
という、条文解釈の拡大がみられる。また同号における「図書館等」の範囲についても、
『法令の規定によって設置されていない美術館や博物館であっても,その所蔵資料の保存のために複製を行うことが必要な場合もあることから,「図書館等」に含まれ ていない美術館や博物館等についても,法第31条第1項第2号の適用が可能となるよう, 「図書館等」に加えることが適当であるとされた』
とある。つまり公的機関でも著作権的には、再生不可能になる前にアナログテープの内容を複製することは、可能になったと考えられる。あとは実行予算であったり、人員や設備の問題である。すでに着手しているところもあるだろうし、そうでないところもあるだろう。
VHSの話として突然沸き起こったように見えるこちらのほうの2025年問題だが、テープメディアの保全・複製に関しては、2025年のうちになんらかの形でアクションを起こす必要がある。
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