キックオフ直前、ベンチ前で3人の小さな円陣ができた。「走れ、競れ、粘れ」。そう掛け声を上げたのはサンフレッチェ広島レジーナに所属するMF松本茉奈加、MF瀧澤千聖、MF早間美空の十文字高等学校出身トリオだ。
11月30日に行われたSOMPO WEリーグ第11節の日テレ・東京ヴェルディベレーザ戦で、今季リーグ戦初スタメンの松本がピッチに出る直前のことだった。
「美空が突然、『走れ、競れ、粘れ』だよって言ってきて、それを千聖が聞いていて、じゃあ円陣をしようということでやりました。中高ずっと言っていた掛け声だけど、久しぶりにやったので新鮮でした」
「走れ、競れ、粘れ」は十文字中学・高等学校サッカー部のモットー。同校出身の3人が試合メンバーにそろったのが円陣のきっかけだったという。早間は、「十文字魂を忘れずに泥臭くやっていこうと思っていたので、茉奈加さんと『やるしかないね』って話になって、千聖さんと3人で円陣をやる流れになりました。やっぱり高校時代の経験は大事だし、その気持ちを忘れずにやっていこうという意味でやりました」と説明した。
12月8日に行われたWEリーグ クラシエカップ準決勝の三菱重工浦和レッズレディース戦も3人は試合のメンバーに入り、キックオフ前に小さな円陣を行った。いまでは試合前に3人で気持ちを高める儀式になっている。
瀧澤は、「みんなで気合いを入れるためにやりました。早間選手とは(在部時期が)被っていないけど、松本選手とは一緒にやっていたし、昔から一緒に戦った選手と今もこうやって同じチームで競い合えているのはすごくいいこと。原点に戻る気持ちになりました」と円陣の効果を話した。
S広島RはWEリーグ クラシエカップ準決勝で2点リードを追いつかれたものの、延長戦で浦和Lを撃破して2シーズン連続の決勝進出を果たした。12月29日に行われる決勝は国立競技場でINAC神戸レオネッサと対戦する。
そのI神戸とは12月22日に行われた皇后杯の準々決勝でも顔を合わせ、立ち上がりの3分にFKを直接決められて失点。その後は巻き返して後半には攻勢を強めたが、最後まで得点を決め切れず、0−1で敗れた。
負けたものの、1週間後の再戦で可能性がないわけではない。先発で61分までプレーした瀧澤は、「(皇后杯の)ハーフタイムに監督からも『自分たちのサッカーができるよ』という話があって、自分たちも試合後にできた手応えはあった。最後にゴール前で冷静にできたら点も入ると思うし、特に後半にいいゲームができて自信にもなったので、次の試合は入りから自分たちのサッカーをしていきたい」とリベンジを誓う。
松本は皇后杯で出番はなかったものの、「前半は相手の球際もスピード感も一段上の印象があったけど、後半は自分たちが押し込む時間があったので可能性はあると思う」と前向きに話した。同じくベンチで試合を見守った早間も、「立ち上がりは悪かったけど、徐々に立て直せたし、後半はレジーナのサッカーが少しずつできていた。決勝では相手の雰囲気に呑まれないように最初からレジーナのプレーをしていかないといけない」と試合を見据えた。
S広島Rは女王として決勝に臨む。昨季の決勝はアルビレックス新潟レディースと対戦し、スコアレスのまま延長戦でも決着がつかず、PK戦を4−2で制して初タイトルを獲得した。今回は大会連覇がかかった大舞台。3人の思いは様々だ。
松本にとっては悔しさが残った舞台だった。昨季の決勝は先発出場して85分までプレー。だが、「自分は本当に何もできなかったし、チームの力に全然なれなかった。優勝したうれしさはあったけど、そこで活躍できなかった後悔を去年の1シーズンは忘れられなかった」と明かした。
再び戻ってきた決勝で後悔しないために大事なのは『凡事徹底』。松本は、「当たり前のことをまず徹底してやって、その中で自分の良さを出し切ることがすべてだと思うので、そこに1番の重きを置いてやっていきたい」と力を込めた。
瀧澤にとってはケガで出場が叶わなかった舞台。昨年9月に左中足骨の疲労骨折で戦線離脱し、決勝のピッチには立てなかった。「前回は自分と塩田(満彩)選手がケガでスタンドからみんなと違う気持ちで見ていた」と当時を振り返り、今回はリハビリ仲間の塩田とともに、1年越しの決勝のピッチで優勝を狙う。
「リハビリの時期も(塩田と)『来年は絶対に立とうね』って言っていたので、そういう舞台を自分たちで勝ち取れたのはすごくうれしかったし、(準決勝の)試合が終わったあとは2人で喜びました。あとは決勝で勝って優勝できたら、あのしんどかったリハビリの時間が無駄じゃなかったと思えるので、自分たちでしっかり勝ってまたよろこびたいです」
早間にとっては憧れの舞台だ。昨季はまだS広島R加入前で、「去年は自分も実際に生で試合を見ていて、立ちたいなとずっと思っていた場所。目指していたところなので決勝まで行けてとてもうれしい」と話しつつ、「でも、個人的には全然試合に出られていないので、ピッチに立つためにこの1週間がすごく大事だと思う」と気を引き締めた。
今季公式戦7試合に出場して1ゴールを記録している早間は、「攻撃でどんどん得点に絡んで自分の長所をしっかり出していきたい。あとは自分の課題である守備のところを修正して、アピールしていかないといけない」と話し、決勝のピッチに立ったら「点を取りたい」と意欲を高めている。
決勝にかける思いは様々だが、ピッチに出れば気持ちは同じ。強豪のI神戸を相手にまずは大前提の戦う姿勢を最後まで貫きたい。連覇がかかった大舞台でも大事なのは「走れ、競れ、粘れ」だ。
松本は、「自分の原点なので、しっかり走って競って粘ることを忘れずにやっていきたい」と気合を入れ直し、早間は、「I神戸は個人が上手くて強いので、泥臭く戦うのが大事だと思う。相手の個の力に対してチーム力で勝っていきたい」と意気込んだ。
瀧澤も、「自分のサッカーの原点だし、大事にしていること。自分は技術が上手いタイプではないので、相手よりも走って、相手より戦って、相手より粘ってやりたい。前回の試合はそこが全然足りなかったと思ったので、切り替えて(準決勝の)浦和L戦ぐらい戦えるようにいい準備をしたいです」と闘志を燃やしている。
取材・文=湊昂大