近年稀に見る接戦となった2024年のF1だが、25年シーズンのレギュレーション変更はほとんどないため、勢力図に大きな変化はないと予想する声が多い。しかしトップドライバーの移籍や新人ドライバーの参戦が多数あり、不確定要素も存在している。
2025年シーズンはどんな展開になっていくのだろうか? 現在のホンダのパワーユニット(PU)の生みの親である元ホンダ技術者の浅木泰昭(あさき・やすあき)氏に聞いた。
【写真】2024年シーズンのドライバーズタイトルを決めたフェルスタッペン選手
※前編はこちらから
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■2014年の再現を狙うメルセデス
――2025年はどんなシーズンになると予想していますか?
浅木 25年シーズン終盤の勢力図がほぼ継続すると思っています。なぜなら、26年シーズンからレギュレーションが大幅に変わるので、特にワークス勢はそこで下手な戦いはできない。開発力を25年シーズンにそれほど注げないだろうと予想しています。
逆にカスタマーのマクラーレンは今がチャンスだととらえて、25年シーズンの開発に注力していく可能性があります。そういう意味では、ドライバーとコンストラクターズの両選手権でもマクラーレン勢が本命で、フェラーリが2番手で追いかけていくという図式になると思っています。
でも、シーズン終盤の第21戦ブラジルGPで後方の17番手からスタートしたフェルスタッペン選手が、真っ当に戦って真っ当に勝ってしまったので、ちょっとわからなくなってきましたね。レッドブルのマシンがブラジルであんなに競争力があった理由はよくわからないのですが、25年も真っ当に戦って勝てるチャンスはあるのかもしれません。
ただ、その後のレースを見る限り、偶然、マシンとコースが合ったのかなあという気もしないわけではないですが、フェルスタッペン選手の能力とそこそこの車体性能があればドライバーズ・チャンピオン争いには絡んでくる可能性は高そうだと予想しています。
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――2025年シーズンはトップチームの顔ぶれが一部変わります。メルセデスには18歳の新人、キミ・アントネッリ選手、フェラーリはシャルル・ルクレール選手のパートナーとしてルイス・ハミルトン選手、レッドブルはフェルスタッペン選手のパートナーとしてリアム・ローソン選手がそれぞれ加入することが決まっています。
浅木 コンストラクターズ・チャンピオンシップという観点でいえば、メルセデスとレッドブルはセカンドドライバーがどれだけ活躍できるかは未知数です。メルセデスは新人のアントネッリ選手、レッドブルはローソン選手の活躍次第ということになるでしょう。
その点、マクラーレンはノリス選手とオスカー・ピアストリ選手、フェラーリはルクレール選手とハミルトン選手という能力と実績があるドライバーがふたりそろっているので、コンストラクターズ選手権はこの2チームが中心になるでしょうね。
メルセデスは2024年シーズンと同様に得意なコースで勝つという戦いになると思いますが、彼らは26年シーズンの開発に集中してくるかもしれません。さかのぼると、2014年にも大幅なマシンレギュレーション変更があり、2.4リッターのV8エンジンから1.6リッターV6ターボエンジンとなり、MGU-K(運動エネルギー回生システム)とMGU−H(熱エネルギー回生システム)のふたつのエネルギー回生システムで構成されるようになりました。
メルセデスは新しいレギュレーションにうまく対応し、圧倒的な競争力を持ったPUの開発に成功しました。その優位性を生かして、2014年から21年までコンストラクターズ選手権で8連覇を達成します。26年シーズンのスタートダッシュを決めたら、ライバルが追いつくまでに2〜3年はかかります。メルセデスは14年の再現を狙ってくると思います。
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■優勝請負人、ニューウェイ移籍の影響は?
――中団グループに目を移すと、2026年からホンダとパートナーを組むアストンマーティンはどう見ますか? 24年シーズンはやや精彩を欠きましたが、天才デザイナーのエイドリアン・ニューウェイがレッドブルから移籍し、25年の3月からマネージングテクニカルパートナーとして活動を開始します。
浅木 ニューウェイさんが手がけたマシンは、現実的には2026年シーズンに間に合うかどうかだと思います。でも彼がリーダーとして加入することで、開発の方向が定まり、現場のスタッフたちは落ち着いて仕事に取り組めるようになると思います。そうなると、25年シーズンにも多少の影響が出てくるかもしれません。
現場のスタッフは、「提案したことの方向性が間違っていないか」「失敗すると自分の責任になったりするんじゃないか」という恐怖心があるものですが、はっきりと方向性を示してくれるリーダーがいると、組織も変わってきます。ニューウェイさんのようなリーダーの存在はチームにとって非常に大事なんです。
――中団グループではアルピーヌが2024年シーズンの終盤に大きく伸びてきました。浅木さんは各メーカーのPUに関して「ホンダ、メルセデス、フェラーリは横並び」と話されていましたが、アルピーヌ躍進の理由をどう見ていますか?
浅木 PUの開発は凍結されていますし、急にアルピーヌのパワーが出てきたとは考えにくいです。F1を主催する国際自動車連盟(FIA)は全車のトランスミッションの中にあるセンサーを見ることができますし、各メーカーもライバルの動向を分析しているので、レギュレーションの裏をかくような変なことはできません。
それに急にパワーが上がったら、ほかのメーカーからクレームが必ず出ます。それがないということは、変なことは一切していないということだと思います。単純に車体のアップデートが効果を上げているのでしょう。
私がホンダで開発に携わっていた頃の分析結果を見ても、アルピーヌのPUはどうしようもないほどダメということはありませんでしたから。遅れをとっていたのはコンマ1〜2秒ぐらいだった。箸にも棒にも引っかからないPUじゃなかったので、車体の性能が良くなったことでパフォーマンスが向上したということだと思います。
■レッドブルとホンダの最終シーズンの行方
――レッドブルとホンダとのパートナーシップでの最終シーズンとなりますが、パフォーマンスに影響は出ないですか?
浅木 ホンダに関しては真面目に最後までちゃんとやると思います。そんないい加減な仕事をする後輩たちではありません。車体開発はレッドブルが現行のまま行ない、PUの運営は基本的にホンダに任せるでしょう。26年シーズンから投入される新しいPUの開発や製造は、レッドブルが立ち上げたPU製造会社レッドブルパワートレインズ(PBPT)が専念するという形になると思います。
でもレッドブルは今、フェルスタッペン選手が頑張ることで、どうにか危機を防いでいるという印象です。チーム内に頼るべき人が誰もいなくなって、「フェルスタッペンがいればなんとか戦える」という気持ちでスタッフたちが必死に頑張っているように見えます。
そういう意味でもレッドブルは、ニューウェイ不在の中でもいい車体を作らなければならない。おそらくフェルスタッペン選手は「レッドブルでもう戦えない、勝てない」という状況になったら、「もういいや」とあっさりやめるタイプだと思います。もし彼がそんなことを言い出したら、本当にチームが空中分解するかもしれません。
――タイトル争い以外で、2025年シーズンで注目していることはありますか?
浅木 それほど大きな波乱は起こるイメージはありませんが、新しいレギュレーションが導入される2026年シーズンに向けての情報がいろいろ出てきて賑やかになると思っています。
特にザウバーを買収して2026年からワークス参戦するアウディが気になっています。今、アウディの親会社フォルクスワーゲンがドイツ国内で少なくとも3つの工場を閉鎖し、数万人の従業員を削減すると発表し、大きな波紋を呼んでいます。当然、「F1に予算を使っていていいのか」という声はいろんなところから出てくるはずです。経営状況が厳しくなる中で、どうやって資金繰りをして開発を進めていくのか。そこは注目しています。
あとはレッドブルも、2026年からPUを自社で製造しますし、ホンダも新たにアストンマーティンと組むことになります。それぞれのPUの開発状況が徐々に明らかになってくると思います。どんな情報が出てくるのか、非常に興味がありますし、楽しみですね。
●浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年生まれ、広島県出身。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までPU開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得する。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。著書に『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)がある。
インタビュー・文/川原田 剛 写真/桜井淳雄 樋口 涼(浅木氏)