前編:主将OB土方英和(旭化成)が語る國學院大の強さ
第101回箱根駅伝で初の総合優勝を目指す國學院大。今季はここまで2冠を達成し、その実力を証明したうえで最大の挑戦に挑もうとしているが、今のポジションは長年にわたり、前田康弘監督が積み重ねてきた結果である。
そんな頼もしいチームの姿を、5シーズン前の主将・土方英和(現・旭化成)は、どのように見ているのだろうか。
今や学生界を代表するランナーに成長した平林清澄、前田康弘監督とのエピソードを踏まえながら、語ってもらった。
【「平林の成長はうれしさ半分、悔しさ半分」】
2024年度は3強の一角に堂々と名を連ね、学生三大駅伝の三冠まであとひとつ。箱根駅伝で往路優勝と総合3位の目標を掲げていたのは、つい5年前のことである。
当時、主将だった國學院大OBの土方英和は、昨日のことのように出雲路からのストーリーを覚えている。曇り空の2019年10月14日、出雲駅伝ではアンカー区間で3人を抜き去り、初優勝のフィニッシュテープを切った。
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「僕たちのときは、たまたま勝ったようなものでした。実際、3位以内に入れればいいかな、と思っていましたから。今とは全然、違いますよ」
ふと昔を思い出しながら、勝利の意欲にあふれた平林清澄(4年)をはじめ、後輩たちの活躍ぶりに目を細める。
今年度は駅伝シーズン幕開けの出雲駅伝から驚かされた。
「チーム全員が、優勝だけを目がけて走っていましたよね。駒澤大とのアンカー勝負になったときには、正直厳しいかなと思ったんです。僕のときも前を走るのは駒澤大でしたけど、今回の相手は(10000m、ハーフマラソンのタイムで上をいく)篠原倖太朗君(4年)。それでも、平林はもっと強かった。『絶対に勝ってやるんだ』という気持ちがにじみ出ていたし、自分より速いタイムを持つ選手に挑むことを楽しんでいるようにも見えました。
きつくなるはずの後半に時折、笑みを浮かべるなんて、僕にはできないです。あの楽しむ姿勢は、強さの秘訣なのかもしれません。一緒に話していても、いつも前向き。彼の口からマイナスの言葉を聞いたことがないので」
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平林は5歳下で大学では同じ時間を過ごしていないものの、かねてから親交があるという。今も連絡を取り合う仲なのだ。
初めての出会いは、土方が大学卒業を控えた2020年の冬。退寮が差し迫った2月、寮で土方から声をかけ、ジョグに誘ったのが高校2年生の平林だった。多摩川沿いの走り慣れたコースに連れ出し、何気ない会話を交わした。
「ここの景色がきれいなんだよ、とか。あの頃は有望な高校生に國學院に入ってもらいたくて、一緒に走ることもあったんです」
あれから5年。出雲駅伝初優勝の立役者に憧れて入学したランナーは、國學院大で最終学年を迎え、頼もしい主将になった。目標とする先輩と並走したジョグのコースを毎日のように走って足をつくり、いまや絶対的なエースとして君臨している。今年2月の大阪マラソンでは日本学生新記録、初マラソン日本最高記録となる2時間06分18秒をマークして優勝。土方が持つ自己ベスト(2時間06分26秒)のタイムまで抜いてしまった。後輩の快挙について水を向けると、思わず苦笑を漏らした。
「先輩としてうれしさ半分、同じ競技者として悔しさ半分って感じです。今もあのジョグのコースを走っていると聞いて、それには驚きました」
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【前田監督は「いい意味で変わっていません」】
2024年11月3日、國學院大が初制覇を果たした全日本大学駅伝では、底上げされたチーム力を再確認した。レース当日は土方自身も九州実業団駅伝に出走していたため、観戦はできなかったが、録画でじっくりと見たという。
「後半区間は、ちょっとずるいです(笑)。5区、6区のレベルではなかった。本当に主力級の強さでした(5区の2年・野中恒亨、6区の4年・山本歩夢はともに区間賞)。青山学院大に差を広げられていたのに、気づけば追いついていましたから」
つなぎ区間と言われる場所で流れを引き寄せたのは、区間配置の妙だったのかもしれない。一方、人心掌握術に長けた前田康弘監督ならではの意図も透けて見えた。6区に配置された山本の起用法である。前回の箱根駅伝は、故障の影響で欠場。今年度の出雲駅伝もケガ明けだったこともあり、2区で区間5位と本来の力は出しきれていなかった。
「他大学のエース格が集まる区間で区間賞を取るのはなかなか難しいですが、全日本の6区は少し層が薄くなるところで比較的取りやすい。前田監督の狙いはわかりませんが、山本にとっては、三大駅伝で初の区間賞で大会MVPはすごく自信になったはずです。もともと主要区間を走ってきた主力ですし、箱根にも生きてくると思います」
かつて土方も、経験しているのだ。
大学1年時に伊勢路の5区で起用され、区間4位と力走。つなぎ区間で自信をつかんだという。2年時に箱根駅伝の2区を希望したときには、「4区で自信をつけてからいこう」と諭されたこともあった。運営管理車からの声がけも、はっきりと耳に残っている。
「『来年はお前が2区を走るんだぞ』って。僕の気持ちをわかってくれていたんだと思います」
指揮官の熱い言葉にもあと押しされ、2年目は4区で区間3位と手応えをつかむと、3年目からは花の2区で出走した。あらためて、思い返せば、前田監督の「その気にさせる声がけ」に気づくことは多い。土方が最終学年を迎えたシーズンに、選手たちで大きな目標を掲げたときもそうだった。当時41歳の熱血漢は、若い学生に負けない熱量で目標達成に心血を注いでいた。
「僕たちだけではなく、前田監督も本気で『目標は往路優勝、総合3位』と口に出してくれていました。だからこそ、奮い立たせてもらったし、チーム一丸となって、目標に突き進めたと思います」
土方は大学卒業後も、恩師とつき合いを続けており、今でも4カ月に1度のペースで食事をしながら話をしている。互いに年齢を重ねたが、熱さは相変わらずのようだ。
「いい意味で変わっていません。僕らの時代と変わったのは、國學院に入ってくる選手ですかね」
箱根駅伝の101回大会に向けて、46歳になった前田監督は「國學院史上最強のチームだと思っている」と堂々と宣言している。エントリーされた16人のメンバー選考も、かつてないほどし烈を極めたという。10000mの上位10人の平均タイムは28分22分26秒。シューズが進化した影響を差し引いても、5年前の29分05秒09と比べると、格段の違いである。往路候補があふれ、前回経験者もふたり外れるほど。土方は、戦力の充実ぶりに舌を巻く。
「上位2、3人だけが強いのであれば、昔の國學院とあまり変わりませんが、今は違います。シンプルにスカウトがよくなり、選手層が厚くなっています。最近は13分台で入ってくる新入生も当たり前になっています。平林だけではなく、往路をまかせられる選手が5人以上もいるので。
3年生の青木瑠郁、上原琉翔の実力はわかっていましたが、今季は2年生の辻原輝、野中らが急激に伸び、主力クラスになっている印象を受けます。出雲、全日本には出走していなかった後村光星も力を持っています。出雲、全日本を見てもわかるように、今や後半区間でも仕掛けることができます。駅伝自体が変わりましたね」
箱根駅伝の戦略も例年とは変わってきそうだという。OBとして國學院の駅伝を見続けてきた土方は、あらためて時代の流れを感じていた。
つづく
●Profile
土方英和(ひじかた・ひでかず)/1997年6月27日生まれ、千葉県出身。國學院大時代は1年時から4年連続に箱根駅伝に出走。3・4年時はチームの主将を務め、箱根では2年連続2区に出走を果たし(区間7位、8位)、4年時にはチーム史上最高の総合3位に貢献した。また、同大史上初の三大駅伝優勝となった4年時の出雲駅伝ではアンカーを務め、3人抜きを果たしてゴールテープを切っている。卒業後は実業団選手としてマラソン、駅伝で活躍し、2022年9月から旭化成で競技に打ち込み、現在は副主将も務めている。マラソンの自己ベストは2時間06分26秒(2021年2月)。