大規模言語モデル(LLM)による“革命”が始まったとき、誰もがこれからのテクノロジー(IT/ICT)業界に大きな変化がやってくると感じたに違いない。その影響はどこまで続くのか、未だ誰も予想できない状況だが、2024年を振り返ると、まさにその“第一波”ともいえる大きな波が、テクノロジー業界全体に到達したかのようだった。
●半導体の雄、Intelの「没落」 パット・ゲルシンガーCEOの電撃退任
半導体業界の話題としては、Intelのパット・ゲルシンガーCEOが突然退任したというニュースが大きな注目を浴びた。詳細な経緯は不明だが、複数の報道を総合すると事実上の解任だった可能性が高い。
この出来事は、近年の大きなトレンドである「AIシフト」がもたらしたものといえるが、「クラウドとエッジ(端末)の協調」、そしてスマートフォンを始めとする「エンドデバイスの高性能化」、さらには「XR(拡張現実/複合現実)」の普及など、さまざまな方向に影響を及ぼす可能性をはらんでいる。
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ゲルシンガー氏はかつて、Intelを代表するエンジニアとして活躍し、同社のCTO(最高技術責任者)を務めながら「Intelの未来」を設計してきた人物だった。
同氏は2009年にIntelを一度退社し、仮想マシン(VM)ソフトウェア大手のVMwareのCEOに就任した。しかし、彼は2021年、古巣のIntelにCEOとして戻った。事業基盤こそ磐石なものの、業界内の存在感という意味では“ジリ貧”だった同社への復帰は、業界内では“英断”だと評価されることも多かった。
しかし、昨今の最先端半導体プロセスの開発コストは高騰しており、投資リスクも大きい。同社の競合とみなされるAMDやNVIDIAは、自らは生産機能を持たない「ファブレス企業」として柔軟な戦略を取っている。そんな中で、Intel伝統の「垂直統合モデル」を現代に“取り戻す”という戦略は、ハードルが高すぎた。
昨今のIntelの戦略は結果的に株主の不信を招き、最終的にCEO交代という結末を迎えた。しかし、こうした結末を迎えたのは、ゲルシンガー氏がCEOに復帰して戦略を練り直した頃には予想することが難しかった、大きなコンピュータ産業の変節点があったためだ。
この動きは半導体業界全体がPCを中心に開発投資が循環していた時代、そしてその後のスマートフォン向けSoC(System on a Chip)へのシフト以上の世界観の変化を、「AIシフト」がもたらしたということを象徴している。
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●「AIシフト」による世界観の大転換
PC向けプロセッサ(CPU)が半導体市場で最も大きな存在感を持っていた時代、IntelはPC/サーバ向けCPUを主な収益源に据え、その販売で得られた資金を先端技術開発に投資することで安定成長を続けていた。
2010年以降、そのキャッシュの流れはスマホやタブレットに流れ始めたが、IntelのCPU事業は縮小したわけではない。同社は引き続き大きな存在を放っていたが、2020年代に入ると、スマホやタブレットの高性能化/普及を経て、CPU/SoC市場はある意味で“成熟”した。
デロイトトーマツのレポート「Technology, Media and Telecommunications Predictions 2024」によると、PC/サーバ向け半導体の市場は、年間およそ400億ドルで微増傾向を続けているという。一方で、生成AI向けにデータセンターなどで使われるチップ(GPUやAIアクセラレーター)は既に500億ドルの市場を形成し、今後数年で2〜3倍に成長すると予想されている。
クラウドだけではなく、エッジ(端末)でもニューラルネットワーク推論が主要な価値となり、半導体の主な投資対象はもはやCPUではなくなったのだ。
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この生成AI向け半導体では、NVIDIAがプラットフォームとして突出した成功を収めている一方で、AMDがそこに追随しようとしている構図ができている。IntelはAIの学習と推論に特化した「Intel Gaudiシリーズ」で挽回を狙っているが、2社と比べると遅れを取った面は否めない。
巨額投資による先端技術開発の成果が見えず、ゲルシンガー体制の下では自社開発した先端の半導体製造技術を武器に、半導体のファウンドリ(受託生産)事業の拡充を掲げていたが、ファウンドリとして最先端を行く台湾TSMC(台湾積体電路製造)の技術力に並ぶのは容易ではない。
これは単にIntel固有の問題というわけではなく、半導体業界で起きている“投資対象の大転換”を象徴する。かつてのIntelのように、垂直統合で半導体の価値を引き出す戦略は、ゲルシンガー体制の崩壊によって顧みられることのないものになるだろう。
そしてIntelにとっては、ゲルシンガー体制の元に進めてきた投資の成果を今後、どのように事業価値に転換していくか、難しい舵取りが待っている。
とはいえ、TSMCも盤石かといえば、そうでもない。生産拠点のほとんどが台湾に集中しているからだ。地政学的なリスクを鑑みると、半導体製造技術がTSMC(≒台湾周辺)に集中することも好ましくない。
TSMCも、日本に合弁でJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)を設立するなど、生産拠点を分散させる動きを見せているが、今後は半導体業界全体の大きなテーマとして「リスク分散」は再び議題に挙がる機会が多くなるだろう。
●XR市場をめぐる攻防は「先行き不透明」
2024年にAIと並んで注目を集めたのが、XR市場だ。日本語で「拡張現実」とも訳されるXRは、「VR(仮想現実)」「AR(拡張現実)」「MR(混合現実」の総称で、Appleが「Apple Vision Pro」を投入したことをきっかけに、競合企業も含めて市場の動きが活発になっている。
Meta(旧Facebook)は、VR/MRヘッドセット「Meta Questシリーズ」で低価格帯から高性能モデルまで取りそろえ、ゲームを始めとする個人ユースだけでなく、ビジネス/教育ユースを視野に入れた機能拡充をすることで、幅広い領域を狙っている。ソフトウェアプラットフォーム「Horizon OS」もオープン化を進め、他社の参入を促す構えだ。
クリスマス商戦の結果が出る頃には、米国で299ドル(日本では4万8340円)からと低価格になった「Meta Quest 3S」の結果も出ていることだろう。米国価格は「Nintendo Switch」と同じであり、若年層向けのクリスマスプレゼントとして、北米ではかなり大きな注目を浴びていた。
XRデバイス回りでは、2024年にようやく発売されたApple Vision Proという“超ハイエンド機”も話題を集めた。2月に米国で発売され、日本でも6月28日から購入できるようになった。
ただし、日本でも59万9800円からという高い価格もあって、世界における販売台数は30万台未満ではないかと言われている。使っているハードウェアがリッチなこともあって、技術の先進性は確かにあるので、現在はクリエイターの想像力を歓喜し、一部のデベロッパーに基本となるツールセットを提供することが狙いのデバイスという位置付けと考えるとよいだろう。
中国からも、TikTokの開発元として知られるByteDance(字節跳動)の子会社であるPICOがハイエンドVR/MRヘッドセット「PICO 4 Ultra」をリリースした。日本でも9月20日に発売され、8万9800円から購入可能だ。
PICO 4 Ultraを含むPICO 4シリーズは、中国市場を中心に展開を図る予定だった。しかし、習近平政権が政策としてゲーム機の利用制限を実施したため、個人向けエンタテインメント機としては、現状において中国国内での普及の芽を絶たれた形となる。
実際に使ってみると、PICO 4 Ultraの製品としての実力は高い。しかし、展開力については期待しにくい状況だ。
XR分野の製品は、半導体からOS/アプリ/サービス/AIなどさまざまなジャンルの技術の融合体ともいえる。そのため、多様な業界とのリレーションシップの構築が極めて重要となる。
その全てを内製しているAppleは異例中の異例の存在だが、その“対抗馬”としてSamsung Electronics(サムスン電子)、Google、Qualcommの3社が共同開発した「Android XR」対応AR/VRヘッドセットが2023年後半に発表するはずだったのだが、結局この12月になってようやく「Project Moohan(仮称)」として2025年に発売すると発表された。
うわさレベルの話だが、Project Moohanは開発計画が大幅に遅れたのだという。発売は早くて2025年の春、遅くとも夏ぐらいには発売を迎えるのではないかと言われている。
この技術の基本となるAndroid XR(OSのビルディングブロック)のライセンスによって作られる他メーカーの製品、例えばソニーが開発を進めている新しいヘッドマウントディスプレイなどは、Project Moohanの後の発売になるだろう。
Metaも次世代Questの開発を進めているそうだが、製品化にはしばらく時間が掛かる。価格面と実用面を考えると、当面はXR分野におけるMetaの“ソロプレイ”が続きそうだ。
●2025年も「AIによる業界変容」は続く
半導体業界の勢力図は、この先1〜2年でさらに塗り替わると予想される。PCやスマホ、XRヘッドセットなどのエッジデバイスの高性能化はもちろん、クラウド/データセンター側のAIの最適化も熾烈(しれつ)を極めるからだ。
各社はNPU(推論演算に特化したプロセッサ)やGPU、そして自社製の「AIチップ」をどう位置づけるか、ファウンドリーとどう連携するかなど、総合的な戦略を組む必要がある。簡単にまとめると、以下のような感じになるだろうか。
・AI向けのIP(知的財産/技術)の取り込み合戦
・GPU/NPU/DSPといった機械学習用ブロックをどう設計して実装するかがカギ
「水平分業」か「垂直統合」か
・Appleのように自社設計の半導体や製品をフルに統合し、端末を仕上げるモデルを取るか、MicrosoftやMetaのようにプラットフォームを中心に据えるモデルを取るか
「クラウド」と「ローカル」のバランス
・AIモデルをどこまで端末内で動かし、どこからクラウドにオフロードするか(各OSの標準機能にも左右される)
XRやロボティクス分野への波及
・XRや産業用ロボット、モビリティーの領域でもAI活用は欠かせなくなり、半導体需要の増大に伴う生産能力の“取り合い”が起こるかもしれない
CPUのアーキテクチャは、かつてのPC中心のx86時代から、スマホを始めとするモバイルデバイスが誘因となったArmアーキテクチャの台頭へと大きく揺れた。そして今は、GPU/AI中心にシフトしている。
AppleやGoogleは独自設計の半導体を持ち、NVIDIAやAMDはファブレスで成功を収めている。そんな中、パット・ゲルシンガーCEO退任後のIntelが“どの方向”にかじを切るかで、2025年以降の半導体業界はさらに変化していくだろう。
Intelは、既に米国とドイツで巨大工場を建設している。ファウンドリー事業で他社の受託生産を増やし、TSMCに対抗する路線を進めなければ、投資回収を行えないだけではなく、米国政府に対して約束していた半導体技術の地政学的リスクの分散を始めとする約束も果たせなくなる。
今にして思うと、Intelが「Xscale(Strong ARM)」を手放してしまったことが悔やまれる。AIチップや「RISC-V」などで、Intelの“良さ”を生かせるとは考えにくい。
その一方で、NVIDIAの「一人勝ち」になるかといえば、そうでもないと考える。
NVIDIAの強さは半導体チップそのものの性能が高いことはもちろんだが、最も大きなポイントはAI開発者たちが事実上の業界標準となったNVIDIAのライブラリーとツール上で研究開発を行っているという点にある。
もしもこの構図に変化があれば、パワーバランスも変わるかもしれない。
生成AIは、もはやブームではなく、当たり前に存在する価値/技術となってきた。企業や個人のワークフローに深く浸透し、世の中の動きに組み込まれはじめた段階といえる。
端末(スマホやPC、タブレット、XR)でのローカル推論も当たり前になり、クラウドで稼働するAIとシームレスに連携する世界観が広がるほど、ハードウェアの進化はますます求められる。
NPUやGPUがどれだけ効率よく動作するかが、端末の魅力にも直結するだろうが、この“歴史”はまだ始まったばかりだ。
OSもシステムレベルでAIをサポートするようになってきた。Windowsなら「Windows Copilot」、macOSなどAppleのOSなら「Apple Intelligence」といったように、生成AIを機能として組み込んできたことで、今後10年はSoC/CPUの進化と“二人三脚”で進化が進むだろう。
ローカル推論をどれだけ高速かつ省電力でこなせるか、クラウドとのオフロードをどう実現するか――OSやアプリがAIを当たり前に内蔵し、ユーザー体験がシームレスに進化していく裏で、半導体の設計や生産、そして企業戦略は変わらざるを得ない。
2024年は、その転換点として深く記憶に残る年になったが、2025年以降も地殻変動の続きから目が離せない。
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