2022年11月30日に登場した「ChatGPT」は、性能のよいコンピュータが必要だったGPT-3の技術を、誰でもスマートフォンやPCで簡単に使えるようにした。
東京大学の池谷裕二教授は、「ChatGPT自体は、数年前に登場した技術を応用しているだけなので、科学的には新しい発明や発見ではありません。やっていることは、古い技術を配っているだけです。でも、イノベーションとしては画期的でした。たとえ中身は旧式であっても、それを『一般に公開した』となると、まったく意味合いが変わってきます。」というが、その論拠とは――。
本記事は『生成AIと脳〜この二つのコラボで人生が変わる〜』の一部を再編集してお送りする。
◆1000万円の生成AIが無料で利用可能になったワケ
生成AIが本格的に注目を浴びたのは、2022年11月30日に、OpenAIが発表した「ChatGPT」が登場したことに間違いありません。
ただ、ChatGPTの裏で作動していた大規模言語モデルGPT-3は、ChatGPTに遡ること2年半前、2020年6月に登場しています。いわば古い型です。その後、ChatGPTに使われたGPT-3.5はGPT-3のバージョンアップ版ですが、2年前に登場した時点で、基本的な機能として自然な文章生成や質問応答が可能でした。
なぜそんな古いGPT-3という技術が、ChatGPTと名前を変えて世に出ただけで、当時、世間が大きく取り上げたのでしょうか。理由は、GPT-3を動かすには性能のよいコンピュータが不可欠だったのに、ChatGPTならスマートフォンやパソコンから簡単に使うことができたからです。
2020年代であれば、GPT-3を快適に動かすためのコンピュータを購入するには、およそ1000万円かかると言われていました。そのため、個人が家庭でGPT-3を簡単に利用することはできなかったのです。
◆誰でも無料で使える。“ChatGPT”というジャンルの確立
しかし、ChatGPTが画期的だったのは、GPT-3.5というAIを動かすためのアプリを、誰でもスマートフォンやPCで、無料で簡単に利用できた点です。しかも、ChatGPTは初日から日本語を使うことができました。
ChatGPTが発表された翌日、たまたま私はAI関係のセミナーに出席したのですが、その際、AIを専門とする仲間たちと「昨日の発表みた?」「これは大変なものが出てきたな」と、興奮した口調で、話題にしたことをよく覚えています。それほど衝撃的でした。
ChatGPT自体は、数年前に登場した技術を応用しているだけなので、科学的には新しい発明や発見ではありません。やっていることは、古い技術を配っているだけです。でも、イノベーションとしては画期的でした。たとえ中身は旧式であっても、それを「一般に公開した」となると、まったく意味合いが変わってきます。
たとえるならば、Appleが発売したiPhoneのようなものです。iPhoneに含まれる機能は、基本的にはメールやネット検索、音楽視聴など、ガラケーやiPodなどでも対応可能な機能です。どれもiPhone以前から存在していた技術です。しかし、それらの機能を1台にまとめ、タッチパネル式のスタイリッシュなデザインに仕上げて発売したこと自体が画期的でした。事実、iPhoneが登場したことで、「スマートフォン」は一つのジャンルとして、世の中で一気に普及しました。その社会的価値は計り知れません。
◆Googleも驚愕、公開後わずか数ヶ月で2億人ユーザーを獲得!
ChatGPTも同様で、機能自体は研究者から見れば以前からある古い技術です。だからといって、「今更何を騒いでいるのだ」「世間は遅れているな」とはなりません。その技術を仕事やプライベートで、研究者ではなく一般の人でも気軽に使えるようになったことは、大きな変化を生みました。実際、私自身の仕事や生活のあり方にも大きな変革をもたらしました。
当時、GoogleはすでにBardを部分的に発表していましたし、研究者の間では、性能自体はChatGPTよりもBardのほうが優れているとも言われていました。しかし、技術を積極的に公開することはしていませんでした。そんななか、OpenAIがChatGPTを一般公開し、知名度を大きく獲得し、登録者数や利用者数を急速に増やしていったことで、生成AIのビジネスを一手に獲得することとなりました。公開後わずか数か月で2億人ものユーザーを獲得したのです。ChatGPTの登場は、Googleにとって寝耳に水の出来事だったでしょう。
Google側も慌てて数か月後にBardを一般公開しましたが、さすがにじっくりと準備する時間がなかったのか、アプリの解答精度はChatGPTに比べると雲泥の差。そして、社会的な普及度や認知度という点では、大きく水をあけられてしまったのです。
◆生成AIの普及がもたらす未来に期待
ChatGPTの登場は、既存技術を大衆に広く提供する新たな一歩となった。この技術革新は、スマホやPCで簡単に使える点が評価され、多くの人々の生活や仕事に大きな影響を与えた。
生成AIの普及により、その社会的価値は計り知れず、今後もさらなる発展が見込まれる。そんな技術の進化とその大衆化がもたらす未来に、私たちは期待を寄せてやまない。
【池谷裕二】
1970年 静岡県藤枝市生まれ。薬学博士。 東京大学薬学部教授。 2002〜2005年にコロンビア大学(米ニューヨーク)に留学をはさみ、2014年より現職。 専門分野は神経生理学で、脳の健康について探究している 。また、2018年よりERATO脳AI融合プロジェクトの代表を務め、AIチップの脳移植によって新たな知能の開拓を目指している。文部科学大臣表彰 若手科学者賞(2008年)、日本学術振興会賞(2013年)、日本学士院学術奨励賞(2013年)などを受賞。また、『夢を叶えるために脳はある』(講談社)で小林秀雄賞受賞(2024年)。