【あの食トレンドを深掘り!Vol.59】日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。
フィナンシェ専門店が続々オープン!
数年前にカヌレブームが再来したと思ったら、今度はあちこちでフィナンシェ専門店を見かけるようになった。いったいなぜ、フィナンシェが流行するのか? 焼き菓子がおいしい季節に改めて考えてみたい。
フィナンシェの材料は、アーモンドプードル(アーモンドの粉)、バター、砂糖、小麦粉、ベーキングパウダーと卵白で、アーモンドプードルの香ばしさに特徴がある。基本的に長方形で、金の延べ棒に似ていることから、フランス語で「金持ち」「金融家」を意味する名前になった。17世紀頃に修道女が作り始め、19世紀末にパリの証券取引所近くのパティシエが現在の形に考案したと言われている。
私が子どもだった1980年前後はベイキングブームで、オーブンを手に入れた主婦たちが家庭で洋菓子を焼くようになっていた。ガスの高速レンジを買った私の母が最初に焼いたのは、妹が通う幼稚園のバザーに出すマドレーヌだった。大阪ガスショップでは、菊のマドレーヌ型も個包装用のフィルムも売られており、母が1個ずつ梱包していた姿を記憶している。マドレーヌが洋風焼き菓子の定番だったあの頃、私はフィナンシェをレシピ本で見ることも、町で見かけることもなかった。フィナンシェの存在を知ったのは、昭和から平成へ移る頃である。
1970年代、フィナンシェが日本に登場
フィナンシェを有名にしたのは、1975年からフィナンシェの製造を始め、1985年の横浜そごう店を皮切りに、首都圏のデパ地下にも出店していったアンリ・シャルパンティエだろう。2015年には高級イメージのカフェ旗艦店を銀座で開き、同店のフィナンシェ販売個数が世界一としてギネスに登録されるなど、フィナンシェの代名詞的存在に成長した。
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つまり21世紀初頭には、全国展開しているアンリ・シャルパンティエが、フィナンシェをすっかり日本の定番洋菓子の1つに育て上げていたのだ。
『食べログマガジン』2022年3月15日配信記事「各地に『フィナンシェ』専門店が増えてきた!」によると、2011年に三越伊勢丹のスイーツブランドとして開業し、焼きたてフィナンシェを売りにした「ノワ・ドゥ・ブール」もフィナンシェの定番化に貢献している。同店は、兵庫県尼崎市で1966年に開業したエーデルワイスのブランド。エーデルワイスの名前に覚えがない人も、デパ地下によくある洋菓子ブランド「アンテノール」を経営する会社、と言えばご存じかもしれない。昔は、エーデルワイスという名前のケーキ店も展開していた。わが家の近くにもあり、スポンジの間にパイ生地とイチゴを挟んだ看板商品のエーデルワイスは、来客があるとよく買いに行かされた。
話がそれた。先ほどの記事に戻ると、フィナンシェ専門店が東京や大阪、静岡などに増加し始めたのが2018年。その後、コンビニ各社で本格フィナンシェを発売するなど、買える店が増加し流行が始まる。
「専門店」がブームのきっかけに
続々と開業する専門店は、材料を厳選しフレーバーの選択肢を用意する、ハート型など形もアレンジするなどして特徴を出している。各地に専門店が出来ている今、改めて思うのは、日本がいかにグルメ大国になったかということだった。
私が東京に住み始めた4半世紀前は、東京という町は何でもかんでも専門店化して成立する大都会だと驚いていた。しかし、食のトレンドを追いかけていると、専門店が各地方の都市部でも開業するようになりブームが広がるようになったことに気づく。中心都市に行けば、チェーン店が入った商業ビルが立ち並ぶ今、テナントを埋めるビル側にもチェーン化した多彩な専門店が必要なのだろう。その中で、専門店が増えたフィナンシェもブーム化している。
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フィナンシェが人気になったのは、香りが強いことが大きいだろう。さまざまなスイーツが流行する中で、より濃厚でより個性が際立ったものほど人気になる傾向がある。また、専門店は店側にとっても、開きやすい業態と言える。マスターするべき技術が少なくなるし、その中でフレーバーを変えるなどしてアレンジしやすい。揃えるべき道具や材料も種類が少なくて済むうえ、焼き菓子なら日持ちするのでロスが出にくい。ブームが終わったらどうなるのか、と余計な心配もしたくなるが、それはすぐに業態を変えるなどして対応しているのだろう。
焼き菓子は、優雅なアフタヌーンティーにも使えるが、片手でつまんで歩きながら食べることもできる。意外と敷居が低い点も人気の要因かもしれない。賞味期限が長ければ、「今日すぐに食べなければ」というプレッシャーもないので、手を出しやすいと言える。
フィナンシェほどではないが、クッキー・ビスケットやパウンドケーキも人気が高い。焼き菓子のそうした柔軟性に気づいた人が増えたのだろうか。手作りしやすい点もよさそうだ。また、バターや小麦粉を使った洋菓子は、どこか懐かしい素朴さもある。もしかすると、洋風の焼き菓子はすでに日本に根を下ろし、せんべいや漬物などより身近なお茶菓子になっているのかもしれない。
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