2023年10月にサービスを始めた東洋経済新報社の「四季報AI」が、初めての大幅なアップデートを行い、「四季報AI Version2.0」(以下、Ver2)となりました。使用するAIエージェントの数が実に50倍に増え、会社四季報が持っている株価情報の探索から一歩踏み込んだ投資判断のアドバイスまで行えるようになったといいます。なお、会社四季報オンラインの「プレミアムプラン」(月額5500円)の機能として提供している点は変わりません。
そもそも四季報AIは、東洋経済新報社が過去80年分の企業データとAIを組み合わせるという野心的な取り組みでした。それまでは生のデータを売るだけだった会社四季報の新規事業的試みであったわけです。同社がデータを提供し、業種に特化した専門文書AIの企画開発などを手がけるメタリアル(東京都千代田区)が技術を提供するという形で始まったプロジェクトは、Ver1のリリースから約1年で大きな進化を遂げました。
では、AIエージェントの数を50倍に増やした、とはどういうことでしょうか。Ver1では「ChatGPT 3.5」のみを使用していましたが、Ver2では複数のAIを組み合わせて利用する「メタリアルAI LLM2」が使われています。つまり、メタリアルAI LLM2が対応している生成AIの中で、グラフ作成が得意なClaude、データ分析が得意なLLMなど、それぞれの特性を生かした使い分けを行うのです。
「複数のAIを使うことで、ハルシネーション(誤情報生成)も減らせることが分かっていました」とメタリアル・グループの米倉豪志CTOは説明します。ただし、完全になくすことは難しく「そこばかり気にして調整すると、AIの創造性が減ってしまう」とのこと。
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また、参照元を明示させることでハルシネーションが抑えられることも分かっており、Ver2では、そういった工夫が積み上げられています。これが可能になったのもAI同士がコミュニケーションをしているからです。
実際に体験してみました。
例えばある企業について質問すると、回答に加えて関連する追加の質問まで自動的に提案してくれます。しかも、生成された文章や図表が織り交ぜられた分かりやすい文書となっていました。
特筆すべきは、単なる財務データの検索だけでなく「どの会社に自社製品を提案すればいいか」といったビジネス判断にも活用できる可能性が出てきている点です。そして、そういった可能性が出てきたのも、Ver2では四季報データ以外に企業の公開情報も参照しているからです。
「AIが複数の判断材料を用意し、それを基に投資判断のアドバイスまで踏み込めるようになりました」と話すのは、東洋経済新報社の担当者。実際、会社四季報オンラインのプレミアムプランへの入会理由として「AIを使いたいから」という声が増えているそうです。
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四季報AI Ver2の裏では、50ものAIがこういうことをやっていると理解していると、実際の四季報AIで実際にプロンプトを走らせると出てくる以下のような画面も、なんだか少し愛おしくなるわけです(実際にはただ待っているだけですが)。
プロンプトは「ソニーとKADOKAWAの関係に興味を持っています。ソニーに買収されるかと思っていましたが、追加投資だけでした。株価への影響含めて知りたいです」。
結果は、文字数としては3500文字程度。13個の表とグラフを交えたリポートが生成されました。全文掲載はできないので、リポート冒頭と目次のみ、ここでは掲載します。
●目次
・ソニーとKADOKAWAの資本提携強化
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・ソニーのKADOKAWA株式保有比率の変化
・ソニーの追加投資額と目的
・資本提携強化による両社の事業戦略
・アニメ事業での協業拡大の具体的計画
・デジタルコンテンツ市場規模の成長予測
・株価への影響と今後の見通し
・発表後のKADOKAWA株価の推移
・アナリストによる両社の業績予想
内容としては、サマリー的な内容ではありますが、これをベースにして、分析を深堀していくには十分なレベルであると思えるものでした。そして、深堀していく際、参照元が明示されていることが役立つのは言うまでもありません。
ついでに、株価のことだけをまとめてもらいました。
プロンプト「株価のことを中心として簡潔にまとめられますか?」。今度は1200文字程度でまとめてくれました。ひとつ前のものと比較すると、もっと直近の株価の変化と理由について端的にまとまっています。
この2つのサンプルだけ見ても、Ver2のアウトプットが著しく向上したことが分かります。この結果は、複数のAIが連携して働いているからこそ可能になったこと。「指示役のAI」「アウトプット調整用のAI」「用途別の専門AI」など、それぞれが協調して動作します。米倉氏によれば、「LLM同士のコミュニケーションをどうアウトプットさせるかが難しいポイント」だったとのこと。
実務での活用シーンも広がりそうです。例えば営業部門であれば、潜在顧客の掘り起こしに活用できます。「この業界で設備投資を計画している企業を探して」といった質問に対して、財務データや企業の開示情報を総合的に分析し、有望な営業先のリストを作成することができます。
また、M&A担当者であれば「この会社の買収価値について分析して」といった質問も可能です。システムは財務指標だけでなく、業界動向や将来性まで含めた多角的な分析を提供してくれます。現状では日本企業の分析が中心で、海外企業の詳細な分析には人による追加指示が必要とのこと。
開発チームは今後3カ月程度をかけて、処理速度の改善を目指しているほか、分析精度のさらなる向上も計画しています。「まだまだ賢くできる」と米倉氏は自信を見せます。また、API提供や外部システムへの組み込みなど、より柔軟な活用方法の検討も始まっているとのことです。
四季報AIのバージョンアップによる進化は、金融情報サービスの新しい可能性を示唆しているように見えます。そしてそれが可能なのも会社四季報というデータがベースにあってこそ。それがVer2では、単なる株価情報を探すという領域を超え、ビジネスの実務に直結する判断材料を提供できるレベルに達しつつあります。今後、実際にビジネスの現場で、四季報AI Ver2でどのように活用されていくのか、注目しておきたいところです。
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