【マネージャーとしてスカウトされる】
主務は、ある意味、チームの「なんでも屋」みたいなものだ。マネージャー陣の要としてチームの予定を考え、監督と選手の橋渡し役となり、広報や事務などで裏側から支える。どの監督も「主務がいないと成り立たない」と言うほど頼りにする存在で、大学陸上界では「優秀な主務がいるチームは強い」とも言われている。
今年3月に創価大を卒業した吉田正城さんは、大学2年から4年までの3年間、主務としてチームを支えた。
「僕は高3の時、将来、主務として活動してほしいということで、マネージャーとしてスカウトされました。箱根駅伝という大きな舞台に関われるのはすごく貴重な経験になりますし、主務として携われるのは(本大会出場校の)20人ほどしかいません。すごく価値のあることだと思い、即答で決めました」
高校の優秀なマネージャーを大学がスカウトするケースは、それほど多くはない。また、マネージャー陣のまとめ役であり、対外的な役割も担う主務の選出方法は大学によって異なる。2年から3年、3年から4年に進級する際、部内の設定タイムに届かない選手が転向したり、学年で話し合って選出するケースもある。通常は最上級生が務めることが多く、2年から主務になった吉田さんの場合はレアケースだが、それだけその手腕を高く評価されていたということだ。
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主務の仕事は多岐に渡る。
「(強度の高い)ポイント練習や大会、記録会に帯同しますし、取材対応や(選手の)エントリー、合宿の手配などもそうですね。三大駅伝(出雲、全日本、箱根)も帯同し、全体の流れの指示を出したり、榎木(和貴)監督のサポートをさせていただきました。監督の考えを選手に噛み砕いて説明することも重要な仕事です。監督の言うことは理にかなっているのですが、なかにはそれをなかなか飲みこめない選手もいます。そういう時は、監督に『すいません。ここは譲れないそうです』と伝え、双方の言うことが通らないということがないように調整していました」
監督と選手の間に入り、交通整理をするのは労力的にも精神的にもタフさが求められるが、うまくいかない時はキャプテンに相談するなどしてまとめた。
「主務をやらせていただいた3年間では、4年の時が一番悩みましたね」
2、3年時は先輩がいるなか、気を遣いながら実務をこなす大変さがあったが、4年の時は種類の異なる難しい問題に直面した。
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「4年の選手の記録が伸び悩んだ時期があったんです。自分たちの代は、創価大で箱根シード権獲得というのを目指して入ってきたのですが、1年生は(2021年の)箱根で準優勝をしたのを見て、優勝を目指して入学してきた。目標が違うし、持ちタイムも下級生のほうが平均的に高いので、いい意味で下からの突き上げがあったんですけど、4年生の記録が伸びないので、監督から『4年はダメだ』と言われ続けたんです。監督の言葉が厳しくて、ちょっと溝ができたこともあったのですが、そこをどう解消していくのか。すごく悩みました」
【監督同様に運営管理者から選手に声かけ】
チームのことだけではなく、次代の主務を育てることにも苦労があった。2年時は自分のことで精一杯で、仕事の要求をされても、誰に何を振って、まかせればいいのかわからない。考え方も異なり、ぶつかることもあった。
「今思うとそれもいい経験なのですが、当時は大変でした。特に2年の頃は、下級生の育成と同時に、三大駅伝の予定の組み立てをしつつ、授業もフルに入っていましたし、夏合宿も日々の準備や練習でパンク寸前になったんです。そのため、9月頃に一度、監督に『主務を辞めたい』と伝えたことがありました」
一般学生が送る楽しいキャンパスライフ、バイトやデートなど、選手と同様にいろいろなものを犠牲にする覚悟を持って主務の仕事に取り組んでいたが、それでも辞めたくなるほどの激務が続いた。だが、この苦しい経験があったからこそ、3年時、4年時と信頼される主務に成長することができた。
箱根駅伝に向けては、用意周到に準備していく。エントリーメンバー16名が出揃うと、選手の付き添い、給水係の希望を取り、計測員や応援などを各区間に割り振っていく。吉田さんはこうした準備の手順を青山学院大や駒澤大など他大学の主務仲間から教えてもらい、生かしてきた。
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「例えば、全日本大学駅伝の時の行動予定は、青山学院大と駒澤大のものをうまくミックスして作りました。各大学の主務はライバルですけど、主務として箱根を乗り越える同士、仲間でもあるので、いろいろな話をするほど仲がいいんです。」
箱根当日の一番の仕事は、運営管理車に乗り、監督のサポートをすることだ。乗車前に軽食をとり、トイレを済ませる。持ち込むものは個人や歴代の記録のリスト、行動スケジュールなど。(タイム差を測る)ストップウオッチは目視で押すのと、テレビ中継を見て押すのとでは時差が生じるのでふたつ持った。運営管理車からは監督だけでなく主務も選手に声をかけるが、その内容やネタも事前に考えておく。
「これは監督も考えていて、事前にそのメモをチラッと見たら、目標タイムや定点観測のタイムの他に(各選手の)好きなアイドルとか書いてあるんです。これは負けられないと思い、いろいろネタを集めました。それを僕もマイクを通して選手に伝えるようにしていました」
吉田さんが選手に声をかけた際、すごく印象に残るシーンがあった。
「昨年卒業した嶋津(雄大)(現・GMOインターネットグループ)さんは、ホメて調子に乗せるとスイッチが入ったように走るんです。4年の時は4区を走ったのですが、3年時に区間賞を獲っており、最後の箱根でも獲ってほしかったので、『嶋津さん、最後の箱根駅伝、箱根のヒーローになりましょう』と声をかけました。あとで『声かけしてもらい、すごくやる気をもらえた』と言われて、すごくうれしかったですね」
吉田さんが主務の時代、創価大は2022年が7位、23年、24年はともに8位に終わった。4年の最後の箱根が終わり、エレベーターで監督とふたりきりになった時、「4年間、シードを獲れるように頑張ってくれてありがとう」と声をかけられた。
「あまりそういうことを言わない監督なので、すごく感動しましたし、やりきったなと思いました。3年間、緊張が解けることは一度もなかったんですが、その時、初めてすべて終わったと安堵しました」
【吉田響の最後の箱根を目一杯応援したい】
3年間の主務の経験は、今年、社会人になった吉田さんの人生にどのように生かされると感じているのだろうか。
「先輩に『適材適所が大事』と言われたのですが、チームを円滑に動かし、駅伝で結果を出すにはすごく大事だなと思いました。これは会社組織でも必要なことだと思っています。コミュニケーションや"報連相"もあらためて大事だなと感じます。あと、人のためによかれと思ってやったことが伝わっていなかったり、後輩の育成も大変だったので、大学のうちにそうした経験をできたのは自分の財産になっています」
今シーズン、創価大は好調だ。出雲駅伝、全日本大学駅伝ともに4位と安定した結果を出している。國學院大、駒澤大、青山学院大の3強に割って入るのに、あと一歩のところまで来ているが、榎木監督は「勝ちたいという意欲が足りない」と語っていた。
「箱根は、勝ちたいと思うメンバーが10名揃わないと勝てないです。僕らの時は、嶋津さんや葛西(潤)(現・旭化成)さんは勝ちたいという気持ちで走りきっていましたが、なかには力が追いついていなくて空回りした選手もいました。焦りやプレッシャーを感じてしまう選手もおり、それが結果にも出てしまいました。箱根で勝つためのことを各自がしっかりできるかどうかがポイントになりますが、今年はやってくれると思います」
吉田さんが今年のチームで一番気になる選手は、エースの吉田響(4年)だという。
「響が東海大からうちに転校してきた際、選手との相部屋だと緊張するだろうから、主務の自分が受け入れて同部屋になり、いろいろな話をしました。響は前回、箱根出場がかなわなかった志村(健太)キャプテンを付き人に希望していたのですが、スケジュール上、そのリクエストに応えられず、運営管理車から『ゴールで志村が待っているから最後まで走りきるぞ』と伝えさせてもらいました。(5区区間9位で)不甲斐ない走りをしたと号泣していましたね。
今年はさらに意識が変わって、全日本後に『チームを勝たせたい』と涙ながらに話をしてくれました。今回はどの区間を走るのかわからないですが、響の最後の箱根を目一杯応援したいと思っています」
吉田さんは、吉田響が走る姿を目に焼きつけるために現地に赴く。エースとチームが箱根でどんなレースを見せてくれるのか、楽しみにしている。