金メダルを目指しながら予選敗退 パリオリンピックの本多灯に起きたレース直前の異変

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2024年12月29日 10:20  webスポルティーバ

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本多灯インタビュー(2)

 パリ五輪の競泳男子200メートルバタフライで、金メダルを目標にしながら予選敗退に終わった本多灯(22歳、イトマン東進)。その様子を現地で見守っていたイトマンの堀之内徹コーチは、レース直前に本多の異変を感じ取っていた、と振り返る。

 レース当日、日本代表から外れていた堀之内徹コーチは、会場となったパリ・ラ・デファンス・アリーナのスタート側のスタンド下段で、教え子である本多の様子を眺めていた。

「予選前のアップの際に、スタンドごしに灯と話をした時は普通だったんです。ただ、レース直前に会場のオーロラビジョンに招集所の様子が映し出されると、どうもおかしい。ふだんの灯は軽く体を動かしたり、他の選手と言葉を交わしたりしているのですが、びっくりするくらいきちんとイスに座っていて。

 それで、1組目が終わって2組の灯が入場してくると、何か俯き加減で、前の選手に頭がつくくらい不自然な状況で入場してきたんです。いつもなら入場の際に名前が紹介されると、リラックスした表情でこぶしを突き上げるなど、会場にアピールしながら入ってくる灯が、ですよ。そこで僕はマズいと思って、大きな声を出して灯の名前を呼んだのですが、すでに会場は満員でしたし、スタンドからの声が届くわけはないですよね」

 直後にスタートを切った本多は、本来の泳ぎをまったく見せることなく、2度目の五輪の舞台から姿を消すことになった。

 現場でレースを撮影していたカメラマンも、本多の様子がいつもと違っていたと話している。本多はレース前、右手でスタート台に触れ、ジャージを脱ぎスタート台に上がると、顔の筋肉をほぐすように大きく力強い笑顔を作るのだが、その動きにいつもの力強さを感じなかったというのだ。

 本多自身には、レース直前の記憶はどのように残っているのだろうか。

「堀之内コーチが入場の際に僕の名前を呼んでいたみたいですが、まったく聞こえてなかったですね。競泳をやっていた人なら子どもの頃、練習では早く泳げるのに、レースになると緊張で肩が上がってしまい、思ったように泳げなかったっていう経験があるかもしれません。いま思えば、そんな状態だったんだと思います。なんか余計な力が入り過ぎて、体がカチカチみたいな。僕もうっすらとした記憶しかないのですが、たぶん、レースをしたくなかったのかな、と。

 調子の良し悪しを含め、自分がまったく見えていなかった。ただ、体の調子は悪くなかったので、アップの時までは、なんとなく泳げてしまった。だから、やっぱり気持ちの問題。泳ぎたくないって気持ちが少しでもあれば、どうしても体はそれに引っ張られてしまいますからね」

【ふたりの"怪物"】

 環境に左右されやすい。本多は自分自身の性格について、そう話す。

「他の選手のいい泳ぎを見ると、『すごいな!』と刺激を受けるよりも、プレッシャーに感じてしまうというか......。気持ち的に落ちていれば、なおさら。そういう状態で負の連鎖にハマってしまったのがパリ五輪だったかもしれません」

 堀之内コーチが続ける。

「200メートルバタフライの前日には(同種目でも最終的に金メダルを手にする)レオン・マルシャンが最初の種目の400メートル個人メドレーで、(2位の松下知之に約6秒の差をつけるなど)圧巻の泳ぎで、ひとつ目の金メダルを獲得していました。また灯は、銀メダルを手にするハンガリーのクリストフ・ミラークが戻ってきていることもわかっていたでしょう。

 大会前、灯は1分51秒台を出せば、金メダルの可能性があると感じていたはずです。でも、ふたりの"怪物"が揃ったことで、結果的に51秒台を出しても銅メダルにギリギリ届くかどうかという状況になってしまった。

 そんな状況が東京五輪で銀メダル、2月の世界選手権で金メダルを取り、パリで金メダルしかないと思っていた灯の心に影響を与えてしまったとしても不思議ではない。本来の灯は、強い選手と泳ぐことをエネルギーに変えていた部分がありました。ただ、金メダル以外はあり得ないという状況に自らを追い込んでしまったことで、自分の泳ぎを見失ってしまったのかもしれません」

 それは、世界のトップを狙える選手だけが感じることのできるプレッシャーとも言えるが、本多にとっては自身の過去の好結果が急に重荷となってしまったのかもしれない。

「ずっと練習をともにしてきた私たちスタッフや仲間にすれば、灯がどういう結果に終わっても受け入れるつもりでしたし、彼がやってきたことを否定するつもりも、金メダルが取れなかったからと何か言うつもりもなかったんです。

 ただ、期待していた世間の人からすると、残念だという気持ちを抱く方もいると思います。だから灯にすれば、結果を出せなかった場合に世間からどう思われるのか、と考えてしまうことは仕方のないこともしれませんし、そういう思いが泳ぎに影響してしまったのだと思います。

 悔しさがある? 正直、そういう思いまでいきませんでした。ただ、私は今回、代表のコーチングスタッフに入ってはいなかったので、灯の練習を見ていたのは事前合宿のアミアンまででした。もし会場で招集所に送り出すところまで傍にいれたなら、何か気づけたかもしれない、そんな思いがないわけではないです。もちろんそんなことは『たられば』で、傍にいたからといって何かができたかは微妙ですけどね」(堀之内コーチ)

【「どこかで楽しむことを忘れてしまった」】

 レース直後には、堀之内コーチのもとに、多くのメディアから本多の状況についての問い合わせ連絡が殺到していたという。

「みなさん、『実は何日か前に発熱していたのでは?』『直前にケガをしていたのではないか?』と、敗退の理由を探していたのだと思います。ただ、何かあったわけではないですから。私も『レース直前に、何かに飲み込まれてしまったのではないか』と答えることしかできませんでした」(堀之内コーチ)

 本多はパリ五輪後、約2カ月間の休暇を取り、9月末から練習に復帰している。ただ、あくまで体を動かすことをメインにし、特に何か目標などを定めているわけではないという。それでも、再びプールに戻った本多の表情は明るさを取り戻し、あらためてパリ五輪をこう振り返った。

「僕はやっぱり、いい意味でも悪い意味でも期待を裏切る男ですよね。東京五輪のときは、出ただけですごいっていうなかで銀メダルを取って、今回はメダルを期待されながら予選敗退ですから(笑)。

 やっぱり選手って、大会が大きくなればなるほど、勝手に背負うものが大きくなってしまうんですかね。僕もいま思えば『失敗したら失敗したでいいや』くらいの気持ちで臨めばよかったと思っているのですが、レース前はそういう思いになれなかった。

 五輪に魔物がいたか? そう言う選手もいますが、そんな表現をするのは日本人だけですよね? 僕自身はそんなものは感じなかったですし、五輪って本来は(出る人も観る人も)楽しめる場所であるべきなのに、僕はどこかでそうした思いを忘れてしまっていました。

 スポーツって、みんな最初は楽しくて始めたわけじゃないですか。そういう意味では、どんな舞台でも楽しんでガムシャラにやった人が強いんだと思うし、きっとパリ五輪の競泳で4冠を達成したマルシャンなんかも、そんな感じだったんじゃないかと、僕は思っています」
(つづく)

【profile】
本多灯(ほんだともる)
2001年12月31日、神奈川県生まれ。イトマン東進所属。幼稚園時代に兄の影響を受け、水泳を始める。2020年に日本大学に入学。2020年日本選手権の200mバタフライで初優勝を果たす。2021年東京オリンピックでは200mバタフライで銀メダルを獲得。2024世界水泳選手権ドーハでは200mバタフライで日本人初の金メダルを獲得した。2024年パリオリンピック200mバタフライに出場。

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