本多灯インタビュー(3)
パリ五輪、競泳男子200メートルバタフライでまさかの予選敗退に終わった本多灯(22歳、イトマン東進)。競泳はチームで動いているため、自身の種目が終わったからといって自由に帰国できるわけではない。帰国まで時間があったなかで、現地でどのような思いで過ごしていたのかも気になるところだった。
競技終了後の心境について、本多はこう振り返る。
「正直、最悪というか、しんどかったです(苦笑)。みんな自分にどう声をかけていいかわからず、SNSなどでも、いろいろ考えてメッセージを送ってくれたんだと思いますが、返信するのがつらくて......。チームメートの応援に行かなければならないのですが、レースを見るのは気持ち的にキツかったです。日本に帰りたいというのではなく、しばらくはそっとしておいてほしかった。
ただ、コーチとか練習仲間、友達に会えば、みんな温かく迎えてくれたことには救われました。少し時間が経ったいまは、話のネタになっているというか、『パリで何やらかしたん?』とイジられても、笑って返せるようになりました」
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帰国後は長期休暇を取っていたとのことだが、どんな風に過ごしていたのか。
「東京五輪が終わってからはずっと忙しなかったので、パリ五輪のあとは、どんな結果になっても休暇を取りたいと思っていて、コーチとも相談し、約2カ月、休みました。競泳を始めてから、これほど休むのは初めてですが、不安はまったくなかったです。
何をしていたかといえば、ほとんど旅行です。会いたい人と会って、行きたいところに行って、おいしいものを食べるっていう。2カ月は長かったか? あっという間で足りなかったくらい。ただ、自分がアホだと思うのは、しばらく泳ぐこととは距離を置きたいと思って休暇を取ったのに、沖縄に行ったらきれいなビーチがたくさんあったからか、1日に3カ所くらいに行って、ずっと海で泳いでいましたからね。オフでも泳いでるって、自分はどんだけ泳ぐことが好きなんだと、痛感しました(笑)」
【「気持ちがどこにあるか、わからない」】
本音を言えば、2カ月の休暇を取っても競泳への気持ちが戻ってきたわけではない、とも言う。
「ただ、これ以上休んでもやることはないし、何かやりたいことがあるわけでもなくて......。だから、いまも気持ちがどこにあるか、わからないというのが僕の本当の気持ちです。正直、何もしていないよりは、泳いでいたほうが気が紛れますから。
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そういう意味では、いまはオフに太ったぶん(体重は3キロ増加)のダイエットをしながら、自分が何をしたいのかというのを、少しずつ鮮明にしていければと思っているところです」
本多がプールに戻ってきたのは9月30日のこと。そこから約1カ月は1日1回の練習を行ない、取材に訪れた11月のある日、本多はゆっくりとプールで泳ぐ練習に終始していた。
「今日はゆっくり7キロ泳いだのですが、ずっと練習していなかったので、いまは泳ぐことがこんなにキツいってことを思い出しながら、やっている感じ。後輩と勝負しても、いい勝負どころかボコボコにされましたし(笑)」
本多にとってありがたいのは、指導するイトマンの堀之内徹コーチも、「焦らずゆっくりとサポートしていきたい」と話していることかもしれない。
「私たちスタッフは、彼がどんな状況だろうが応援する立場ですから。そこだけは彼に忘れないでほしいし、もう一度気持ちが戻れば、サポートしていくだけかなと。
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いま灯は22歳ですが、五輪の金メダルを除けば、(競泳の記録やタイトルは)ある程度持っています。もしまた達成したい目標が出てくるのなら、どうしても人よりも高いところで勝負せざるを得ないでしょうし、慌てて始めても息切れしてしまう。だから体力を維持するために練習は再開していますが、半年なら半年、1年なら1年、休むことも悪くない。
もし代表に戻れば、またタイムや順位に追われ、他者と比較され、周りにどう見られるかという思いが先に来てしまうかもしれませんから。もちろん、灯は給料をいただきながら泳いでいるわけで、会社やスポンサーの方々にきちんと理解していただくことは必要ですけどね」(堀之内コーチ)
【「2028年? 何も考えてないです」】
明るい性格で、日本代表のムードメーカー的存在でもあった本多は、レースに勝つと筋肉を強調する"マッスルポーズ"を連発するなど、まっすぐで「お調子者」というイメージもあった。それだけに、五輪の敗因がメンタルの問題だと聞いたときは、驚きを隠せなかった。だからこそ、堀之内コーチもリスタートに慎重な姿勢を見せているのだろう。
「おっしゃるとおり、灯は気持ちが前面に出るタイプで、集中したときに爆発力を発揮する。なので、それがはっきりと戻るまでは、レースに戻るのは待ったほうがいいかなと......。小さくまとまっても一番上にはいけない。彼本来の持ち味をしっかり取り戻したうえで"復帰"するのがいいかなと思っています」(堀之内コーチ)
練習には戻った本多だが、今後のことは白紙だと強調する。
「年末から年明けくらいにかけて、練習メニューも徐々にキツくなっていくと思うので、それが終わったくらいでコーチとも今後について、しっかり話していけたら。
2028年の五輪? 正直、いまは何も考えてないです。そういうワードを口にするようになったら、『やっとやる気が出たんだな』と思っていただければ。ロサンゼルスといえば、ドジャースの大谷翔平選手。いまは五輪よりもドジャースの試合を観に行きたいという思いのほうが強いかもしれません(笑)。
2カ月のオフで自分の気持ちをすべて壊したので、いまは新たに自分の気持ちを鮮明化している段階。まずは自分のことを理解し、あとは地道にやるだけ。またゼロから大きな山をひとつずつ、上っていけたらと思っています」
本多は、一度すべてをリセットし、ゼロからスタートを切ろうとしている。パリ五輪では、競泳人生で初めてレース後に「悔し涙を流した」と振り返った。苦い経験を、今後どう生かすかは本人次第だが、いつかレースに戻ってくる時、本多灯がどんな姿を見せてくれるかが楽しみだ。
(終わり)
【profile】
本多灯(ほんだともる)
2001年12月31日、神奈川県生まれ。イトマン東進所属。幼稚園時代に兄の影響を受け、水泳を始める。2020年に日本大学に入学。2020年日本選手権の200mバタフライで初優勝を果たす。2021年東京オリンピックでは200mバタフライで銀メダルを獲得。2024世界水泳選手権ドーハでは200mバタフライで日本人初の金メダルを獲得した。2024年パリオリンピック200mバタフライに出場。