「定食屋」。そこには、日常の景色の中に潜む温かさと物語がある。
エッセイスト・大平一枝さんと小説家・原田ひ香さんが、「愛する定食屋を“書く”という仕事」をテーマに語り合います。
二人が感じる定食屋の魅力や、独自の視点で描くその在り方とは。
お二人ならではの深い洞察と、定食屋にまつわるエピソードをお届けします。
◆書くのに困ったときは「端から書いていく」
大平:今回、どなたとお話をされたいかというお話がありまして。もし叶うなら原田ひ香さんにと。私は定食屋の連載を6年前からやってまして、料理のおいしい店を紹介するんだけど、おいしさをうまく書けなくて。
そんな時編集者さんから「何かヒントがあるかも」と原田さんの本を勧められて、読み始めていたんです。
原田:私ももちろん『東京の台所』という名著は存じ上げておりますし、大平さんがあさイチとかに出る前から存じ上げていました。私もある編集者さんから「台所に関する小説を書きませんか?」というお話があったんですよね。で、その時に大平さんの作品を挙げられて。
大平:ありがとうございます(笑)
実は何年か前に青山ブックセンターで、たまたま稲田俊輔さんと原田ひ香さんの対談を直接拝聴したことがあるんです。
その時に会場の方が「書くのに困った時にどうしてるんですか?」って質問されたんですね。その時に原田さんは「とにかく端から書くの。見たものを端から丁寧に書いていくと、ちょっと凌げる。ちょっと楽になれる」ってお話されてて。ああ、小説家さん、そこまで話して……聡明な方だなという印象を受けました。
原田:(笑)
大平:私はインタビューの仕事も多く、そういうことを話される小説家さんは……いそうで喋らない方もいるので、その時になんだかすごく、人柄としても興味を持ちました。
原田:大したことはなくて、誰でもできますよって言うんですけど、お料理運ばれてきた、どんな人が運んできた、刺身醤油のお皿がこんな感じだとか、本当に端から端から書いていくというか、迷ったらそういう風に書いていく感じなんですよね。
◆定食屋の魅力は「さもない料理」にあり
大平:原田さんの著書に「さもない料理」という表現が出てきませんか?
原田:あ、はいはい。
大平:『そこに定食屋があるかぎり』という本の取材してると、料理本とかはメインディッシュがいかに凄いか、おいしいかっていうのを書くし、写真でも強調する。だけど、定食屋なんかの魅力って副菜とかの「さもない料理」だから、小鉢が実は凄い魅力なんですよね。
それって文学も私同じだなって思っていて、台所も本当にそのさもない日常を丁寧に作り取るとか、例えば料理本ならメインディッシュじゃないところを書きとることで実は多くのことが変わるんだなって。
原田:そうですね。さもない感じっていうのが……。
私、田辺聖子さんの小説が凄く好きなんですけど、田辺さんの小説の中で、男性が、女性と別れた後に別居するんですけど、その時に男性がパッと思い浮かぶのが……小松菜と油揚げを煮たような感じ。それが私の中の一番の「さもない料理」というか……(笑)
誰でもできるんだけど、おいしく作るのって意外とセンスがいる。そういうのを女性と別れた後の男性が求めて、だけどどこにも売ってないし、自分でもうまく作れないって嘆くようなシーンがあって。
大平:なんかそういう、メインの話じゃないところを丁寧に書き込む大事さを、歳を重ねてから気付いて。そこを書いた時に、遠くの距離が見えるというか……。近くに見えるものを丁寧に書くと、さらに際立つんだなあと勉強になりました。
原田:ありがとうございます。
◆「食」から始まる創作の原点
大平:原田さんが料理を題材にしたきっかけは?
原田:20代のころは、飛田和緒さんという料理研究家の方が料理教室をされてて、雑誌か何かで見つけて、雑誌の編集部に電話かけて、当時携帯がない時代なので(笑)
予約取って、何か月か料理教室に通わせてもらって。そういうのもあって料理は好きでした。
大平:料理の仕事したいって考えてたんですか?
原田:したいと思ってたんですね。だけど……でも先生の近くにいて本を見て、同じように作ることはできるけど、まったく新しい料理を考えることはできないというか。
先生は本当にちょっとした残り物から新しい料理を作る……あと一つひとつの料理を作るのもお上手で、その時に料理の仕事するっていうのは全然違うんだなって学びました。
◆以前は別の仕事についていた二人
大平:その時は文章の仕事は考えてなかったんですか?
原田:そういうのもできたらいいなって思ったら、20代の後半、私、秘書の仕事してたんですけど、秘書は当時、年とってから長くできるような仕事じゃなかったし、何か別のことできないかなって探している時期だったんですね。
大平:人生で探した時期って何年くらいあったんですか?
原田:26歳から28歳くらいからずっと。29歳か30歳くらいで結婚して北海道に転勤したんで。それくらいですね。大平さんはそういうのありますか? 迷い時期というか。
大平:あります。私は愛知の短大で社会福祉を学んだ後、児童養護施設に勤めたんです。文章書きたかったけど文学部は行けなかったので、次に面白いものと考えた時に社会福祉だなって思って。
面白かったけど、やっぱり書く仕事もしたいって思って20歳から26歳までは迷いました。それで26歳で上京して、編集プロダクションに入って。
原田:そこから書く方に?
大平:はい。
◆フリーになって見つけた創作の「裏テーマ」
原田:そうなんですね。やっぱり台所の話とか食の話が多いんですか?
大平:いや、全然なんです。私、料理をテーマにした書籍はこれが初めてで。26歳から30歳くらいまで編集プロダクションにいて、出産と同時に退職したんですよね。子供を育てながら無理だなと思って。
で、フリーになったんですけれども、その時はがむしゃらに7〜8年やって、やっぱりちょっと違うなという……。これは誰でもできるし、歳を取ったら若いライターさんに変わっていく。
自分しか書けないものって何だろうって思った時に、大量生産、大量消費に対岸にあるもの「今書いておかないと消えてしまうものを書こう」って決めたんですよね。それから取材中も、裏テーマがあるとちょっとだけ文章が変わるというか。
それを編集者の方が面白いって言ってくださったり、小さいものが重なって、書籍の話になって、著書は30歳から一冊ずつは出してたんですけど、この裏テーマにたどりつくまで5年くらいかかりました。
◆「定食屋」選びの舞台裏
原田:今回思ったんですけど、『そこに定食屋があるかぎり』というこちらの本とかも、定食屋さんたくさん出てますけど、それってどういう風に選ばれたのですか?
大平:編集者さんと私が別々に名前も言わずに気になる定食屋さんがあれば取材帰りや、夫、友達と行ったり。口コミで町に愛されてるできるだけ長くやっているところを探して行っていました。
で、写真を撮り、感想を書き、SMSメッセージで送る。編集者さんとお互いが「そこいいですね」ってなったら初めて依頼をかける。だけど、凄い勢いで断られることも多いんです。
原田:結構断られたこともあるんですね
大平:めちゃくちゃあります。最初は言わなくて、後で「実は」って取材を依頼する時に初めて声かけますね。本当に何軒かはメールもできないので、編集者さんが手紙を書いたり、直接行って依頼することもあります。
【原田ひ香】
1970年神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著書に『ランチ酒』『ランチ酒 おかわり日和』『ランチ酒 今日もまんぷく』『三千円の使いかた』『口福のレシピ』『一橋桐子(76)の犯罪日記』、「三人屋」シリーズなどがある
【大平一枝】
作家・エッセイスト。長野県生まれ。 市井の生活者を描くルポルタージュ、 失くしたくないもの・コト・価値観を テーマにしたエッセイを執筆。 連載に「東京の台所2」 (朝日新聞デジタルマガジン&w)など
(※本記事は2024年11月7日、本屋B&Bで行われた対談を再構成したものです)
<構成/女子SPA!編集部>
【女子SPA!編集部】
大人女性のホンネに向き合う!をモットーに日々奮闘しています。メンバーはコチラ。X:@joshispa、Instagram:@joshispa