棚橋弘至インタビュー 後編
(中編:1・4からの引退ロードも超ハード 「やめないで」と言われたら「来年もやりますと言ってしまうかも(笑)」>>)
2025年1月4、5日に開催される東京ドーム大会は、棚橋弘至"選手"にとって、2026年1月4日の現役引退へ向けた「ファイナルロード」の始まりとなる重要な大会。因縁の相手EVILとの大一番も控える東京ドーム2Daysの見どころを語ってもらうとともに、あらためてプロレスの魅力について聞いた。
【1・4東京ドーム、引退をかけた試合は「リスクが大きすぎる」】
――1・4東京ドームは、新日本プロレスにとっては2024年の締めくくりでもあり、2025年のスタート。そして、棚橋さんにとっては引退への「ファイナルロード」がスタートします。
「今年の頑張り、社長としての活動がファンに届いてくれたら、動員も増えると思います。そこは、ジャッジメントですね」
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――EVIL選手との試合は、ランバージャックデスマッチ(両チームのセコンドがリングを囲み、場外に出た選手はリングへ戻される)となりました。
「まぁ、ハウス・オブ・トーチャー(EVILが所属する新日本プロレスのヒールユニット)が何かしら手出しはしてくると思うので、最善の策を練っていきます」
――当初のシングルマッチからの変更で、さらに『負けたら即引退』という条件をつけました。
「プロレスは、攻防の面白さや技のすごさだけではなく、シチュエーションがとても大事だと思っています。戦った結果、どのようなリスクを背負うか、あるいはリスクを取れるかどうかが、その試合の魅力や緊張感を高める要素になる。それにしても、今回のリスクは大きすぎますけどね(笑)。引退ロードの1年間で、ファンのみなさんに『ありがとう』を伝えたいと言っているのに、負けたら即終了ですから。
単純に試合でやられることもあるし、試合中の故障でということもあるし、アクシデントも含めて負けはありますから。でも、そういうことを言っていたら、きっと天国のアントニオ猪木さんから『やる前(出る前)に負けること考える馬鹿いるかよ!』って怒られると思うので」
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――対戦するEVIL選手に対してはどんな感情がありますか?
「感情を抱かないようにしています。これまで、セコンドの乱入や介入が続いて、ファンの方から『もう観ません』という声が届くこともありました。12月8日の熊本大会(の6人タッグマッチ)でも、EVILをイスでぶっ叩き過ぎちゃいまして(笑)。人を2、3分もイスで叩き続けたのは初めての経験でしたが、なんの感情もなくなったんですよ。それで『俺って、意外と冷酷な一面があるんだな』と気づかされました」
【1・5の東京ドームは他団体、女子プロレスのファンにもアプローチ】
――1月4日の東京ドーム大会は新日本の団体内の闘いですが、翌1月5日の『WRESTLE DYNASTY』は世界との闘いがテーマと言えるかと思います。
「そうですね。2Daysでまったく違うカラーの興行を東京ドームで展開できることはうれしいです。ファンのみなさんも異なる楽しみ方ができるのではないでしょうか。東京ドームは、東京や関東圏だけではなかなか埋まらない規模の会場なので、日本全国からファンのみなさんに集まっていただけることを期待しています。1月5日の大会は試合開始時間を早めて(11時開場、13時開始)、終了時間も17、18時頃を予定しています。それなら日本全国どこにでも帰れるでしょうから、ぜひ2日間たっぷり楽しんでほしいです」
――スターダム、AEW、ROH、CMLLの4団体を代表する女子選手による4wayマッチも開催されますね。
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「ここ数年、AEWに参戦した時に、男子のタイトルマッチと女子のタイトルマッチがひとつの興行で行なわれているのを何度も目にしました。日本では、男子と女子でプロレスが分かれている独自の文化がありますが、今の時代は、男女が同じ舞台で両立している形のほうが合っているのではないかと思いますね」
――それは棚橋さんが目指す「時代に合わせた変化」に繋がりますね。
「そうですね、僕の頭が柔らかいので(笑)。こういった取り組みを通じて、女子プロレスのファンやスターダムのファンが新日本を好きになってくれる可能性もありますし、逆に『女子プロレスも面白いじゃん』と、新日本のファンがスターダムの会場に足を運ぶこともあるでしょう」
――『日米レスリングサミット』(1990年4月3日・東京ドーム)の令和版という声もあります。往年のファンに響くかもしれませんね。
「正直、一度プロレスを離れたファンが、どれだけ戻ってきているかはわからなくて。もちろん、戻ってきてくれたら『おかえり』と喜んで迎え入れますが、『プロレスを観なくなったファンに戻ってきてもらうための熱量って、通常の"倍"必要なんだな』と思ったんです。だから、プロレスを知らない人に対していかにアプローチするかに全力を注いできました。
アナウンサーの古舘伊知郎さんは、かつて『全国3000万人のプロレスファンのみなさん』と実況していましたが、それなら残りの国民は、まだプロレスに触れてないということになる。もちろん観たうえで好き嫌いを判断している人もいるでしょうが、そもそも観たことがない人たちに、まずはプロレスの楽しさを知ってもらいたいですね。プロレスファンではない人たちこそ、新日本にとってビジネスチャンスなので、ここにアプローチして、より多くの人々にプロレスの魅力を届けていきたい。そして、私が社長を務めている間に、新日本を過去最高収益に導きます(笑)」
【オカダが抜けた新日本、次世代を担うのは誰か】
――AEWには、オカダ・カズチカ選手が2024年3月に移籍しました。新日本にとっては大きな選手が抜けたことになります。
「会社の規模、経済力から言えばAEWが上ですからね。オカダやウィル・オスプレイ、ジェイ・ホワイトらが抜けて悲しんでいるファンも多いでしょうし、『新日本、大丈夫か?』と思ってる方もいるでしょう。
でも、トップ選手が抜けることで、新たにそのポジションを狙う選手が必ず出てきます。闘魂三銃士から第三世代、その後に、僕や中邑真輔が続いて、さらに、オカダや内藤哲也が出てきたように。オカダやオスプレイらが抜けたポジションに誰が上がるのかを楽しんでいただきたいです。次に時代を掴むのは誰なのか......。それは僕かもしれませんけどね。『もう一回?』みたいな(笑)」
――注目している選手はいますか?
「今チャンスを掴んでいるのが海野翔太。(海野とともに"令和闘魂三銃士"と呼ばれる)成田蓮も辻陽太もそれを面白く思っていないだろうし、『次は俺がいく』と思っているはずです。プロレスは、『相手に負けたくない』という勝負論的な部分に、個人的なジェラシーが乗らないと燃えないので。僕の場合は、中邑が先にIWGPヘビー級を獲って、なかなかチャンスが回ってこなかったんです。その悔しい思いが、棚橋−中邑というライバル構想の根底にありました」
――中邑選手はWWEで活躍していますが、お会いする機会はあるんですか?
「一度、一緒に食事をしましたね。確か、サンフランシスコ大会の時だったと思います。ちょうど近くでWWEの大会があって、中邑から『飯でもどうですか?』と連絡をもらって。
スター感があって、これは『Shinsuke Nakamuraだ』と。オーラが違いましたよ。めちゃくちゃ忙しいようで、『週に1日しか家に帰れない』と言っていました。アメリカ全土を飛行機で行き来していますし、世界中を移動していますからね」
――棚橋さん自身も、アメリカのリングに行きたいと思った時期はありましたか?
「ありました。2004年か2005年くらい。新日本の低迷期です。それでも残ったのは、新日本が好きだったから。『俺しかいねぇな』と思っていましたし」
【「プロレス会場はパワースポット」】
――話を戻しますが、1・4、1・5東京ドーム大会、特に注目の選手を挙げるなら?
「今、最もエネルギッシュで、よくも悪くも手がつけられないのがゲイブ・キッド。あとは、令和闘魂三銃士のなかで最年長の辻。彼はアメリカンフットボールでクォーターバックをやっていたんですが、運動能力、プロレスの技術も申し分ないです。表情にも動きにも余裕がある。
あとは、何かきっかけを掴んだらもうひと化けする予感はあります。ただ、そのきっかけが何かは僕にもわからないし、おそらく本人もわかっていない。ファンが作るものでもあります」
――ちなみに、棚橋さんにとって転換点となった試合は?
「2009年1月4日、東京ドーム大会の武藤敬司さんとの試合(IWGPヘビー級選手権)ですかね」
――武藤さんに初勝利した試合ですね。
「あの試合で"時代のバトン"を渡された気がしました。武藤さんはその後も、シャイニング・ウィザードでもうひとつ"山"を作るわけですけど。僕が受け取ったバトンはオカダや内藤たちに渡したので、それがどう受け継がれていくのかを観てほしいです。
プロレスは、その日の試合だけでも十分に楽しめますが、長く観ると、選手たちの人生そのものを感じられると思います。生涯を見届けるような感覚ですね。人生、いい時もあれば悪い時もあります。試合で勝つときもあれば、負ける時もある。自分の人生に置き換えて観てもらえたらと思います」
――勇気をもらえる方も多いでしょうね。
「応援している選手が勝ったり、頑張っていたりしたら、『自分も頑張ろうか』というモチベーションにもなるはず。プロレス会場って、選手とファンがエネルギーを交換し合っていると思うんです。応援されて選手が頑張る、その姿を観てお客さんも元気になる。僕は、『プロレス会場はパワースポット』とずっと言っていて、そのパワーを浴びてもらって、エネルギーを持ち帰ってもらう。だから新日本は、実はエナジー会社なんです。『新日本エナジー』ですね(笑)。
それで日本を元気に......となると、猪木さんになりますね。一周回って、『元気があれば何でもできる』という感じなのかもしれない。猪木さんは今も見据えて、真理となる言葉を"置いて"いったのかもしれません。猪木さんの名前(本名「完至」、後に「寛至」)から一文字もらった僕が、今は社長をやっているというのも運命だと思いますね」
――1月4、5日は東京ドームが最強のパワースポットになりますね。
「東京ドームから湯気が出ていると思います(笑)。ぜひ、パワースポットへお越しください!」
【プロフィール】
■棚橋 弘至(たなはし・ひろし)
1976年11月13日、岐阜県大垣市生まれ。立命館大学法学部卒業後、1999年に新日本プロレスへ入門しデビュー。新日本プロレスのエースとして、IWGPヘビー級王座をはじめ数々のタイトルを獲得。積極的にリング外の活動にも取り組む、名実ともに新日本プロレスを代表する選手であり、2023年12月からは新日本プロレスリング株式会社の代表取締役社長に就任した。