まゆ毛やくちびるを理想の形・色のまま保てる美容医療「アートメイク」。針を使って皮膚に色素を注入するという点ではタトゥーと似ているが、タトゥーよりも浅い皮膚に色素を入れる施術だ。2〜3年で色が薄くなるが、完全に消えることはない。子どもや友人からの紹介でカウンセリングを受ける50代以上の患者も増えているというが、どのような目的なのだろうか。実際の患者に話を聞いた。
【写真を見る】「最期まで綺麗に」50代以上の層でアートメイクの需要増か 終活への意識と「この年齢だしもういいや」からの変化
「あしたからはすぐに出かけられる」施術後、鏡を見て笑顔11月のある日、東京・渋谷区の東京イセアクリニックに、娘の勧めでまゆ毛のアートメイク施術を受けにきた神奈川県在住・64歳の女性Aさん。美容医療の施術は初めて受けるという。
加齢による老眼で、まゆ毛が描きづらい上に「正解が分からない」といったメイクの悩みがあるといい、施術を受けることを決めた。
Aさん(64)
「この年齢だし、普段からしっかりお化粧をしているわけじゃないの。でも、私も女なのね、まゆ毛だけは綺麗でいたいみたい。
あまりにもまゆ毛がうまく描けないときは、出かけるのも『もう、いいや』って思っちゃうこともあったりして」
施術前のカウンセリングの際、Aさんは希望のデザインや「どういう印象に見られたいか」などを聞かれても、「分からないから、お任せで」と返答していた。筆者はその返答に、“自分に似合うデザインはない”といった諦めのようなものを感じた。
イセアクリニックでアートメイクの施術を担当する看護師・柴田佳奈さんによると「お任せ」という人も多く、その場合は“まゆ毛の黄金比”でデザインを提案していくそうだ。
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カウンセリング時のAさんは、自身の顔をあまり見たくないようにもみえたが、施術が終わり渡された鏡でまゆ毛を確認すると、途端に笑顔になった。
Aさん(64)
「最高!痛くもなんともなく、居眠りしちゃってたくらい。その間に素敵になってたの。あしたからはファンデーションしたらすぐに外に出かけられそう」
その後も、しばらく鏡を持って感激した様子だった。
60歳以上の女性の7割「昔より化粧が大変」東京イセアクリニックによると、アートメイクのカウンセリングを受ける50代以上の患者の割合は、2020年度の10.6%から2023年度には21.7%と増加しているという。
柴田看護師も「私が施術を担当するようになった7〜8年前は、『美しくなりたい』と美容医療に敏感な20〜30代の患者がメインでしたが、ここ最近は50〜60代以上の患者も増えてきた印象です」と話す。
同クリニックの調査(※1)によると、60歳以上の女性の7割以上が「昔より化粧が大変」と回答。具体的には、▼まゆ毛をきれいに描く、▼シミを隠せないなどがあげられていて、加齢による視力や筋力の低下が影響しているとみられる。
Aさん(64)
「肌もたるんできて、まゆ毛を思うように描けなくて…まゆ毛さえちゃんと描けたら出かけられるんですけどね」
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(※1)東京イセアクリニックが60歳以上の女性287名を対象に行った「メイクの悩みに関する調査」
“終活”としてアートメイクを選択も患者のなかには、人生の終わらせ方を考える“終活”のひとつとして、アートメイクを選択する人もいるという。
医療アートメイク専任 柴田看護師
「50〜60代は、友人や親族に先立たれる経験も多くなってくるからでしょうか、『突然倒れたときのためにまゆ毛だけは綺麗にしておきたい』と感じている患者さまは多いように思います。
まゆ毛は“顔の額縁”ともいわれているので、まゆ毛のメイクを重視している女性も多いはずです」
Aさんは、老眼に加えて、29歳のときに発症した難病の症状もあり、目が見えづらいこともあるという。また、アートメイクはMRIなど病院での検査に影響があると思い施術をためらっていたが、Aさんの場合は問題がないと分かり施術を受けることにしたという。
(※東京イセアクリニックでは、アトピー・ケロイド体質の人、心疾患・糖尿病など疾患を持っている人には施術を行っていないといいます。治療や検査で通院している場合は医師への相談が必要です。また、施術後にMRIを受ける際には、必ず医療機関にアートメイクをしている旨を伝えてほしいということです)
Aさん(64)
「難病を抱えた周りの人の中には、早くに亡くなる人もいたんです。せっかくこの歳まで生きられたのだから、最期まで綺麗でいたいって気持ちがあって」
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施術から数日後、改めてAさんに話を聞いた。
Aさん(64)
「新しい命というか新しい風が吹いたというか、そういう気持ちで、鏡を見ることにも前向きになれました。
今まで時間がかかっていたまゆ毛を描くのが楽になって時短にもなるので、これからは『いつもより丁寧にファンデーションをぬろう』とか、『アイメイクに挑戦してみよう』とか、わくわくしています。
外に出ることにも前向きになれそうだし、私たちのような年代の人にとって外に出るって、健康面でもすごく大事なことだから、『この年齢だし、いいや』と思っていた部分もあったけど、施術を受けて本当に良かった。
“終活メイク”としてもすごく良いと思う」
気軽なものと捉える人もいるかもしれないが、アートメイクは針を使って皮膚に色素を注入する医療行為。看護師の柴田さんによると、施術後の痛みや皮膚トラブルは少ないというが、まれに数年後にアレルギー反応が出ることもあるという。
また、まゆ毛にも“流行り”があることにも注意が必要だ。
医療アートメイク専任 柴田看護師
「個人差や施術内容による差はありますが、2〜3年は色素が残り完全には消えません。
濃くしすぎると違和感を感じる場合もあります。特に代謝が落ちる年代は色素が残りやすいため、理想の形を保てる反面、すぐにデザインが変更できないというデメリットもあります。
理想のデザインだけでなくリスクをよく考えて施術を受けてほしいです」
アートメイクの施術を受け、筆者に「あなたもやってみたら」と勧めてくれたAさんも、取材の最後に「自分が納得できることが大事」だと指摘した。
Aさん(64)
「すごく良かったから、みんなやったら良いと思うんです。でも、どこでやっても良いっていうわけではなくて、看護師や医師の対応を見て説明を聞いて、信頼できるクリニック、安心できる環境でやることも大事なんじゃないかな」