とにかく服のシミが取れる「スポッとる」が累計80万個以上のヒット 小売店から門前払い、「3000個の全返品」乗り越えた過去

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2025年01月04日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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ハッシュ 浅川ふみ社長

 クリーニング店での衣類の染み抜きは、高度な技術と経験を要する職人技ともいえる。洋服の素材や染みの種類によって適切な薬剤や処理方法が異なり、一歩間違えれば取り返しのつかない失敗にもなりかねない。


【画像】使用イメージ。Tシャツに書いたマジックの文字もたちまち消えてしまう


 そんな難しい染み抜きを、一般家庭でも安全に行える商品として注目を集めているのが「スポッとる」だ。テレビ朝日「激レアさんを連れてきた。」でも紹介された影響もあり、2024年12月現在の累計販売個数は80万個を突破。開発者であるハッシュ(東京都大田区)代表取締役社長の浅川ふみ氏に、商品開発から販売までの道のりを聞いた。


●「胃液のように」服を溶かさず、汚れだけを分解できないか?


 「このシミは落ちないよ」。クリーニング店に持ち帰った衣類を見た店主から、そう言われる日々が続いた。


 当時、家業であるクリーニング店で働き始めた浅川氏は、シミ抜きの知識がないまま、集配の仕事を任されていた。客からシミ抜きを頼まれて預かり、店に戻って「これは無理」と言われ謝罪に行く。


 「お客さまから『シミが落ちないなら出さなかった』と言われ、簡単に引き受けてきた自分が悪かったと反省する日々でした」と浅川氏。そして、自分でシミ抜きに挑戦することを決意する。


 素人同然で失敗を重ねながらも、諦めずに研究を続けた。強力な液体は生地を痛めてしまう。だが反対に弱いとシミ抜きができない。そんなジレンマと試行錯誤の中で、ふと気付いた。「私たちが食事をする際、胃液は身体や臓器を溶かさず、食べ物だけを消化する。そんな『胃液』のようなシミ抜き剤がつくれないだろうか」。そしてたどり着いたのが「消化酵素」だった。


 そして、酵素による加水分解と、乾燥を繰り返すことで、衣類の繊維を傷めることなく汚れを細かく分解する液体の開発に成功。この液体を用いたシミ抜きの評判は次第に高まっていった。


 そのうち「どうやってシミ抜きしているのか?」と興味を持たれることが増えてきた際、「この液体を瓶に詰めて、説明書をつければ誰でもできるのでは」と考えた。これがスポッとる誕生の原点である。


●「門前払い」から始まった販売


 店を構えていれば客が来てくれるクリーニング店とは違い、新しい商品は自分から働きかけなければ売れるわけもない。だが最初に足を運んだ大手量販店では、あっさりと断られた。「そういった商品は他にもあるから」と当時の担当者は一蹴。どこの誰だか分からない人が、突然持ち込んだ商品に興味を示すはずもなかった。


 そこで目をつけたのが、当時まだ黎明期にあったネット通販だった。2008年、自力でWebサイトとショッピングカートを作成。浅川社長は「こんな怪しいサイトでよく買い物してくれたな」と当時を思い出し苦笑いするが、開設から1カ月以内に2個の注文が入ったという。たった2個とはいえ、初めて販売できたときの喜びは今でも忘れられない。


 その後、Yahoo!ショッピングへの出店も果たし、月に10万円程度は売れるようになった。そんな矢先、思わぬところから連絡が入る。以前に断られた大手量販店だった。商談の末、新宿店での実演販売のチャンスを得る。


 だが初日の販売個数はたったの“1個”。しかしその後、実演販売のプロたちから「シミは現場で付けた方がいい」「見せ方をこうした方が効果的」といったアドバイスをもらいながら改良を重ね、最終的には1日200個を売り上げるまでに成長した。


●天国から地獄 「3000個の返品」


 順調に売り上げを伸ばし、Yahoo!ショッピングだけではなく楽天市場への出店もスタート。2013年のプロ野球楽天イーグルス初優勝の際、テレビなどメディアが賑わい出したタイミングで、楽天のトップページの広告を購入。その結果、わずか30分で3000個もの注文が殺到したという。


 しかし、喜びもつかの間。在庫がない中での大量受注に対応するため、急いで容器を取り寄せ液を詰めた商品は、届いた時に液が漏れてしまっており、欠陥品となってしまった。「全品回収です。電話にメールが相次ぎ、ノイローゼになった」と浅川社長は当時を振り返る。


 この失敗以来、品質管理には特別な注意を払うようになった。「容器に詰めた後、紙を敷いて容器を横にして、一日は必ず置いてから出荷しています」(浅川氏)。


●「大切に使ってほしい」環境配慮から決めた価格設定


 価格設定には、単なるコスト計算を超えた思いが込められている。「この商品を使って手に入れられる価値はどのくらいなのか」「今後たくさんの人が使ってくれるようになった際、もし余ってしまって捨てられると、川や海とかを汚すかもしれない」など、使う人の体感価値や環境面を考慮し、価格を設定しているという。


 20ミリリットル1760円、150ミリリットル9900円のスポッとる。同類の商品よりも、あえて高めの価格設定をしたことで「もう少し安くなったらうれしい」というレビューがある一方で、「高いから大切に使います」という声もあり、絶妙なラインを維持しているようだ。


●石油に頼らない新時代のクリーニング


 「今後はクリーニングのノウハウを家庭用に変換していきたい」と浅川氏は語る。洗濯は誰もが日常的に行うライフワーク。その作業をよりプロフェッショナルなレベルに引き上げることが、次なる目標だという。


 この「クリーニング技術を家庭用に」という構想の背景には、業界の根本的な課題認識がある。従来の石油を使用するドライクリーニング方式は、環境負荷の観点から時代に合わなくなってきている。このままでは業界の未来は厳しい。


 そこで浅川氏が注目したのが「ムクロジ」という木だ。世界的に知られる天然洗剤の原料だが、これを蒸留してエタノールを生成し、石油の代替として活用する新しい手法の研究開発を進めている。「世界でまだ誰も取り組んでいない挑戦」(浅川氏)。新たに研究ラボも開設した。


 累計80万個を突破したスポッとるは海外展開もしており、台湾や中国、香港などで販売。ドン・キホーテだけでも5万個を出荷したという。


 クリーニング店に嫁いだ女性が、顧客の「シミ抜きをしてくれ」というニーズに応えるために奔走した結果、クリーニング技術の民主化から環境配慮型の新技術開発まで進めるとは、誰が想像しただろう。今後の動向にも注目だ。



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