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熊本県山鹿市の廃校が、コワーキングスペースや宿泊施設を備えた複合施設として生まれ変わった「YAMAGA BASE」が2024年4月にオープンした。応援購入サイトMakuakeでは支援者150人から370万円以上を集め、地方発の新たなビジネスモデルとして注目を集めている。
【画像】数億円かけて生まれ変わった校舎内。キッチンスタジオ、宿泊スペース、クリエイティブスタジオなど(写真10枚)
廃校を5200万円で買い取り、数億円をかけて改修を施したのは、やまがBASE(熊本県山鹿市)代表取締役CEOの中原功寛氏だ。ハーバード大学でMBAを取得し、ベンチャー企業役員などを経験した同氏はなぜ、このようなビジネスを起こそうと考えたのか。
その仕組みづくりの背景には、世界最高峰のビジネススクールでの学びと、故郷への思いが交差する。
●母校を「世界とつながる秘密基地」に
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「YAMAGA BASE」は、コワーキングスペースやワーケーション用の宿泊施設、イノベーション・スタジオなどを備えた複合施設だ。地域内外からの利用者が集い、新たなチャレンジが生まれる「イノベーションハブ」を目指す。空港から車で40分、県内有数の温泉地に位置する立地も魅力の一つだ。
このユニークな施設は、1874年に創立された千田小学校が前身である。2021年、会社設立のため地元・山鹿市を訪れた中原氏は、143年の歴史を持つ母校が2017年に廃校となり、4年以上も未活用のまま残されていたことを知る。コロナ禍でリモートワークが一般化し「どこでも仕事ができる時代になった」と実感していた中原氏は、豊かな自然と温泉に恵まれた故郷で新しい挑戦を思い立つ。
当初、一個人の申し出に市は慎重な姿勢を見せたが、地域のシルク産業の再生に取り組み、既に廃校の活用・運営実績を持つ島田裕太氏との出会いが転機となる。島田氏の協力も得て、1年半に及ぶ交渉の末、廃校の取得にこぎつけた。
●「都会では作れない」イノベーション拠点
ハーバード大学時代、中原氏が頻繁に通っていたのが「Harvard Innovation Labs」だ。新産業創出と社会課題解決を目指す起業家支援施設として2011年に設立されたこの施設で、多様な分野の学生たちが集い、新たなアイデアを生み出していく様子に強く心をひかれた。
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「Harvard Innovation Labsでの経験を山鹿でも再現できると思った」と中原氏は語る。東京では土地も建物も高額で実現は難しいが、山鹿なら広大な土地と建物を比較的安価で取得できる。「5200万円で1万坪の土地と3000平米の建物。これは都会では考えられない規模感です」(中原氏)
だが廃校の取得は決して平たんな道のりではなかった。当初は賃貸を想定していた中原氏だが、13校もの廃校を抱える市側から買い取り前提での話が進む。数千万円規模の取得費用が必要と分かり、借り入れなども考慮し、2022年7月にやまがBASE株式会社を設立した。
2023年1月から交付金の申請を開始し、プロポーザル型の公募への応募、市議会での承認、地域住民への説明など、一つ一つのステップを丁寧に進めた。同年7月に廃校の取得が実現し、10月には改修工事に着工。2024年4月のオープンに至った。「準備期間は長かったものの、取得が決まってからの動きは急ピッチでした」と中原氏は振り返る。
●“MBAの民主化”と徹底的なローコスト経営
「そもそも、利用客が来る見込みはあったのか」と問うと「施設利用者がいなくても成立する仕組みを最初から作ろうと考えていました」と中原氏は冷静に答えた。
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その中核となるのが、月額9900円から始まる会員制コミュニティー「bY」(ビーワイ)だ。コワーキングスペースやラウンジの利用権に加え、オンラインで世界水準の経営学を学べるという異色のサービスだ。中原氏自身のハーバードMBAでの学びを、より手軽な形で提供する。
「海外のMBA取得には、2年間で最大32万ドル、およそ5000万円近くの費用が必要です」(中原氏)。そんな高額な教育機会を、月額1万円程度で提供する“MBAの民主化”に挑戦するというわけだ。「150人の会員がいれば、施設は維持できます」と言い切る中原氏。現在の会員数は30人ほどだが、法人会員の開拓も始まり、着実に手応えを感じているという。
施設運営面でも徹底的なローコスト化を図る。24時間365日の利用を可能にするスマートロックを導入し、常駐スタッフを置かない仕組みを構築した。必要最小限のスタッフは、「特定地域づくり事業協同組合」制度を活用した「YAMAGA BASE事業協同組合」から派遣する。U・I・Jターンの若者を雇用し、温泉施設やワイナリーなど地域の他施設にも派遣することで、人件費の平準化も実現している。
●開業8カ月で来場2万人見込み 想定外の広がり見せる利用実態
2024年4月のオープンから約8カ月が経過するなか、YAMAGA BASEの来場者数は年間2万人を見込むペースで推移している。「積極的な営業活動はできていないが、口コミで広がり、多様なユースケースが生まれている」と中原氏は手応えを語る。
宿泊を伴う利用は年間2000人を見込み、週末の予約は2025年2、3月までほぼ埋まっている状態だ。サッカーのユースクラブチームの合宿や、企業の異業種交流会、全国各地から集まる農業関係者の交流会など、当初想定していなかった使われ方もされているようだ。
この多様な利用形態は、YAMAGA BASEが掲げる「iReaction」という理念に通じる。Innovation(革新)、Recreation(余暇)、Education(教育)、Association(協働)、Communication(交流)の頭文字を組み合わせたこの造語には、「刺激を受けて変化する」という意味も込められている。
実際、byコミュニティーでの知見共有、農業振興の取り組み、中高生の職場体験、企業間交流会など、理念に沿った活動は多岐にわたる。派遣される運営側のスタッフも、臨床検査技師や高校教師、元警察官など多様なバックグラウンドを持つ20〜30代の若者が移住して加わり、理念を体現している。「この場所から新しい価値が生まれていくのを実感している」と中原氏は語る
●想定外の展開が導く新たな可能性
「当初から、この場所は“私たちが何かをする”というよりも、“みんながチャレンジできる場所”として機能することを目指してきた」と中原氏は語る。実際、施設のオープン以降、想定外の利用提案が次々と持ち込まれている。
例えば、移住者が地域の事業者12社と連携したクリスマスマルシェの企画や、山の保全と屋内緑化を組み合わせた新しい取り組みを検討する事業者の出現。「自分たちで考えもしなかったアイデアが、利用者から次々と生まれている」(中原氏)。
これはハーバードビジネススクールで学んだ「意図的戦略と偶発的戦略」という考え方とも通じる。「最初から描いた戦略がうまくいった会社は、最終的に成功した企業の中のわずか7%しかない。むしろ予期せぬ出来事から生まれる可能性を重視することが重要」と中原氏は説明する。
当初は地域貢献や農業関連の事業を主軸に考えていた中原氏だが、現在では国内外からの多様な利用者が集まり、予想以上の広がりを見せている。例えば、インターナショナルスクールに通う外国人家族との交流も自然に生まれ、70人規模のハロウィーンパーティーを開催するなど、新たなコミュニティーが形成されつつある。
YAMAGA BASEは、熊本県の産業発展を象徴する半導体大手TSMCの工場からも車で40分という立地であり、今後の可能性をさらに広がりそうだ。「YAMAGA BASEから、地域に限らず日本や世界に向けたさまざまな挑戦が生まれていってほしい」。中原氏の目指す“イノベーション・ハブ”の取り組みは、まだ始まったばかりである。
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