余命4か月の末期がんと診断されてから、「持ち物を根こそぎ処分し、未練はない」と言う森永卓郎さん。モノや人間関係に執着するのは「一種の依存症」と考え、50年前から自分の死期と向き合ってきた。生前整理を終えた森永さんが今、「遺言」として一番伝えたいこととは。
「きちんと死に支度をしてから逝こうと」
2023年12月にステージ4の末期がんと診断された経済アナリストの森永卓郎さん。4か月の余命宣告を受けたが、現在も精力的に仕事を続けている。そんな中、猛スピードで取り組んでいるというのが「身辺整理」、いわゆる終活だ。
「身辺整理を急ぐのは私自身が父の死後、『相続地獄』を経験したからです。家族にあんな地獄の苦しみを味わわせてはならない。そのことに端を発して、きちんと死に支度をしてから逝こうと決めました」(森永さん、以下同)
森永さんは書棚にあふれた本、財産、仕事、周囲との人間関係などを対象に進め、ほぼ完了というところまでたどり着いたそう。
「身辺整理を甘く見てはいけません。いざ進めると、さまざまな“壁”が存在します。私の場合も予期せぬ事態に遭遇し、そのたびに知恵を絞って乗り越えてきました」
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余命4か月の末期がんと診断されてから、「持ち物を根こそぎ処分し、未練はない」と言う森永卓郎さん。
モノや人間関係に執着するのは「一種の依存症」と考え、50年前から自分の死期と向き合ってきた。生前整理を終えた森永さんが今、「遺言」として一番伝えたいこととは。
終活の第一歩は必要なものと不要なものを仕分けることだが、多くの人は判断に頭を悩ませがち。スムーズに処理するにはどうすればいい?
「仕分けをしようとすると、思い出が蘇ってきたり、まだ必要な場面が出てくるのではないかと考え始めて、先に進まなくなります。大学の研究室にあった数千冊の本の生前整理に関して私がやったのは、根こそぎ処分で、何も残さないということ。
いったん全部処分して、どうしても必要なものが出てきたら、買い戻せばいいと考えました。ただ実際にやってみると、買い戻すものはごくわずかです」
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買い戻しのハードルも意外と低い。処分した本の中で34年前に出版された経済書を再入手する必要が生じた際、容易ではないだろうと困惑していた矢先にフリマアプリのメルカリで見つかり、500円で購入できたという。
「だから本などモノの類いは全部捨てても、未練は残りません。何を捨てたのかさえ詳しくは把握していません。唯一の心残りといえば、早くから少しずつやっていればコストがかからなかったのが、業者にまるごと処分を依頼したので、その分費用が嵩んでしまったことです」
一方、はなから捨てる気などなかったものがある。コレクターの顔も持つ森永さんが、60年かけて蒐集した愛着のある品々だ。
「トミカのミニカーから始まったコレクションのジャンルは幅広いです。グリコのおもちゃ、空き缶、ボトルキャップ、チロルチョコの包み紙、消費者金融のポケットティッシュなどを収集し、2014年に埼玉県所沢市に建てた私設博物館『B宝館』に収めています(右ページ写真)。このコレクションは次男にすべて譲渡することにしたので、もう私の所有物ではなくなりましたが」
B宝館には約12万点のお宝を展示。ベスト3は?
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「順位づけは難しいですが、第1位『ニュースステーションの最終回で久米宏さんが飲んだビールの空き瓶』、第2位『ホリエモンが刑務所内で履いていたサンダル』、第3位『キャメロン・ディアスがサインしたキャラメル』。どれも思い出深いけど、息子に託したので彼に任せます」
終活の中で最も力を注いだというのは「資産整理」。先に述べた、自身が経験した相続地獄は、亡き父親の資産整理で大変な作業を余儀なくされたことを指している。
「遺産分割協議や相続税の申告は法律上、故人の死亡届を提出してから10か月以内に完了させるのがルールです。その第一歩となる父の資産を把握する際に、預金や株があちこちにあって膨大な時間をとられました。この教訓から私は早期に資産をリスト化し、まず預金口座の一本化に挑んだのです」
「お礼を言っておきたい相手もいない」
ところが簡単にはいかず、再び時間をとられることに。
「今は銀行の窓口対応は完全予約制になっており、1週間前や2週間前に予約してから足を運ばなければなりません。また、セキュリティー対策で通帳自体に印影を残さなくなったため、どの通帳にどの印鑑を使ったのかがひと目ではわかりません。こういった落とし穴により、預金一本化に向けた口座解約手続きに時間をとられてしまいました」
そこで時間短縮の方法として、通帳・印鑑・キャッシュカードの3点をセットでそろえておくことを提案する。
「そうすれば、口座解約のための銀行訪問は一度ですませられるでしょう」
一方で株や投資信託、外国債券などの資産は処分。今の株式市場をバブルと判断しているからだ。投資を生前整理することが、残りの人生を穏やかに不安なく生きるための最優先事項になるとアドバイスする。
「株などを手放したことで解放された思いもあります。金は生きるための手段であって、金を貯めるために生きているのではない。私は常にそう思って今日まで生きてきました。貯蓄高と幸せ度は比例しないもの。だから金に振り回されてはいけないのです」
モノやお金に執着しないのが、森永さんの終活のあり方といえる。仕事や人間関係についても同様。仕事はやり残したことは一切なく、人間関係はそもそも親密な間柄の仲間や友達などは一人もいないと明言する。
「だからお礼を言っておきたい相手もいない。その人と交流しているときにギブ・アンド・テイクで貸し借りなしにしているし、未精算分があるとしても、その分はその人にではなく、社会に返せばよいと考えているからです。お礼を言うとしたら妻だけですね」
モノや人の終活を進めると必然的に孤独になっていく。最期は誰もが一人だ。孤独に打ち勝つにはどうしたらいいのだろうか。
「人間は本来孤独な存在です。孤独を嫌うのは、他人依存という一種の依存症だと私は考えています。アルコール依存症や薬物依存症と同じで、その克服は容易ではなく、時間もかかります。
私自身は18歳から死と向き合い、一人で闘い続ける生き方を貫いてきました。大学の授業で、世の中には現世しかないと悟りを開いたのです。ただこれは簡単ではないため、なるべく早く人間関係を断って、耐える経験を積み重ねていくことが大切でしょう」
環境を変えるのも、よりよい終活のひとつの方法。
「絶対の必要条件は、東京、大阪、名古屋といった大都市を捨てることだと思います。田舎への移住は難しくても、都心へ90分くらいの“トカイナカ”なら生活コストは大きく下がり、医療機関もそこそこあり、人間関係もさほど濃くないので楽しく暮らせますよ。私の自宅があるのがまさにトカイナカですからね」
もりなが・たくろう 1957年、東京生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、UFJ総合研究所などを経て現職。2023年末の末期がん公表後も精力的に仕事に取り組む。近著『身辺整理』など話題の著書多数。