箱根駅伝 駒澤大・藤田敦史監督が誓った「復路優勝」の決意と来季への布石

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2025年01月08日 07:10  webスポルティーバ

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結果的には青山学院大の完勝に終わったが、箱根駅伝で2度目の采配となった駒澤大・藤田敦史監督は、それでも来季以降への手応えをつかんだ大会となった。

今季は4年生に主力が少なく、3年生エースの佐藤圭汰がケガで長期離脱するなか、箱根に向けては3年生以下の選手層を厚くしてきた。大会前は「次の一手」をさまざまな形で模索し、最終的には「復路勝負」を決心していた。

その目論見はどのようにレースに反映されたのか。藤田監督のコメントを元に、たどってみる。

【藤田監督が「7区・佐藤圭汰」を決断した理由】

 往路4位から復路優勝で巻き返しての総合2位。

「また2番かよ、という感じですね」と苦笑する藤田敦史監督だが、往路4位という結果を受けて、「復路だけは絶対に獲りたかったんです、絶対に。大八木(弘明)さん(総監督)も(コーチ就任)2年目に大会新記録で復路優勝していたし、(過去2大会の復路で)2位、2位ときている選手たちに自信をつけさせるためにも」と続けた。

 出雲駅伝と全日本大学駅伝は國學院大に次ぐ2位。その2校に対して選手層の厚さでは劣ると話していた藤田監督は、前回の箱根では1区から3区までエース級の選手を並べながら3区で逆転されて完敗してしまったことを受け、「次の一手」を打つことに注力していた。

 12月10日のエントリーメンバー発表の会場では、近年の「箱根勝利の原則」として往路で先手を取ることに拍車がかかっている傾向に対して、「仮に往路で先行されたとしても、復路でしっかり追える展開に持っていけるだけの選手の状態や配置を、いろいろ戦略として考えていきたい部分もある」と話していた。

「次の一手」という面では、平地の走力や勝負強さが身についてきたことも考え、5区と6区の経験者である山川拓馬(3年)と伊藤蒼唯(3年)を平地で勝負させることも示唆していた。だが、12月29日の区間エントリーでは6区に伊藤を入れ、5区は1月2日の当日変更で山川を配置した。

「代わりの選手がいなかったですね。5区も前回大会の金子伊吹(1時間10分44秒の区間3位、現・JR東日本)のような存在がいれば山川を2区に回したけど、やっぱりいなかった。2区は篠原倖太朗にいってもらうしかなかった」

 だが、3区は当日変更で大方が予想していた佐藤圭汰(3年)ではなく、谷中晴(1年)を使う勝負に出た。

「圭汰の状態が去年のように万全ではなかったので、使うなら3区か7区と思っていましたけど、当初は谷中を3区、圭汰を7区で、というのが私のなかにずっとありました。大八木総監督も『それがいいんじゃないか』と言っていたんです。

 12月中旬ぐらいに谷中が背中に不調を訴えて少し練習を休んだので、『これで3区はちょっと厳しいかな』というのがあったんですけど、いろんなトレーナーの先生などに見ていただいてよくなったので、痛みを最小限で抑えることができました」

 その時点で藤田監督は、佐藤を7区に置き、復路勝負を決心した。

【5区・山川に見られた平地の走力アップの影響】

 1区は「状態がいい」と自信を持って送り出した帰山侑大(3年)が、青山学院大と國學院大をマークして中央大の吉居駿恭(3年)の大逃げを許したが、2位集団のなかでは先頭で國學院大には8秒、青山学院大には12秒差をつけて中継と期待どおりの走りをした。

 2区の篠原も、ハイペースで追走してきた早稲田大の山口智規(3年)に動じず、きっちりと自身のペースを刻み、順位は5位に落としたが、1時間06分14秒で区間4位と役割をまっとうした。

「3区の谷中は序盤から速く入るタイプなので、最初の5kmを14分ひとケタ台でいってほしかったけど、『もっといけ』と言っているのにいけなくて、14分23秒かかっていたので、『ヤバいかな』と思いました。本人に聞いたら、『(大会前にあまり)追い込んでいなかったから心肺機能がきつくていけなかった』と。ただ、そのあとは追いついてきた國學院大の山本(歩夢)くん(4年)にリズムを合わせたときに呼吸が整い、『そこからはエンジンかかりました』と言っていました。

 あの状況で1時間02分05秒(区間6位)でまとめたし、何より1年生なのに、追いついた山本くんや早大の山口くんを引き離したのはすごい。来年を見据えて使ったのはよかったと思います」

 同じく先を見据えて起用した4区の桑田駿介(1年)も、日本人最高で走った青山学院大の太田蒼生(4年)には1分負けただけ。エース級の佐藤と山川のふたり抜きで4位に上げ、4区終了時点で青山学院大に1分32秒差だったのを見て、藤田監督は「復路で戦える」と思ったという。

「あの時点では、山川ならたぶん青学大の若林(宏樹)くん(4年)と互角にいけると思ったので、1分30秒差で復路スタートができるなら6区の伊藤と7区の圭汰の力で逆転可能だという目論見がありました。

 でも、今季の山川は平地でのスピードがついたぶん、ストライド(走行時の歩幅)が前より伸びて山のテンポに合わなくなってきた部分もあって......。10km手前ぐらいで左腕がつって、そこから腕が振れなくなり、足ばっかり使っていたら今度は足にきてしまった。ゴールで3分開けられた時点で『これはちょっとやられたな』と思いましたけど、山川でなかったら大ブレーキになっていた可能性もあるし、山川だから区間4番でまとめられたと思います」

 山川が芦ノ湖でフィニッシュした時には、往路優勝の青山学院大との差は3分16秒となっていた。

【箱根王座奪還のカギは――】

 目標を復路優勝に切り替えて迎えた翌日、6区の伊藤は区間2位で走りながらも青学大には4分07秒差まで開けられたが、7区の佐藤は従来の区間記録を57秒も上回る大幅更新劇を展開し、青山学院大を1分40秒差まで詰めた。8区以降は、青学大との差は再び開き始めたが、安原海晴、村上響、小山翔也の2年生3人はそれぞれ区間4位、5位、2位の走りで秒差の遅れに止め、復路新記録の5時間20分50秒でゴール。総合では3分48秒差で敗れたとはいえ、復路優勝で一矢報いた。

「圭汰を入れたのだから復路だけは絶対に獲るぞ、と選手たちにも言いましたけど、それができたことが、今回は一番大きいですね。結果を残せたというより、そういう戦略で圭汰を7区に配置して、その思惑どおりの走りを選手たちがしてくれたことは、成長の証だと思います。

 復路優勝をしようと思っても、なかなか実行に移すのは難しい。いくらゲームチェンジャーを置いても、それが機能しなかったり、機能しても次の区間がうまくいかないことは、よくあることなので。

 でも最後は、私が思い描いていたとおりに、青学大を芦ノ湖から詰めてゴールした。この事実がうちにとっては非常に大きなことだと思います」

 箱根初経験だった2年生たちが、重圧があるなかできっちり役割を果たしたのは大きい。

「10区はギリギリまで迷っていて、本当はエントリーした吉本真啓(4年)も考えていました。でも小山の状態がすごくよかったので優先しました。吉本も最後は泣いていたのでかわいそうだったけど、今季は選手層が厚くないなか、最後には『誰を落とすか』というところまで持ってこられた。そこまでになったからこそ、最後はある程度、爪跡を残せたかなと思います」(藤田監督)

 往路の1年生2人を含めた新顔の5選手にしっかり箱根を経験させ、来季は今回の出走メンバーでは篠原以外の9人が残る状況。藤田監督は「前回とは違う2位なので、間違いなく来年の箱根につながる戦いはできたと思います」と言う。

 一方で、課題も見えてきた。

 山川は今回の走りを、悔しさを交えて次のように振り返った。

「年間を通した準備が不足していたことを一番感じていますが、走りがストライド型になってきているので、ピッチで上れなくなっていました。回転数が落ちてきてしまうと本当にそのまま落ちてしまう感じで、軽い脱水症状にもなって腕がつってしまったので......」

 藤田監督はレース後の山川とのやり取りについて、創価大の5区候補だった吉田響(4年)が2区に回って快走したことを例に挙げながら、話してくれた。

「山川も2区にいかせたほうが生きるかなと思って、終わってから本人に話したら、『来年は2区でいきます』と言ってきたんです。『お前、5区は?』と聞くと、『もう僕はいいです。ほかの選手がいるんで』と言ってきた。『じゃ、責任を持ってほかの下級生を育てろよ』と伝えました」

 駒大の箱根王座奪還への必須条件は、山区間の育成となりそうだ。

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