上意下達文化からの脱却 危機的状況のパナソニックを打開するために楠見グループCEOが掲げる「啓」から「更」

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2025年01月08日 10:21  ITmedia PC USER

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2025年の一字を掲げる楠見グループCEO

ポストコロナ時代に入ったが、世界情勢の不安定化や続く円安など業界を取り巻く環境は刻一刻と変化している。そのような中で、IT企業はどのようなかじ取りをしていくのだろうか。各社の責任者に話を聞いた。前編の記事はこちら。


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 パナソニックグループは、2024年度を最終年度とする中期戦略において、目標とした3つの経営指標のうち、2つが未達になる見通しだ。パナソニック ホールディングスの楠見雄規グループCEOは、その状況を捉えて「危機的状況」と表現する。


 そのベースにあるのは、長年に渡って染みついてしまった上意下達の文化にあると、楠見グループCEOは指摘する。2024年には「啓」、「UNLOCK」という言葉を使い、社員一人ひとりのポテンシャルを開放することに取り組んで打開を図ったが、危機的状況はまだ続いているとも語る。


 パナソニックグループの「危機的状況」とは果たして何か、そして、2025年はどんな成長を遂げるのか。PC USERの創刊30周年記念特別インタビューとなる楠見グループCEOのインタビュー後編では、パナソニックグループが抱える課題と、それに向けた打開策について聞いた。


●松下電器の伝統が失われている――危機感が「UNLOCK」という言葉に


―― 楠見グループCEOは、2024年の言葉として「UNLOCK」を打ち出していました。これを掲げた狙いを教えてください。


楠見 2024年の一字として「啓(ひらく)」という言葉を選びました。「開放する」「人の目を開き、物事を理解させる」「闇が明ける」といった意味を持つ言葉で、2024年のパナソニックグループにとって、重要な言葉になると考えたからです。


 ただ、この漢字一文字だけでは説明が難しく伝わりにくい。そこで考えた結果、これはUNLOCKという言葉につながるのではないかと思い至ったわけです。2025年4月13日から開幕する大阪・関西万博のパナソニックグループパビリオン「ノモの国」のテーマがUNLOCKですし、パナソニックグループの社員一人ひとりのポテンシャルをUNLOCKすることが、2024年において取り組むべきテーマであることを示しました。


 そこで2024年は、「啓」という文字と共にUNLOCKという言葉も一緒に筆で書き、2024年の一字にしたわけです。


―― この言葉が出てきた背景にある課題感とは何だったのでしょうか。


楠見 企業にとって大事なことは、従業員が生き生きとし、高い目標に向かって失敗を恐れずに挑戦し、多少つまずいても、また起き上がっていく姿勢を持つことです。


 だが、今のパナソニックグループは必ずしもそうなっていません。日本経済は30年間に渡って停滞し、企業も厳しい時期を経験してきました。そして、厳しい環境から脱却するために上からはさまざまな指示が現場に飛びました。「これをやっておけ」とか「この通りにやれ」とか――。


 その繰り返しが、上意下達の風土を社内に根付かせてしまったといえます。振り返ってみると、パナソニックグループは、2000年にV字回復を果たしたわけですが、その前後から、上意下達の風土がはびこっていたのではないかと思っています。私が入社した頃は、上意下達の雰囲気はなく、むしろ、自由かったつさがありました。大きな目標は上から示されたとしても、そこに向かって、どうチャレンジしていくのかということは、みんなで知恵を出してやっていく。これが「松下電器」のもともとの伝統だったわけです。


 今は、それがなくなっている。とても大きな課題です。しかも、その解決には至っていません。約30年間に渡って、上意下達の文化の中で育った人が、今は事業部長や部長になっています。その人たちの仕事のやり方が変わっていない。指示を受けた通りに作業をすることが仕事だと思っている社員が多く、自分で知恵を出して、創意工夫をしていくというやり方を、全社員ができるように変えていかなくてはなりません。


 パナソニックグループの目的は、お客さまへのお役立ちを通じて、お客さまに喜んでいただき、それによって適切な利益をいただくことです。しかし、事業が厳しくなり、売上や販売台数の拡大を優先し、本来の目的から、かけ離れたものになっていたという反省があります。パナソニックグループならではの経営のやり方が、できていなかった時期が長かったともいえます。


 私が、パナソニックグループの中に、上意下達の文化が知らず知らずのうちに根づいていることに気が付いたのは、オートモーティブの事業責任者として、トヨタ自動車と一緒に仕事をしたときでした。


 トヨタ自動車は外から見ていると、トップダウンの会社のようなイメージがあるかもしれませんが、現場は目標に対して一人ひとりが創意工夫を行う姿勢が一子相伝のようにして受け継がれています。


 象徴的なのが、トヨタ生産方式です。現場でのカイゼン活動は、まさに社員一人ひとりの創意工夫によって実現しているのです。これは私見なのですが、期初見通しを上回る業績を達成できるという底力は、現場のカイゼン力にあると思っています。


 パソナニックグループは上意下達の文化が浸透し、現場の人たちは言われたことをやるのが当たり前となり、自ら改善したり、自分で物事を考えたりすることが減ったりし、言われたことをやるのが仕事という大きな誤解が生まれるという悪循環につながっていたのです。


 自主責任経営がパナソニックグループの経営の根幹であり、その文化を取り戻さなくてはならなりません。現場の社員が知恵を出し、創意工夫によって改善し、その成果が利益で積み上がり、過去最高益を更新するといった会社に変えていきたいと思っています。


―― この1年で、「UNLOCK」はどれぐらいできましたか。


楠見 組織によって温度差があります。例えば、冷凍冷蔵ショーケースなどの事業を行うパナソニックのコールドチェーンソリューションズ社は、少し前までは業績が悪化し、新たな投資ができない状況にあり、組織にも閉塞感がありました。


 しかし、経営層が中心となって働き掛けを行い、1つ1つをUNLOCKして社員が努力をした結果、業績が改善し、戦略的な商品も投入できるようになりました。UNLOCKすることを大切にし、それを実践している組織は業績があがるということを、コールドチェーンソリューションズ社が証明してくれたといえます。


 しかし、パナソニックグループ全体を見ると、まだ成長に転じることができていません。変化を恐れ、現状に甘んじ、DXで遅れをとり、働き方の改革もいまだに途上にあるというのが実態です。グローバル競争でトップに返り咲くためには、2025年もUNLOCKを加速し、今までのやり方を根本的に変えなければならないと思っています。


●シナジーの創出で「危機的状況」にあるグループを変える


―― 一方で、2025年の一字は何でしょうか。


楠見 2025年の一字は、「更(こう)」としました。この文字には、「今までのものを新しく良いものに変える」、あるいは「引き締める」という意味があります。グループが成長基調であった頃は、一人ひとりが緊張感を持って「競合の誰にも負けない」、あるいは「お客さまのお役に立ちたい」との強い思いで挑戦を重ねてきました。


 それこそが、パナソニックグループ共通の行動指針である「Panasonic Leadership Principles」(PLP)で掲げた「日に新たに挑む」の実践です。


 しかし、現状はどうでしょうか。競合に負けていても利益が出ているからと安心していないか、現状のやり方に疑問を持たず、それを維持し、進化させることを怠ってはいないか。そうした状況に甘んじている間に、競合は進化します。未来の世代にこの会社を託すためにも、競争に勝ち続け、成長するグループに変わらなければなりません。


 そのためには現状を常に疑い、“更”に新しいやり方に変えていかなくてはなりません。現状維持は衰退を意味することになります。挑戦を重ね、成長を遂げていかなくてはなりません。


―― 楠見グループCEOは、今のパナソニックグループを捉えて、「危機的状況」と表現しています。どの部分を「危機的状況」と捉えているのですか。


楠見 2024年度を最終年度とする中期計画で掲げた経営指標は、累積営業キャッシュフロー2兆円、累積営業利益1.5兆円、ROE10%以上の3つですが、累積営業キャッシュフロー以外は未達です。掲げた目標を達成できないことは、危機的状況といえる理由の1つです。


 そして、先に触れたように上意下達の組織風土が残っていることも、危機的状況であるといえます。さらに、上が言ったことが目的化してしまう「病気」が、そこかしこにあることも見逃せません。


 例えば、かつての中期計画においては、営業利益率5%という指標を掲げていました。これは、ハードルレートとして掲げたもので、5%未満の事業は切り離すというメッセージでした。しかし、これが、5%を達成すればいいというように目的化してしまい、さらに、いまだに「5%に到達すればいい」という誤った認識が残っている。


 事業を継続するために大切なことは、他社よりも高い利益水準にあることです。攻めようとしている領域においては、競合よりも高いシェアを取り、効率よくオペレーションをして、競合よりもいい商品を早く出して、競合を上回る利益を出している状態にするのがパナソニックグループが目指している経営です。「そこそこ利益を出していればいい」ということが、常識としてまかり通っていること自体に問題があり、それは危機感が足りないということでしかありません。


 私が社長に就任して最初に決めたのが、単年度利益には目くじらを立てないということです。単年度の利益を追うと、どうしても5%のような数字が目標になり、それを達成するために費用を削減しようとする。その結果、必要な投資をしないという悪循環に陥ります。


 ですから、3年間累積営業キャッシュフローやROICを経営指標に掲げました。しかし今度は、この数値だけを重視し、それを目的化してしまう。この「病気」は、パナソニックグループの危機的状況の象徴です。2022年度に中期計画を打ち出して、3年間を経過した時点で「危機的状況」と表現しなくてはならないのは、正直なところ、とても悔しい思いです。


―― 危機的状況を脱却できる出口には到達しているのですか。


楠見 まだ危機的状況のさなかにあります。しかも、これは一瞬にして良くなるというものでもありません。今やらなくてはならないのは、テコ入れのスピードを上げることです。パナソニックグループは、2022年4月から事業会社制を導入し、事業に関することは事業会社に任せることを基本にしています。


 しかし、改革のスピードが遅いのであれば、ホールディングスがもっとテコ入れをしないといけません。それをやらないと、何のための持株会社なのかということが問われかねません。株価を見れば、やはりコングロマリットディスカウントの状態になっていると言わざるを得ません。


 一方でソニーグループは、当社以上に事業の幅が広く、コングロマリットだといえます。それでも、しっかりと利益を出しているから、投資家はそれを正しく評価しています。パナソニックグループも、そこを目指してきましたが、抜けきれないところがあったという反省があります。一部で成果が出ていても、全体で見たときには成果が出ているわけではないからです。


―― 日立製作所やソニーグループと比較すると、事業の枠を超えたシナジーが、パナソニックグループには見られません。これは、構造的に難しいことなのか、それとも他に問題があるのでしょうか。


楠見 パナソニックグループは、「縦軸」が強すぎる体質であることは否めません。B2CとB2Bでは完全に顧客層が違いますから、お客さま視点でビジネスを捉えると、シナジーが生まれにくいのは確かです。


 また、グループ全体で共通した技術シナジーというものもありません。しかし、B2Cの領域の中でのシナジーや、B2B領域という切り口においてシナジーを実現できる可能性は大いにあります。ここは、もっと追求していかないといけない部分であり、やれる余地はまだまだ大きいと思っています。


 B2Bでは、お客さまに対して、さまざまな製品を提供するといったように、顧客軸でのシナジーはやっていかなくてなりません。さらに、内部のオペレーションという点では、社内で利用するERP(Enterprise Resource Planning)を標準化して、効率を上げるといったことでのシナジーも追求できると思っています。


 これまでできていないということは、チャンスはまだまだあるということです。とはいえ、シナジーばかりを追求して、これまでのやり方を180度変えるというのでは、お客さまに納得してもらえません。


 まずは、組織間の連携をより緊密にしていくことが大切です。パナソニックグループでは、PXと呼ぶDXへの取り組みを推進し、これを経営基盤強化のための重要戦略の1つに位置づけています。その中で、お客さまのデータをどう活用するか、迅速に共有してビジネスチャンスにつなげていけるかといったこともシナジーの創出につながると考えています。


●過去よりも競争力が高まっているのかという目線が大事


―― PXの成果はどうですか。推進役であるグループCIO(最高情報責任者)の玉置肇氏は、2021年7月からの3年間の成果を、100点満点中10点と厳しく自己評価しています。


楠見 玉置が考えていた「3年間でここまで行きたい」という水準からいえば、そう評価するのも無理はないといえます。私は、玉置がやっている方向性や取り組み方は間違っていないと評価していますし、十分に及第点です。


 ただ言い方を変えると、これまでにいくつもの会社でDXに取り組み、業界きってのCIOである彼を持ってしても、パナソニックグループのDXには苦労をしているわけです。それは、パナソニックグループそのものが、大きな課題を抱えている証しともいえます。10点と玉置が答えたのは、 「こんなもので終わらせるつもりはない」という意思表明であると思っています。


―― パナソニックグループの「顔」となるのは、白物家電事業だといえます。白物家電事業は、経営改革の成果が、ようやく収益につながる段階へと入ってきましたが、まだ手放しで評価できる状態とはいえないと感じます。


楠見 くらしアプライアンス社が、グローバルの競合企業並みに利益を出しているかというと、まだ劣っている状況にあるのは確かです。特に、冷蔵庫や小物調理家電の回復を急がなくてはなりません。日本での競合ブランドを見ると、中国や台湾の資本の企業が増えています。これらの企業が身につけているが、中国で戦えるコスト力であり、それを日本で長年使われてきたブランドとして展開できることです。


 パナソニックでは、中国の家電事業をやや独立させる形で、チャイナコストやチャイナスピードを導入し、その成果が出始め、中国におけるシェアが少し上向きになっています。そして、中国で経験を積み、やり方を理解した社員が日本に戻り、中国の家電産業構造の中で構築している原価力や原価の常識を、日本に持ち込むことを狙っています。


 ただ、この取り組みスピードが想定よりも上がらなかったこと、商品の原価構成の構築を日本と中国のどちらがやるのかといった役割分担の変化にも取り組む必要があることなど、まだ改善の余地はあります。


 また、日本市場において、本当に必要な機能は何かといったことに対しても、もっと踏み込んでいかなくてはならないと考えています。不要な機能が多いことで、コストを上昇させてしまっているという課題もあります。


 さらに、白物家電の宣伝を相当絞っていた時期があり、それにより、商品ブランドが弱まってしまったという反省もあります。パナソニックの特徴が打ち出せる商品は、もっと訴求をしていかないといけません。


 私が重視しているのは、計画に対する成果ではありません。シェアが前年より上がったのか、製造と販売を連結した時の利益は高まっているのか。事業会社には、そこにしか興味がないと言っています。コミットした計画は実行してもらわないと困りますが、過去よりも競争力が高まっているかどうかという目線で、コミットして欲しいというのが私の希望です。


―― 最後に、20代〜30代のビジネスマンに対して、今、何をすべきかというアドバイスをもらえますか。


楠見 私は、20代や30代の頃は技術の標準化などの仕事に携わっていたこともあり、同業他社の方々と接する機会が比較的多かったんです。話をしてみると、それぞれの企業が持つ風土や価値観、文化があり、さまざまな発見や気づきがありました。


 また、積極的に海外に出ていく経験も大切です。私自身は、海外に住んで仕事をしたのは30代後半になってから、英国に赴任したときだったのですが、海外の方々との交流を通じて、今までの環境とは違う体験をし、いろいろな影響を受けました。異文化と接した1つ1つの体験が、自分にとって大きな糧となっています。


 仕事の軸を1つ持った上で、他社の方々と交流して意見交換すると、自分の会社の中にはない、ものの考え方に出会うことができます。これからのビジネスマンは、多様な意見を受容することができるキャパシティーを持つことが大事だと思っています。



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