1月7日に行われた賀詞交歓会で経営者たちが懸念を示したのが、日本製鉄による米鉄鋼メーカー「USスチール」の買収計画です。バイデン大統領による買収の禁止命令が出された事態に「このままではアメリカに投資できない」、「日米の政治問題になるおそれがある」と日本の経済界からは疑問の声が声が上がっています。一方、日本製鉄はバイデン大統領などを相手取り、訴えを起こすなど徹底抗戦の構えです。
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USスチール買収めぐり禁止命令も「決して諦めることはない」7日午前、厳しい表情で会見に臨んだ日本製鉄のトップ・橋本英二会長。
日本製鉄 橋本英二 会長
「バイデン大統領の違法な政治的介入により、CFIUS(対米外国投資委員会)の審査手続きも適正に実施されないまま、今回の大統領令に至ったものであり、到底受け入れることはできない。米国の事業遂行を決して諦めることはない」
日本製鉄によるアメリカの鉄鋼メーカー「USスチール」の買収計画は、アメリカの大統領を相手取る前代未聞の訴訟に発展する、異例の事態となっています。
そもそも日本製鉄がUSスチールを買収することで合意したと発表したのは約1年前。
日本製鉄 橋本英二 社長(2023年12月当時)
「新たな時代におけるグローバルネットワークを完成させていきたい」
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アメリカを代表する老舗鉄鋼メーカーの買収。実現すれば、日本製鉄は世界の粗鋼生産量で世界4位から世界トップ3に食い込むことになります。しかし、USW=全米鉄鋼労働組合が反対姿勢を示すと、国内で反発が広がります。
さらに、勝利には120万票とされる鉄鋼業界の労働組合票が欠かせないアメリカ大統領選でバイデン大統領は…
バイデン大統領
「USスチールは1世紀以上にわたりアメリカを象徴する企業だった。これからもアメリカの企業であり続けるだろう」
そして1月3日、大統領による買収の禁止命令が出される事態となりました。
バイデン大統領
「アメリカ最大の鉄鋼生産者の1つを外国の支配下に置くことになり、重要なサプライチェーンにリスクをもたらす」
アメリカメディアではバイデン大統領の“レガシーづくり”が影響したとの見方も報じられています。
日本製鉄 橋本 会長
「安全保障上の問題があるんであれば、とっくの昔にバイデンはこれを承認しないと判断できた」
――戦略は正しかった?あるいは反省点は?
「反省点はないです」
反省点はないとした橋本会長ですが、もし買収が実現しなかった場合、日本製鉄はUSスチールに違約金としておよそ890億円の支払いが生じる可能性があります。
日本製鉄 橋本 会長
「現時点で当社とUSスチールは実現に向けて一枚岩。それが続く限りは契約が切れるということはない」
今回の事態が、日本企業によるアメリカへの投資に影響を及ぼす恐れもあると専門家は指摘します。
丸紅経済研究所 今村卓 社長
「保護主義になり切った産業に対して投資は難しい面がある。米国の鉄鋼業はもうガラパゴス的になっている。USスチールが単独では自主再建が不可能に近いところから身売りに出している。そこに日本製鉄が米国への参入の機会ということで応じた。米国の政治、社会には鉄鋼業が永続するという神話が成り立っていた」
鍵を握るとみられる次期大統領は…
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トランプ 次期大統領
「関税によってUSスチールは、より収益力や価値がある企業になるというのに、なぜ今、売却したいのか?」
買収に否定的な投稿ではあるものの、これまでの言葉とは違うある変化も見られます。
ワシントン支局 涌井文晶 記者
「“日本製鉄”とか“日本”という単語は一切出てこなくて、外国資本が入るのはけしからんという言い方にはなっていない。ニュアンスの変化を感じたところにトランプ流の今後のディール(取引)が出てくる余地はあると感じている」
小川彩佳キャスター:
日本製鉄会長の怒りを前面に出した会見がありましたが、なぜここまで怒っているのでしょうか。
23ジャーナリスト 片山薫 記者:
例えとして考えていただきたいのですが、日本を代表する製鉄メーカー(日本製鉄)とアメリカを代表する製鉄メーカー(USスチール)は、お互いに好きだから婚約に至りました。それも結構いいダイヤ(買収額)を提示し、お互い納得の上で結婚を決めました。
婚約が決まり、そろそろ結婚式という時に割って入ってきたのがバイデン大統領です。例えとしては、USスチールの“親戚のおじさん”ぐらいで、「うちのUSスチールと結婚するなんて許さん。国家安全保障上の脅威になるんだ」と言いました。
しかし、日本製鉄としては、2兆円のお金を用意して、「きちんと再生させます」と言っていたのに、なぜいきなりこんなことを言われるのか、国家安全保障上なんの脅威があるのかが納得いかないので、バイデン大統領を訴えたということです。
小説家 真山仁さん:
アメリカは世界で一番の資本主義国だと思ってると思います。それなのに、相思相愛であるにも関わらずなぜ政治が介入するのか。これは衰退の始まりではないのかと思うくらいとんでもないことだと思います。
23ジャーナリスト 片山 記者:
片山さんの例えで言うと、USスチール側の親戚のおじさん(バイデン大統領)と向き合うべきは、石破総理(日本製鉄側の親戚のおじさん)だと思います。
親戚のおじさんではありますが、明らかに失礼な対応や論理が通らないことにはきちんと交渉しなくてはいけません。しかし現状では、政府関係者は「行政としてやれることは限られている」と話しています。
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これから考えるべきは、1月20日以降大統領となるトランプ氏とどう向き合うかです。おそらく、石破総理は就任後、早いうちにトランプ氏に会いに行くと思いますが、このときにどのような交渉ができるか、きちんとトランプ氏と交渉できるかがポイントだと思います。
真山仁さん:
「行政としてできることは限られている」と言っていますが、ホワイトハウスは行政ではないのでしょうか。アメリカ側は行政が出てきて、自国の一企業を守ろうとしています。USスチールと日本製鉄は相思相愛で、買収を実現できたら、もちろん日本製鉄にとっても重要ですが、USスチールにもプラスになります。
ここまで介入されたら、普通日本政府は怒らなくてはいけません。一企業がアメリカ大統領に訴えていることに対してこんなことを言ってたら、世界中の投資家が日本の一流企業をいくら買っても日本は絶対何も言わないだろうと思われてしまいます。
例えば、過去にトヨタがアメリカでトラブルに巻き込まれたり、日産にトラブルがあった時に、アメリカやフランスは国が出てきました。しかし、その時日本はいつも知らん顔していたんです。
ただ今回は両方が相思相愛なので、ここを放っておくと、日本の資本主義が危ぶまれるぐらい大変な事が起きます。もしかしたら、これを境に日本もアメリカも沈没していくかもしれないぐらいの重大事だと石破氏が分かっているかが心配です。
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〈プロフィール〉
片山薫 記者
23ジャーナリスト 経済部筆頭デスク
財務省や経産省・農水省などを担当
真山仁さん
小説家「ハゲタカ」「ロッキード」など
最新著書に「疑う力」