地獄の始まり
「まだどうするか、何も決めていませんが、地獄のような年末年始を送っています」そうつぶやくのはキョウコさん(40歳)だ。結婚10周年を夫と2人で祝ったのは昨年夏のことだった。8歳の一人息子は、「パパとサッカーをするのが大好き」だという。キョウコさんも契約社員としてフルタイムで働きながら、家庭を大事にしてきた。
「おかしいなと思ったのは結婚10周年を夫と2人で祝った時。義母が、今回は夫婦だけで行ってらっしゃいと言って、ちょっといいレストランを予約してくれたんです。息子は義母が預かってくれました。義母にはいつも助けられてきました」
ところが夫は、そのころ妙に実母を避けている節があった。もともとは淡々としつつも普通の親子関係に見えていたのだが、2人の間に何があったのか、キョウコさんには分からなかった。
その時も夫は「レストランの予約ごときで、母親に借りを作りたくない」と言っていた。だが、せっかくの気持ちを受け取らないのも失礼だよと諭して2人で食事に行った。
「あら、1人なの」とつぶやいた義母
「食事もおいしかったし、夫も機嫌を直して久々にゆっくり話もできた。ところが帰り道、夫に電話がかかってきて、少し話したあと『わかった、すぐ行く』って。『ごめん、どうしても仕事の件で会社に戻らなくてはいけなくなった』という。仕方ないですからね、夫と別れて私だけ義母のところに寄りました」その時、義母はひとりで来たキョウコさんに、「あら、1人なの」とつぶやいた。仕事に戻るそうですと苦笑いしながら伝えると、義母は「しょうがない子ね」と言った。
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秋に入っても、夫の多忙さは変わらなかった。
「まさか」が続くクリスマスイブ
昨年のクリスマスイブは平日だった。イブには夫が予約したケーキを引き取って、早く帰宅する予定だった。キョウコさんも前日から料理の仕込みをしていた。息子は当日、自分がサラダを作ると張り切っていた。「ところがクリスマスケーキを持ってきたのは知らない人だったんです。夫の会社の後輩を名乗り、『仕事で問題が起こって先輩が帰れなくなったので代わりに届けに来た』と。同じタイミングで夫からもLINEが届き、本当にごめん、先に食べててって。息子はがっかりしていましたが、仕方ないからとなだめて……」
それにしても、夫の仕事はそれほど多忙だっただろうか、とキョウコさんは嫌な予感がした。かわいい息子がクリスマスイブを父親と一緒に過ごすのを楽しみにしていたことを、夫は十分分かっていたはずだ。会社組織に属しているのだから、それほど毎日、夫ばかりが忙しいなどということがあるのだろうか。
「その時点で、心の奥底で何かが進行していると本当は私、分かっていたんだと思います。でも見て見ぬフリをしていた。そうせざるを得なかった。そうこうしているうちに、その何かはどんどん大きくなっていった。そういうことなんでしょうね」
義母に連絡すると、慌てた様子で現れた
息子が、「お父さんと食べたかった」と言いつつもケーキをたいらげ、眠ってしまった後、彼女は義母に連絡をした。義母は慌てた様子でやってきた。「リビングに入るなり、義母は『キョウコさん、ごめんなさい』と床にへたりこんで土下座みたいなことをしたんです。ソファに座ってもらって話を聞くと、夫はやはり浮気をしていた。
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義母は「あなたを傷つけたくなかった」と泣いたが、夫婦の問題なのに、双方の家族が巻き込まれ、当事者のキョウコさんだけが蚊帳の外に置かれた状態がどうしても納得できなかった。
「そこへ夫が帰ってきたんです。夫は義母を見て顔色を変えました。もう聞いたから、全部詳しく話してほしいと私は言いました。でも夫はおろおろしているだけ。義母が、『キョウコさんは自分で何でも判断できる人だから』と不可解なことを言い出して……。
夫を促すと、なんとそのカナさんが妊娠しているという。前の夫からDVを受けて離婚した彼女に夫は深く同情してそういう関係になった。それが夏のこと。そしてクリスマスイブ前日に、彼女の妊娠が発覚したそうです。
彼女はどうしても産むと言っている。でも彼女は10歳と7歳の子がいて、本人は仕事をしていないんですよ。だからカナさんの親も、これ以上、子どもを育てるのは無理だと言っている。それでも産むと。そして夫は、そんなに産みたいなら産んでもらおうと思っている、と」
キョウコさんはその場でめまいを感じて崩れ落ちたという。夫はようやくすべてが明らかになってホッとしたのか、仕事納めの日も深夜遅くに帰宅した。
「実は大晦日も、ふらっと出かけてくると言ったまま、深夜まで帰ってきませんでした。夫に『新しく生まれてくる命が大事なのは分かるけど、あなたにはすでに息子がいる。息子の気持ちを考えないのか』とLINEを送ったんです。
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今年は「対決」の年になりそう、結婚して10年でこんなことになるなんて、信じていたのにとキョウコさんは憔悴(しょうすい)しきった表情で言った。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))