2025年、約10年の沈黙を破り、待望のアクエリオンシリーズ最新作が1月9日から放送・配信される。1万2000年の時を超え、現在と過去が交錯する壮大な物語でファンを魅了してきた本シリーズ。最新作「想星のアクエリオン Myth of Emotions」(以下、想星のアクエリオン)では、従来のイメージを覆すデフォルメキャラが採用され、既にSNSで大きな話題を呼んでいる。
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この大胆な挑戦に込められた意図とは? キャラクターデザイン、革新的な制作手法、そして作品の魅力について、監督を務める糸曽賢志氏に迫る。
●テーマは「感情」
――シリーズ前作『アクエリオンロゴス』(2015年)から約10年がたちました。前作のテーマ「ロゴス=言葉」から、今回は「Myth of Emotions」、つまり「感情の神話」がテーマとなっています。アクエリオンの生みの親である河森正治さんから託されたことなどあれば教えてください
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糸曽:河森さんとは『劇場版マクロスΔ 絶対LIVE!!!!!!』(2021年)で演出として制作に携わったのがきっかけで、その際にプロデューサーから「アクエリオンに興味はありませんか?」とお声がけ頂いたんです。ただ、当時は監督という話ではなく、これから企画を動かす段階だったので、「何らかの形でご一緒しましょう」というお話でした。その際、もし映像を制作するなら、こういうことをやりたいと、当時私が考えていた技術的なアイデアをお伝えしていました。例えば、この後お話しする「実写で撮影するVコンテ(※)」などです。
※ビデオコンテ=キャラクターの配置、カメラアングル、せりふなどの要素を手描きの絵で配置した各カットの設計図を示す絵コンテに対し、ビデオコンテ(Vコンテ)は映像でそれらを確認できる状態まで作り込んだものを指す。近年、アニメではCGでモックアップ<模型>を用いて作成されることが多い
その後しばらくたって、コロナ禍の最中でしたが、オンラインでの打ち合わせの機会があり「監督をやってみませんか」と打診を頂きました。
そのタイミングでは既に企画は動いていて、河森さんは「新作では、例えばこんなことをやりたい」というイメージをいくつかお持ちでした。例えば、「感情」をテーマにしたり、舞台を「江の島」にしたりといったアイデアは、既に企画書の中に盛り込まれていました。ただ、河森さんからは「違う人が監督として立って作るなら、いったん自由に作ってもらって構わない。その上で、私のアイデアと合致する部分があれば、ぜひくみ取ってほしい」というお言葉もいただけたので、私としては「感情」というテーマ、そして江の島も面白いと感じたので、生かしたいと思いました。
初代のアクエリオン(『創聖のアクエリオン』(2005))は日本を舞台としたものではありません。それに続く「アクエリオンEVOL」(2012)もそうでしたよね。この2作品は(3人の過去の人物によって地球が救われた『創聖合体』と呼ばれる出来事から)1万2000年後が描かれたという共通点があるのですが、「アクエリオンロゴス」(2015)では阿佐ヶ谷が舞台になり、創聖合体とのつながりも特に描かれていません。
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実は、この3作品の関係性についても河森監督に質問したことがあります。「初代とEVOLは1万2000年後の世界という設定でつながっていますが、ロゴスは全く異なる世界観のように見えます。これらの作品は、どのようにつながっているのでしょうか?」と尋ねたところ、「マクロスシリーズは、世界観や設定に厳密なルールを設けていますが、アクエリオンはそうではありません。各作品の監督には、自由に世界観を創造してもらっています」という回答でした。
スタッフについても「やりたい座組があれば、いったん提案してみてください」というお返事をいただいたので、以前別の作品のキャラクターデザインでご一緒した工藤昌史さんを候補に挙げさせていただきました。
また、シリーズ構成は、かねてより親交があり、私が信頼を置いている村井さだゆきさんに依頼することにしました。村井さんは、故・今敏監督の作品「パーフェクトブルー」(1997年)や「千年女優」(2002年)の脚本を手掛けられた方で、私も作品のファンなんです。そして今敏監督と一緒にお仕事させて頂いた際に、村井さんのいろいろなお話を伺っていました。村井さんに私から連絡を取って「河森さんから、自由にやらせていただけると聞いています」とお話ししたところ、「では、やりましょう」ということになりました。
――河森さん発のアイデアではあるけれど、糸曽監督としても腹落ちがあった「感情」と「江の島」というところ以外は、自由にやってOKという理解で合っていますか?
糸曽:そうですね。ただし、その2つについても強制ではありませんでした。アクエリオンシリーズはそれぞれに多くのファンがいらっしゃいます。私も、過去の作品をリスペクトし、ファンの方々にも楽しんでもらえるような作品にしたいと考えています。同時に、せっかく監督をやらせていただくからには、私自身のオリジナリティーも発揮し、これまでとは異なるエッセンスも加えたいと思っています。
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例えば、キャラクターは企画の段階では何も決まっていませんでしたが、「感情」をテーマにする、「江の島」を舞台に1万2000年前の「前世」の因縁が現代に立ち現れてくるという設定は、河森さんのアイデアを生かしつつ、私自身の解釈も加えて構築しています。また、「永遠の愛」というテーマも、アクエリオンシリーズを通して受け継がれてきたものですが、本作では、現代社会における「愛」の形を問い直すような、新しい視点も取り入れています。
●河森氏が語った「合体」の意味
――河森さん発の「感情」というテーマですが、まず「感情」がテーマになった、その理由が語られたりはしたのでしょうか?
糸曽:アクエリオンという作品、私自身楽しく見てきましたし、何でもありで好きなんですが、すごく気になっていることがあって、それを監督にぶつけてみたんです。「合体」シーンはなぜあの様に扇情的な表現になったのかと。
でも河森さんから帰って来た言葉は「合体というのはそういう意味ではない。あれはいろんな人々の『感情』が入ってきて、自分では気付けなかった事柄が埋まっていく、その様が気持ちいいんだ」というものでした。そのお話を聞いて、なるほど!だったら今作ではもっと分かりやすく、感情の一部――例えば「怒り」とか「愛情」とか、そういったものが欠けている子どもたちが集い、合体することで欠けている部分を補う――そんな作品を作れたら良いなと思いました。
――これまでの話を整理すると、企画の段階で河森さんから「感情」と「江の島」というテーマが提示されていて、糸曽監督もそのテーマに魅力を感じたということですね。さらに、アクエリオンの「合体」は、物理的な合体ではなく、感情の合体であるという河森さんの考えを理解した上で、今作ではその点を明確に打ち出すことになった、という理解でよろしいでしょうか?
糸曽:はい、その通りです。江の島は、古来より龍神や3人の女神(弁天)が祀られているなど、神話の舞台として非常に興味深い場所です。「感情」というテーマとの親和性も高く、物語の舞台として最適だと感じました。
また、私自身は「少年ジャンプ」のような、分かりやすく熱いストーリー展開が好きなので、「感情が欠けている→合体によって感情が満たされる→新しいことを知り成長する」というシンプルな構造を意識しました。その上で、キャラクター造形においては、「生まれつき特定の感情が欠けている」という設定にすることで、よりドラマティックな展開を生み出せるのではないかと考えました。
●「波が合体している」――舞台としての江の島
――感情がテーマというのはよく分かりました。糸曽監督が物語の舞台としての江の島に感じる面白さについて、具体的なキーワードを頂けたりしますか?
糸曽:まず海ですね。河森さんと江の島へロケハンにも行ったのですが、シーキャンドルに登ったときに河森さんがぶつかり合う波を見て「波が合体している……」とぼそっと仰ったのが強烈に印象に残っています(笑)。「名言だ……ホントに面白い方だな」と。
――(笑)。でも、河森さんの「波が合体している」という言葉が、今回の作品のインスピレーションの元になっているのかもしれません
糸曽:そうですね。そういう意味では、河森さんの企画書を綿密に読み込んだ村井さんが、江の島の海や波の要素を物語に巧みに取り入れてくれています。例えば、1万2000年前に滅んだ環太平洋の古代文明の末端部分が江の島であり、そこが海に沈んでアクエリオンが発見された、という裏設定もそうです。波=海のエネルギーとアクエリオン、そして人間の感情が、複雑に絡み合っているんですね。
今回、1クールという限られた時間の中では、これらの設定や世界観を全て描ききることはできませんが、より深く理解したいという方のために、公式サイトにプロダクションノートを掲載する予定です。そこでは、今回お話できなかった設定や裏話なども詳しく解説していきますので、楽しみにしていてください。
――江の島は映画やアニメなどでも頻繁に登場する場所なので、視聴者も既に江の島の風景や雰囲気を知っている場合が多いですよね。世界観の説明に多くの時間を割く必要がなく、限られた話数の中でも物語を効率的に展開できるというメリットはないでしょうか?
糸曽:おっしゃる通りです。さらに今回は1万2000年前の物語も、各話少しずつ描写されます。そこで何が起こったのか、そしてそれが現代にどのような影響を与えているのかを、視聴者に理解していただけるように工夫して作っているので、注目していただきたいですね。
例えば、1万2000年前の江の島にも、神の化身である大蛇が登場します。これは、現代の江の島に伝わる龍神伝説と深く関わっており、過去と現在が密接につながっていることを示唆しています。過去の物語を通して、現代の江の島がひも付くような構成になっています。
●SNSで話題「キャラクターデザイン」の舞台裏
――キャラクターやメカなどの設定は、舞台となった江の島とどのように関係しているのでしょうか?
糸曽:江の島は、実際に訪れてみると分かりますが、見る角度や場所によって全く異なる表情を見せる場所です。例えば、第二次世界大戦末期には、旧日本軍によって要塞化されていたという歴史があります。戦闘機に詳しい方から聞いた話ですが、江の島につながる橋(江の島大橋)は、戦闘機の滑走路として利用できるほどの長さがあるそうです。こうした地理的な特徴を生かし、今回は、ベクターマシンが発進する基地を江の島に設置するという設定にしました。
さらに、今回登場するベクターマシンは、これまでのアクエリオンシリーズに登場したマシンよりもサイズが小さく設計されています(※従来のアクエリオンの全高は約50m)。これは、3機のベクターマシンが、江の島に設置された3つのカタパルトから同時に発進するシーンを、よりリアルに描写するためです。このように、江の島の地形や歴史をメカ設定やアクションシーンに反映させています。
ネットではキャラクターデザインが話題になっていますが、先日公開したPVにもワンシーン登場しているので注目して頂けるとうれしいです。江の島界隈の方々からは「大橋が!」という反応もいただきました。
PVではキャラクターデザイン、特にデフォルメされた表現についてさまざまな反応がありましたが、私としては狙いがあって今回のデザインにしているつもりです。
「サンタ・カンパニー 〜真夏のメリークリスマス〜」(2019)で工藤さんにキャラクターデザインをお願いした際、アメコミ風のデフォルメしたデザインが格好良かったんです。
オンラインでの打ち合わせで、工藤さんには「今回もアメコミ風のかっこいいデザインでお願いしたい」と伝えました。すると、工藤さんは「アクエリオンでアメコミ風ですか!?」と驚かれましたが、「でも、面白そうですね」と、すぐに興味を示してくれました。その様子を見ていたシリーズ構成の村井さんも「面白そうなので、ぜひやってみましょう」と賛同してくれました。
――キャラクターデザインを採用するにあたってほかにもさまざまな意見があったと想像しますが、糸曽監督のこだわりについて詳しく教えてください
糸曽:そうですね。正直、製作委員会やプロデューサー陣からは「本当にこれでいいのか?」という声も上がりました(笑)。しかし、私個人としては、実は「これまでのアクエリオンとは違う!」と視聴者に思ってもらいたいという気持ちが強くありました。当初は私ももう少しリアル寄りのデザインも検討していましたが、キャラクターデザインを担当した工藤さんが「どうせやるなら、もっと大胆に変えましょう」と、次々と斬新なアイデアを提案してくれたんです。
当時、工藤さんは人気パズルゲームアプリ「ぷよぷよクエスト」(2021)のアニメーション監督も務めており、その経験から生まれたデフォルメ表現は非常に魅力的でした。
それを見ていて「これくらいグラフィカルな方が動かした時も面白い。攻めていこう」と感じましたし、ストーリーもそこに当てていきました。そして、村井さんの意見も取り入れながら、工藤さんがその場でキャラクターを描いていき、個性的なキャラクターが誕生しました。脚本もキャラクターに合わせて書かれたんです。あのデザインだからこそ生まれたストーリーを、村井さんが作り上げてくれたと思っています。
実はもっと攻めた案もあったのですが、今のアニメーターさんで、動かせる(アニメーションとしての動きがついた原画を描ける)人がほとんどいない、ということもわかったので、この案、つまりデザインはとがっているけど動きとしてはよく目にする形に落ち着いています。
【キャラクターデザイン工藤昌史氏によるコメント】
●キャラクターデザインの拘り
今回のデフォルメの効いたキャラクターについてですが、最初に監督から『サンタ・カンパニー 〜真夏のメリークリスマス〜』の流れで、デフォルメ系キャラクターでアクエリオンの濃い物語を表現したいとお話があり、面白いチャレンジだと思いました。そのためにデフォルメ方針のスタッフ間共有用の“手のポーズ集”などを作成したり、キャラ表に注釈を入れたりということをしました。
●苦労した点
監督のイメージや、村井さんのイメージ、人物設定が明確で迷うことはありませんでした。苦労というのではないですが、デフォルメ具合の検討のために、数パターン作成したものを会議にかけて決定するなど、今作ならではの手順を踏んだという思い出があります。
●注目してもらいたい点
ネタバレにならない範囲で言えることは、それぞれのキャラクターに用意されている設定や物語はかなり濃いので、ぜひお楽しみください。
糸曽:一方、1万2000年前の世界はちゃんと説得力のある物語にしないといけないと考え、そちらはがっちりリアルにしています。
――なるほど。現代的な世界観と、デフォルメされたキャラクターのルックを対比させることで、独特の雰囲気を生み出しているのですね
糸曽:はい。また各キャラクターの感情が欠落している理由も、過去の世界と深く関わっています。アクエリオンシリーズは、初代から続く世界観を共有しているのでそこに矛盾が生じないように、過去と現在のつながりを丁寧に描く必要がありました。今作では、1万2000年前の過去の世界で、天翅族が感情をやりとりするために使っていた「翅(はね)」が重要な役割を担っています。
この「翅」は、単なる羽根ではなく、感情がオーラのように具現化したもので、生物的な存在として描かれています。そして、ある出来事がきっかけで、天翅族は「翅」を失ってしまい、その影響は現代にまで及んでいるのです。
●TVアニメでも少ない「全編実写で撮影」
――コロナ禍という状況下で、制作体制も特殊だったそうですね
糸曽:はい。おそらくテレビアニメとしては他にあまり例がないと思いますが、本作ではまず全編を実写で撮影するという手法を取りました。屋外のシーンは実際に江の島で、屋内のシーンはスタジオで撮影しました。約20分×12話で合計240分、つまり4時間ほどの映像を、声優・役者志望の方々に協力いただき、撮影しています。
なぜこのような手法を取ったかというと、声優・役者志望の方々に実写で演じてもらうことで、キャラクターの動きや表情、せりふの間などをよりリアルに捉え、アニメーション制作に生かすことができると考えたからです。実写映像は、多数のカメラで撮影し、さまざまなアングルからベストショットを選びました。その後、私が自ら編集作業を行い、アニメーションのレイアウトや演出の参考にしてもらおうと考えました。
実は、当初は絵コンテを廃止して、実写映像をベースにアニメーションを制作しようと考えていました。しかし、一部のスタッフや外部の会社の中からは、「絵コンテがないと、どのように作画すればいいのか分からない」という意見が多くでました。私の考えが少し早すぎたのかもしれません。結果として、私が大半の絵コンテを描くことになりましたが、これはこれで良い経験になりました。
ただ、実写映像が完全な無駄になったわけではなくて、実写撮影を行ったことで、頭の中の世界観やストーリーが整理され、より具体的なイメージを持って制作に取り組むことができたと感じています。例えば、キャラクターの配置や動きのイメージ、カメラアングル、背景の雰囲気などが、実写映像を通して明確になりました。また、江の島の実際の風景を元に背景を描き起こすことができ、レイアウト作成の効率も上がりました。
――なるほど。実写映像をビデオコンテとして活用することを目指されていたわけですね。ちなみに、作画用紙に映像が配置されているのはなぜでしょうか?
糸曽:はい。アニメーターが実写映像を参考にしやすいように、タップ穴のある作画用紙に映像を配置しました。実写映像を見ながら、キャラクターの動きや表情、タイミングなどを把握してほしいという意図ですね。デフォルメされたキャラクターであっても、人間の自然な動きを再現することで、より生き生きとした表現が可能になると考えました。
もしキャラクターがリアル寄りであれば、実写映像をそのままトレースする「ロトスコープ」という手法で制作することもできたかもしれません。しかし今回はデフォルメされたキャラクターなので、その手法は使えません。そこで実写映像を参考にしながら、アニメーターが手描きでアニメーションを作成するという方法を採用しました。
また、アフレコの際にも、声優さんたちに実写映像を見てもらい、役作りや演技の参考にしてもらいました。声優さんたちからは、「実写映像があることで、キャラクターの感情や状況を理解しやすかった」という意見をいただきました。事前に実写映像を見ることで、声優さんたちも役を深く理解し、より自然で感情豊かな演技をしてくれたと感じています。
――サンを演じる宝塚歌劇団出身の七海ひろきさんをはじめ、舞台の経験のある声優さんからすると、むしろ受け入れられやすく、「さらに高みを目指そう」となったかも知れませんね。アニメ映像やコンテ撮ではなく、モーションアクターの方々の演技を見て声を入れられているわけですものね
糸曽:そうなんです。12月7日に立川で先行上映会を行いましたが、そこに登壇した声優さんたちも、完全なアニメの映像としては初めて見たことになります。また、作画の段階でも実写映像を3Dレイアウトのように使いたかったわけですが、今回発見したのは、アニメを作る際はアニメーター、演出家をはじめとするクリエイターが演技を考えないといけない、つまり役者を兼ねているということです。
でも、彼らは演技をしたことはほとんどないわけですよね。例えば「ものを取るってこうだろうな」って想像しながら「ものを取る」動作そのものに注力して描いている。でもプロの役者さんにお願いすると、「ものを取る……これだと間が持たないな」と感じたら、なにか別の動作をアイデアとして加えてくれたりするわけです。その発想はなかったなと今回気が付きました。「この間だとこういう演技を加えたら良いんだ」って勉強になりましたね。
――予備動作なども含めた、いかにもアニメって動きではなくて、より自然だったり、所作自体により感情が乗る、といったことが起こりうるはずだと
糸曽:アニメーション制作では、限られた作画枚数の中で、いかに効果的にキャラクターを動かすかが重要になります。そのためアニメーターは、多くの動きの中から、どの動きを描き、どの動きを省略するかを常に考えながら作業しています。今回は実写映像を参考に作画を行うという試みも行いましたが、アニメーターの中には、どの動きを選べばいいのか迷い、結果として実写の動きを全てトレースしてしまい、作画枚数が膨大になってしまうケースもありました。これでは効率的ではないので、最終的には私が絵コンテを描き直すことにつながったのですが(笑)。
――どのようなきっかけでこの手法を試そうと思ったのでしょうか?
糸曽:実は、以前からこの手法に興味があり、いつか試してみたいと思っていました。きっかけは、絵コンテを描く作業に対する苦手意識です(笑)。
絵コンテは、監督が一人で頭の中でイメージを膨らませ、それを形にしていく作業です。非常に孤独な作業であり、精神的に追い詰められることもあります。また、絵コンテの段階では、まだ映像として完成していないため、他のスタッフにイメージを伝えるのが難しいという側面もあります。もっと効率的に皆でアイデアを出し合いながら制作を進める方法はないかと模索していました。
これまで、実写作品を手掛ける機会は何度かありました。実写の現場では、カメラマンや照明スタッフ、美術スタッフなど、さまざまな人がそれぞれの専門知識を生かし、アイデアを出し合いながら作品を作り上げていきます。こうした制作スタイルを、アニメーションでも実現できないかと考えたのです。そこで実写映像をベースにアニメーションを制作するという手法を思い付きました。
実写映像はいわば「動く絵コンテ」です。実写映像があれば、アニメーターや演出家だけでなく、声優や音響スタッフなど、制作に関わる全ての人が、具体的なイメージを共有することができます。それぞれの立場からアイデアを出し合い、より良い作品を作り上げていくことができるし、カメラワークや構図、演技などを事前に検証することができます。これにより、アニメーション制作における試行錯誤を減らし、効率的に作業を進めることができると期待しました。
――今回、作画の時点でははまらなかったかも知れませんが、プリプロの段階では生かせたということですね
糸曽:その通りです。脚本を文字で読んで面白いと思ったけど、声に出して読んでもらったら「ん?」となることがあって、シリーズ構成の村井さんにその場で直していただいたりもしていました。加えて、今回は「前世」という世界観が重要で、前世で起きた出来事が現世の記憶によみがえってくるという複雑な設定なんです。さらに、前世では性別が違っていたりもする。そういったさまざまな影響を意識しながら演じるのは、声優さんにとってかなり難しいんですよ。
でも、実写映像があったおかげで、声優さんたちも役柄を理解しやすかったんじゃないかなと思います。私の頭の中だけでなく、声優さんたちも含め、皆でアイデアを出し合いながら、より良い表現方法を探ることができたのは、本当に良かったと思っています
●リモートワークでアニメを作るには
――よく分かりました。そしてコロナ禍という状況下で、制作体制も分散型になったということですね
糸曽:そうなんです。シリーズ構成の村井さんをはじめ、メインスタッフは、複数のプロジェクトを掛け持ちしている人が多く、常にスタジオにいてくれるとは限りませんでした。また、私の拠点が大阪なので、東京のスタジオとの間を頻繁に行き来する必要がありました。
さらに、私は10年以上、大阪成蹊大学でアニメーション制作を教えているのですが、初期の教え子たちがアニメ業界で10年ほど経験を積み、力をつけてきたので、今回、演出や総作画監督として参加してもらっています。彼らは、大手アニメスタジオに所属しているのですが、「層が厚くなかなかチャンスが回ってこない」という悩みも聞いていたので、「ぼくがサポートするから、一緒にやってみないか?」と声をかけました。
彼ら以外にも、私が声をかけたクリエイターの多くは大阪在住です。また、背景美術を担当していただいている方は北海道在住です。コロナ禍という状況も重なり、結果的に、多くのスタッフがリモートで作業に参加する体制になりました。
――他のアニメスタジオでは、コロナ禍でリモートワークが可能になったものの、「やはり1箇所に集まってコミュニケーションを取りながら制作を進めたい」という声も聞かれます。CGスタジオの場合は、制作に必要な機材や環境がオフィスにしかないという事情もあります。メリット、デメリットについてはいかがですか?
糸曽:リモートワークでは、意思疎通がうまくいかない場合があるのは、デメリットの一つです。例えば、何かを確認したいときに、いちいちスケジュールを合わせてオンラインで集まらなければならないので、時間的なロスが生じることもあります。一方で、メリットとしては、場所に縛られず、世界中のクリエイターと協力できるという点があります。
今回の作品では、ロボットのバトルシーンを「スパイダーマン:スパイダーバース」(2018)のような、スタイリッシュで斬新な表現にしたいと考えました。そのためグラフィカルな要素を多く取り入れています。この部分はカナダ在住の日本人クリエイターに依頼しました。時差があるためリアルタイムでのコミュニケーションは難しいですが、グループウェアを活用することでスムーズに制作を進めることができました。
――前世、現世、アクションと、異なる設定の制作が同時並行で進められたとのことですが、具体的にはどのようなツールを使って、どのようにやりとりを行っていたのでしょうか? また生成AIの活用などはあったのでしょうか?
糸曽:私は新しいもの好きなので、AIは普段から活用しています。権利の問題があるのでそっくりそのままではありませんが、本作でもあくまでアイデア出しのたたき台部分において、例えば戦闘機のアイデア案を「DALL・E」で出力したりはしましたね。
あと、コミュニケーションツールはスタジオによってさまざまですが、本作では、株式会社サテライトでも採用されている「Chatwork」をメインのコミュニケーションツールとして使用しています。制作工程ごとにチャンネルを分け、それぞれのチャンネルで情報共有や意見交換などを行っていた他、週に2回、2時間程度の定例会議をオンラインで開催し、各セクションの進捗状況の確認や、問題点の共有などを行っていました。必要に応じて、個別のオンライン会議を設定することもありました。データのやりとりはクラウドサービスを利用しています。
河森監督と初めて一緒に仕事をした『劇場版マクロスΔ 絶対LIVE!!!!!!』(2021)の制作でも、コロナ禍ということもあり、一度も東京に行くことなく、リモートで演出作業を行っています。アフレコも、スタジオにいる音響監督や声優さんたちの協力のもと、リモートで実現できた経験が、本作のリモート・分散制作も面白いんじゃないか、と製作委員会や河森さんはじめ皆さん同意してくれたベースにあると思います。
――なるほど。実写映像があれば、日常パートのイメージ共有は比較的容易だったと思いますが、アクションシーンとなると話は別ですよね。特に今回は新しい要素も取り入れられているとのことですが、どのように制作を進めたのでしょうか?
糸曽:はい。アクションシーンは、さすがに絵コンテをきちんと描いて、CGディレクターとプリビズを作成し、それを基に打ち合わせを行いました。特に今回は、過去神話編の制作に力を入れています。
※プリビズ:プリビジュアライゼーションの略。CGを用いて、実際の映像に近い形で、カメラワークやキャラクターの動きなどを事前に確認するための映像のこと
実は、過去神話編は「目指せ『アーケイン』」(※2021年にNetflixで配信されたゲーム原作のフル3DCGアニメ)を合言葉に、全て絵画タッチの3DCGで制作しています。あの作品のような、絵画のような映像表現を目指しました。
このパートのキャラクターデザインは、森山佑樹さんにお願いしています。森山さんは、3DCGアニメーションの制作を得意とするポリゴンピクチュアズで、「シドニアの騎士」(2014)や「亜人」(2015)のキャラクターデザインを手掛けられた方です。過去神話編と現代編で、ビジュアルスタイルをガラリと変えることで、それぞれの時代の雰囲気の違いを表現しています。
――現世はデフォルメキャラですが、前世はリアル路線という対比になっていますね
糸曽:そうですね。私は「奇をてらって、視聴者の心をつかむ」のが好きなんです(笑)。そこで、今回は思い切って、これまでになかった斬新なビジュアルに挑戦してみました。現代編のデフォルメされたキャラクターと、過去神話編の絵画タッチの3DCG、そしてスタイリッシュなアクションシーン。これらの要素がどのように組み合わさり、どのような化学反応を起こすのか、私自身もドキドキしながら制作しています。結果がどうなるのか、ぜひ楽しみにしていてください。
●糸曽流・製作委員会との付き合い方
――作品の生まれた経緯、制作手法や体制など、まさに革新ずくめ、という本作ですが、最後に糸曽監督といえば、以前ITmediaで「製作委員会方式やめました」という刺激的なタイトルのインタビューが掲載されて話題になりました。今作は製作委員会方式で製作されていますが、自己資金での「サンタ・カンパニー」(2019)も手掛けた監督として、どのようなスタンスで臨んでいるのか、教えてください
糸曽:あの記事はYahoo!のトップページにも載って、各方面からすごく反響がありましたね(笑)。でも、あのタイトルは私が付けたわけじゃないんですよ。記事の中身を読んでもらえば分かるんですが、私は製作委員会方式を否定しているわけではなくて、ただ単に、オリジナル作品に資金を出してくれるところがなかったので、自分で資金を出して制作したというだけの話なんです。
製作委員会方式は、複数の企業が出資してアニメを制作する方式で、リスク分散や資金調達の面でメリットがあります。しかし、オリジナル作品は原作がないため、成功するかどうかが未知数で、リスクが高いと判断されることが多いです。そのため、製作委員会に参加してくれる企業を見つけるのは、容易ではありません。当時、私も若かったし、「とにかく動けば何とかなるんじゃないか」と思って、いろいろな企業に営業をかけましたが、どこも資金を出してくれませんでした。
そこで、「10年でも20年でも、自分でお金を出して作り続けるしかないのか」と悩みました。あるいは、どこかから資金を調達して、リスクを負ってでも制作するしかない。そう考えて、クラウドファンディングに挑戦したり、お金を借りたりもしました。クラウドファンディングでは、ファンや投資家から資金を募り、その見返りとして、作品への参加権や限定グッズなどを提供します。資金を調達できても今度は、その資金を作品の売り上げから回収しなければなりません。つまり、クリエイティブな作品づくりだけでなく、資金回収のためのビジネス的な活動も並行して行う必要がありました。これは、大変な作業でしたが、多くのことを学ぶことができました。あのインタビュー記事は、そんな私の経験を語ったものです。
一方で、製作委員会方式には、リスク分散のメリットがあります。
例えば、1本の作品に10億円をかけるのではなく、複数の会社が1億円ずつ出資して10本の作品を作り、その中で1本でもヒットすれば、出資した会社はそれぞれの得意分野でビジネスを展開し、投資を回収することができます。そして、回収した資金を元に、次の作品を制作することができます。
このように、製作委員会方式は、リスクを分散しながら、継続的に作品を生み出すことができる仕組みとして、理にかなっていると思います。私自身も、製作委員会方式には大変お世話になっていますし、否定するつもりは全くありません(笑)。
ただ、1つ気になることがあります。それは、製作委員会方式で作品を作っているクリエイターの中には、さも自分が全責任を負っているかのように、「ああしたい、こうしたい」と自分の理想を主張する人が多いということです。しかし、作品がヒットしなかった場合、彼らはどのように責任を取るのでしょうか。
自分の理想を追求した結果、作品が失敗に終わっても、彼らは責任を負う必要はありません。なぜなら、リスクは製作委員会全体で分散されているからです。これは、自己資金で作品を制作した経験がある私からすると、少し違和感があります。自己資金で制作する場合、作品が失敗すれば、全ての責任は自分自身にあります。そのため、クリエイターは、常にリスクを意識し、責任感を持って作品づくりに取り組む必要があります。そこで、今後は、私自身も製作委員会に出資する側に回ってみようと考えています!
――おお! それは新しいですね
糸曽:そもそもそれが許されるかは分からないですが(笑)。でも、本作とは別案件で、向こうからそういう提案もいただいたことも実はありますし、本作でも製作委員会の皆さんとお仕事させていただく中でいろいろ勉強させてもらってもいます。クリエイターもリスクを負うことでヒットしなかったときの責任もとれるし、何よりもいろんな数字も見せてもらえるので面白いと思うんですよね。
――音楽やマンガの世界では、SNSでの活動を通じてリスクを取りながら、直接ビジネスにつなげているクリエイターが生まれていますが、確かにアニメだと資金が必要となるので、そういった動きをされている人はまだまだ少ないと思います
糸曽:「サンタ・カンパニー」は私が100%権利を持っているので、例えば図書館に卸すとか、複製原画などを資料や教材として販売するとか、金額は大きくないけれどテレビ・配信作品とは違う時間軸でやれることっていろいろあるんですよね。時間軸という意味では、22年に学生たちと手掛けたYOASOBIのミュージックビデオもありますが、かつて自分のもとで学んだ学生たちが、本作『想星のアクエリオン Myth of Emotions』でスタッフとして合流してくれていて、商業アニメーションと学生とのプロジェクトもある意味「未来への投資」で地続きだということも実感しています。
――なるほど。今回の「想星のアクエリオン」も楽しみですし、糸曽監督のこれからのチャレンジにも引き続き注目していきたいと思います。今回はお忙しい中、長時間ありがとうございました
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