「年中無休、24時間対応の動物病院」診察や緊急手術の様子も“ありのまま”投稿する理由。TikTokでは再生数600万回超の動画も

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2025年01月09日 16:01  日刊SPA!

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―[インタビュー連載『エッジな人々』]―
 小動物の緊急手術でも”神の手”で救う33歳の若き獣医師はその診察や手術の様子をSNSで発信し続け、業界ナンバーワン・インフルエンサーとなった。

 医師らしからぬルックスに爽やかな語り口でフォロワーを魅了する、新時代の獣医師の素顔とは──?

◆獣医になったきっかけは?

 休日の東京・港区芝公園。夜のとばりが下り、煌々と輝く東京タワーが見下ろす街で、動物を抱きかかえた“飼い主”が、涙を流しながら駆け込んでいく場所がある。ここは年中無休、24時間対応の救急救命動物病院・芝アニマルクリニックだ。1匹でも多くの動物を救いたい──。

 一方で、受付にはチャンネル登録者数10万人超のYouTuberに贈られる銀の盾。院長の稲野辺悠氏は「夜の獣医師ゆってぃー」の名で、診察や緊急手術の様子も“ありのまま”投稿する。

 犬、猫、うさぎ、ハムスター、トカゲ、何でもござれの博識さで、独立1年で獣医業界ナンバー・ワンインフルエンサーにのし上がった。真摯な動物愛とインフルエンサーというアンビバレントな姿を持つ獣医の素顔に迫った。

──そもそも、獣医を目指したきっかけは何だったんですか?

稲野辺:小学校低学年の頃、飼っていたシマリスの具合が悪くなり、動物病院で診てもらったのですが、死んでしまい、「この子たちを救えるようになりたい!」って思ったんです。そのためには獣医大学に入り、国家試験をパスする必要がある。

 でも、高校2年のときに打ち込んでいたサッカーがケガでできなくなり、学校生活の意味を見失って、不登校になってしまったんです。だから、大学受験どころか、高校卒業さえ危なかった。

◆通常5〜10年を要する「黒字化」を2か月でクリア

──現在の活躍ぶりから察するに、かなり優秀な学生だったと想像します。

稲野辺:それが、決して出来のいい学生ではなかったんです。それでも、大学卒業時には「20代で都内の一等地で開業」という目標を立てました。

 獣医師は勤務医を経て40歳前後で独立開業というのが一般的。20代で開業した人はほぼいないし、都内一等地ならなおさらハードルが上がる。

 目標のため、夜間に一人で対応するしかない24時間救急病院ばかりを職場に選び、自分を追い込んで経験を積みました。

──2023年10月、芝アニマルクリニックを開業して、見事に目標をクリアします。

稲野辺:32歳になっていたので、目標の20代には少し間に合いませんでしたね。獣医の開業って結構大変で初期投資だけで5000万円以上、当座の運転資金も必要なので、黒字化するには5〜10年かかるといわれます。

 でも、ウチはありがたいことに2か月目以降、ずっと黒字でやらせていただいてますし、開業1年目で無事にボーナスもスタッフに支給できる見込みです。

◆ワラビーがやってきて院内を飛び回ったことも!

──多くの動物病院では主に犬や猫を診療していますが、エキゾチックアニマルも診てますね。

稲野辺:エキゾチックアニマルの診療ができて、夜間救急対応の動物病院は全国でも数えるほどしかないので、競合との差別化を図れる。それに、シマリスを救いたくて獣医になったくらいなので、エキゾチックアニマルを診るのは私にとって当然でした。

 ただ、サーバルキャットが来たときはギョッとしました(苦笑)。珍しい動物の場合、その都度、勉強しながら治療に当たるしかない。

 でも、サーバルキャットにしても、猫であることに変わりはない。猫はたくさん診ているし、脊椎動物ならそれまでの知識や経験で対応してます。

 それに、こうした珍しい動物は急患でやってくることが多い。救命が最優先なので、種は違えどやることは限られるので対応できるんです。

 ほかにも珍しい患者では、TikTokなどで最近人気のマーモット、ショウガラゴも来ました。どちらも個体価格が軽く100万円超えで、さすが港区!という感じ。

 あと、ワラビーが来たときは、院内をピョンピョン跳ねてスタッフが少しあたふたしていました(笑)

◆治療の様子を「見える化」し飼い主の不安を払拭

──発信するのは、犬や猫が来院して診察、治療を受けて帰るまでを1分ほどにまとめたショート動画がメインです。

稲野辺:人間の病院と違い、動物病院では治療に飼い主さんが立ち会うことはなく、いわばブラックボックス。それに動物は口を利けないから、飼い主さんにすれば心配でしょう。だから、そこを“見える化”して安心してもらいたかったんです。

──再生数50万回超の動画が目立ち、多いものでは600万回も再生されています。

稲野辺:配信を始めた当初、アップしてみたらバズったというのが正直なところ。動物の健康に役立つ情報や見た人が不快にならない内容となるよう心がけてます。

 動画配信の目的は、実は集客もかねていて、そこは戦略的にやってます。

「動物をダシに使って商売するな!」というアンチコメントもいただきますが、5年ほど動画配信を続けて、幸い一度も炎上はしてません。ただ、見え方はシビアに気を使ってますね。

◆イケメンに“キャラ変”した背景とは?

──動画配信を始めた頃は、動物愛に燃える朴訥な青年獣医といった面持ちですが、1年ほど前からイケメンに“キャラ変”したように見えます。

稲野辺:1年ぶりに会った同業からは「顔、イジった?」ってよく言われるけど(笑)、整形はしてません。

 元モデルの妻のプロデュースで、ビジュアルを変えました。見られる仕事をしていたので意識が高く、基礎化粧品や肌のケアなどの美容からヘアスタイルまで、全部彼女の言うとおりに変えています。

──SNSでも結婚を発表しましたね。

稲野辺:ええ、リッツ・カールトンでプロポーズして、バラの花束を贈りました。猛アプローチして結婚にこぎつけた女性で、僕にとって大切な人。

 独立開業も彼女が背中を押してくれたから、成し遂げられた。病院経営の武器になるSNSのフォロワーは女性が圧倒的に多く、見え方が大事なので、プロデュースは助かってます。ただ、プロポーズしたとSNSで発表をしたら、フォロワーが一気に3000人も減りました(笑)

◆「家族ファースト」がモットー

──外見も変わりましたが、開業前は苦労したようですね。

稲野辺:麻布の動物病院で雇われ院長を務めていた1年ほど前は、1週間休みナシも珍しくなく、昼夜を問わず働いて手取りで月収30万円台……。

 実は、獣医は激務なわりに薄給なんです。プライベートもなく、その日暮らしみたいなものでした。院長の肩書があっても、独立はおろか、結婚も半ば諦めていたほど。

 特に救急医は激務を極めるのも事実。患者の9割以上が初診な上、重症ばかりで亡くなってしまうことも多く、メンタルを削られてしまう。 当然、なりたいという人はあまりいません。

 さらにウチのようにエキゾチックアニマルを診る病院には、人材が集まりにくい。獣医は離職率がすごく高く、人間の医療業界と同様に、獣医業界も深刻な人手不足なんです。

──’23年には犬の飼育頭数の減少が病院経営に影を落とし、新患数が前年割れという病院も現れました。一方で、新規開業数は右肩上がりで、競争は激化するばかりです。

稲野辺:そうですね。だから、SNSでファンをつくることが病院経営的にも重要なんです。実際、ウチが開業してから3か月くらいは、半分以上がSNSを見て来院した方。

 それだけでなく、ウチはSNSを見て働きたいと応募してきた人がスタッフに多い。発信している動画はスタッフと2人で毎日、撮影、編集まで行ってます。

──働きやすそうな職場ですね。

稲野辺:ウチのモットーは「家族ファースト」。

 まず家族を優先して大事にして、仕事はその次。プライベートも大事にするから、仕事も充実する。私ですか? 私は「奥さん最優先」です!

◆自由で独立心旺盛な気質を活かし試行錯誤を繰り返す

──経営の武器となっているSNSですが、導入する動物病院は現在も少ないのでしょうか?

稲野辺:増えつつあるけれど、どれほど経営に寄与しているか。振り返れば、最初に勤めた動物病院はSNSでの発信はもちろん、顔出しで発言するのも禁止。副業なんてもってのほかです。

 獣医には、私のように情報発信が得意なタイプや病院のデザインに長けた人など、本業の医療行為以外にビジネスに役立つ得意分野を持つ人は少なくない。

 ところが、裁量権は各動物病院に委ねられ、勤務医の自由度は大きく制限されている実情は今もあまり変わらないのでは。

──業界の現状を反映してか、近年、フリーランスの獣医が増えるなど「新しい働き方」も登場してます。

稲野辺:実は私も大学卒業後、救急病院の勤務を経てフリーの獣医になってます。

 勤務医は所属する病院の色に染まらないと働きにくいし、自由が利かないのも性に合わなかった。ただ当時、フリーなんて、ほとんどいませんでしたね。

──自由で独立心が旺盛。その分、組織の中に収まるのは窮屈かもしれませんね。

稲野辺:そうですね。基本自由なんで、今後も自分で試行錯誤していきたいですね。

【Yu Inanobe】
1991年、神奈川県生まれ。獣医師。港区動物救急医療センター芝アニマルクリニック院長。北里大学獣医学部(人獣共通感染症研究室)卒業後、千葉や横浜の救急動物病院に勤務。麻布ペットクリニックを経て独立開業し、現職。SNSのペット情報発信に注力し、YouTube、Instagram、TikTokのフォロワーは総計45万人超。獣医師業界のナンバーワン・インフルエンサー

<取材・文/齊藤武宏 撮影/武田敏将>

―[インタビュー連載『エッジな人々』]―

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