女性がそれを聞けば「はいはい、よかったですね」と受け流すか、「いやあ、奥さんにも聞いてみないと、それほどハッピーかどうか分かりませんよ」と混ぜ返すか、この二択が多いような気がするが、男性の場合、「どう返すのがいいのかわからないし、聞いているのが地味につらい」という声が多い。
僕に何を求めているのか
上司に家族自慢をされて困惑しているダイキさん(30歳)。40代半ばの上司は、朝から「今日の朝食は高校生の娘が作ってくれてさー」と、きれいに焼けたオムレツの写真を目の前に差し出される。「妻はパン作りにはまってて……とかなんとか言うんですが、朝からコンビニの菓子パン食べてるオレには何も響かない。正直言って、僕は羨ましくもないんです。家庭を持ちたいと思ってないので」
ただ、羨ましくもないからやめてくれと上司に言うわけにはいかない。ダイキさんが不思議なのは、30代後半や上司と同世代のスタッフもそこにいるのに、彼はなぜかわざわざダイキさんにスマホを突き出してくることだ。
なぜ僕なのか?
「共感してほしいなら、似たような家庭をもっている同僚に言えばいいと思うんです。円満でいいですねーと言われたければ、女性スタッフに言ったほうが望む答えが返ってくる確率は上がる。なのになぜ僕なのか……謎ですよね(笑)」家庭と一番遠いところにいそうなダイキさんだからこそ、共感も羨望も大きいかもしれないと上司は考えているのだろうか。あるいは単純に、ダイキさんが話しやすいからという可能性もある。
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つまり、人それぞれ、生き方はさまざまなんです。なのに今でも家族4人、楽しく仲よく暮らしています、ということが人から羨まれると思っていること自体が、この人、遅れてんじゃねと思ってしまうんですよね」
ダイキさんの職場は、世の中の「流行」と密接に関係がある。彼もネット情報だけではなく、街に出て流行の移り変わりを自分の目で見て感じようと努力を重ねているという。そんな職場にありながら、旧態依然とした「家庭」を誇る上司の神経がわからないのだろう。
世間話にも気を遣う時代
今の時代、私生活の形態や興味のありようが細分化されているから、日常会話すら難しくなっているのかもしれない。それは単なる世代間ギャップではない。自分の興味のないものには、一切の関心を持たない人たちが多くなっていると言えるのではないだろうか。「多様な価値観というけど、多様というより個人の価値観だけがはびこっているような気がします」
そういうのは28歳のアキラさんだ。
「僕の上司も、家庭自慢をするんですよ。『家庭というものが、男の人生を豊かにし、救ってくれるんだ』と。彼の場合はそうだったかもしれないけど、少なくとも僕はそうは思っていない。若い者が新聞を読まなくなったとか世間の出来事に関心をもたなくなったとか言われるけど、年代の問題じゃないと思います。
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上司の家庭自慢が止まった!?
世間の出来事くらい把握しておくのが社会人のありようだろうが、今の時代、40代半ばの上司でさえ、そういうことには目を向けないのだという。「ところがこの半年くらい、その上司が家庭自慢をしなくなった。どうしたのかと思っていたら、同僚がこっそり『妻が浮気して大変なことになっているようだ』と。上司の家は共働きなんですが、どうやら奥さんは非常に仕事ができて出世も早かった人。
夫に物足りなさがあったんでしょうか。自分の同僚と浮気していたらしい。奥さんの会社では問題になっていないようですが、家庭では修羅場になっているみたいで」
上司の「家庭自慢」は、ただの虚飾だったのか、あるいは上司の心からの叫びのようなものだったのかと部内では噂が乱れ飛んでいるそうだ。
「家庭自慢がなくなったのはよかったけど、上司が不幸になればいいと思っているわけではないので、ちょっと気の毒だとは思います。ここで妻の不倫をあっさり受け止め、さらに家庭自慢をしてくるようになれば、太っ腹だなと見方も変わるかもしれませんが」
幸せなんて、あっけなく崩れ去る危険を常にはらんでいるもの。今後、上司にどうやって対応しようか、アキラさんは同僚たちと密かに話し合っている。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。
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