『すねかじりアラサーのコロナ破産奔走記』
惹き込まれるタイトルだ。焦りを感じるワードがちりばめられていて、どこか他人事でないように思える身近さをはらんでいる。
この物語の主人公は、独身アラサーだった作者の磋藤にゅすけさん本人。漫画家という不安定な仕事のなかで確保していた「頼れる実家」が、コロナ禍をきっかけに失われる危機に直面するところからストーリーは始まる。
いままで無視していた「漠然とした不安」が目の前に転がってきた彼女が、人生を取り戻すために奔走する様子が描かれた作品だ。
そして、なぜかコロナ禍から数年たったいま、SNSで話題を呼んでいる。一体この作品に何があったのか。磋藤さん自身に当時を振り返ってもらいつつ、近況についても語ってもらった。
◆「なにかしら言いたくなる要素」を感じた
――そもそも、この作品が漫画になった経緯を教えてください。
磋藤にゅすけ:実家暮らしだった当時は、父が借金を背負っていることがわかり顔面蒼白。少しでも精神を安心させたい一心で、騒動の内容を『Facebook』に書き込んでいたことがきっかけです。
「母親がコロナへの恨みを叫んでいた」「いよいよ本当に人生が終わりそう」などの投稿を毎日のようにしているなか、さまざまな種類の反響があることに気付いたんですよね。応援や同情の声だけでなく、アドバイスをくれる方がたくさんいました。
さらには、自らの不幸な過去をコメント欄で語りだす方もいて「もしかしたらこの話、なにかしら言いたくなる要素をもっているのかな?」と思い、漫画化を意識し始めました。
それからは、両親の会話を録音したり、通帳をそっと覗いてみたり……。連載が決定したころにはもうネタの宝庫で、あとは情報を整理するだけになっていましたね。
◆コロナ禍を越えた「いま」だからこそ
――現在は、多くの読者から共感の声が上がっています。
磋藤にゅすけ:実は、この作品の配信が始まった2021年には売上がほとんどなく、絶望的な気持ちになっていたんです。ただ、定期的に『X』で第一話を紹介するポストをしていたら、2024年11月の投稿が5,000いいねを突破し、一気に多くの方に拡散した印象があります。
もしかしたら、コロナと距離ができたいまだからこそ、世間がこの作品を受け入れる余裕ができたのかもしれません。配信当時はまだまだ予断を許さない状況だったので、マイナスな話題から目を背けたかったのだと思います。
◆借金返済のせいで、ワーカホリックになっていた時期も
――作品では、借金返済に向けて家族で動き出す描写に希望を持てました。ご両親の近況を教えてください。
磋藤にゅすけ:父は警備員、母はお弁当屋の調理スタッフをしていて、借金を返しながら生活ができるほどの収入を得られています。粛々と仕事をしながらも、運動の時間もしっかり確保するなど、健康にも気を遣ってくれているので安心です。
――にゅすけさんの近況はいかがでしょうか?
磋藤にゅすけ:ありがたいことに、あのころよりはお仕事が増え、収入もアップしています。
デフォルメのようなタッチだけでなく、高い頭身の絵柄でも描くようになったことは、当時の自分と違うところかもしれません。サスペンスや恋愛ものなど、幅広いジャンルの作品を任せてもらえるようになりました。
ただ、やはり借金返済が頭にあるのか、売上のことばかりを気にしてしまい、少しワーカホリック状態になっていた時期があったんですよね。見かねた担当編集から「恋愛をして仕事以外のことを考えた方がいい」と言われて、作品内でもしていた婚活へ再度チャレンジしてみることにしました。
◆お相手は、“ガチ”なサブカルコレクター
――よろしければ、婚活の状況も教えてください。
磋藤にゅすけ:実は現在、お相手ができまして。
ただ……とんでもない逸材を掘り当ててしまったようで、普通の恋愛とはまた違った体験ができる気がしてならないんです。『ゲゲゲの鬼太郎』とか『ドラえもん』のグッズ集めが好きなサブカルコレクターなのですが、様子が“ガチ”なんですよね。
漫画の館・コレクションの館など、複数の趣味の家をもっていて、どう考えてもスケールが違うんですよ。このあたりはエッセイにしていくつもりなので、楽しみに待っていてほしいです。
◆キスの味は「ホタルイカ」
――コロナ禍でも婚活をしていましたが、そのときとの違いは?
磋藤にゅすけ:当時は、実家が無くなるピンチから抜け出すため、仕方なくマッチングアプリをしているという感じでした。ただ、焦りの感情からか、バカになっていたことは認めます。
メッセージをやり取りしている段階で「もう付き合っちゃおうよ!」と言われたときも「マッチングアプリってそんなものなのか……」と思い受け入れたことがありました。
そのまま相手の自宅に招待され、ホイホイと向かうネジが飛んでいた私。どうやらお魚屋さんを営んでいたようで、ものすごく豪華で美味しい刺身盛りをごちそうしてくれました。
ほどなくして、そういう感じの雰囲気になったわけですが、キスの味がホタルイカだったことはいまでも忘れられません(笑)。その後、あえなく音信不通になりました。
◆当時は「常に後ろめたい感情をもっていた」
――当時を思い返して、特に辛かったことはなんだと思いますか?
磋藤にゅすけ:社会に貢献ができていない自分に、常に後ろめたい感情をもっていたことが辛かったです。
私が「実家暮らし」と判明したときの、周囲からの冷たい反応が、その気持ちに拍車をかけていきました。とくに、漫画の仕事が増えてさまざまな人とかかわるようになってから、社会的にものすごく下に見られていることを実感しましたね。
実際に親に甘えていたことは事実だったので、友人が子どもを連れているのを見たときは「人生のステージが違う……!」と落ち込んでいました。
それでも、家に借金ができて、返済を手伝うことを決意してはじめて、社会の一員になれた気がしたことはよく覚えています。子ども部屋にいる娘から「家族のメンバー」に昇格したような感覚が正しいかもしれません。
自分にもできることはあるんだなと思えたことが、自信につながったんだと思います。
――今後は、どのような作品を描いていきたいと思っているのでしょうか?
磋藤にゅすけ:これからも、作風を定めずにさまざまなスタイルの漫画を描いていくなかで、エッセイだけでなく創作にも力を入れていきたいと思っています。
とくに「読者をヒリヒリさせたい」という気持ちがあるので、作品にもどんどん落とし込んでいくつもりです。予想を超えるサスペンス的な展開で驚かせたり、ときには不安で仕方なくさせたりする力をさらに身に付けていくのがいまの目標といえますね。
読者の方をストーリーでぶんぶん振り回すと、なぜか喰らいついてきてくれて、次の作品も楽しみに待ってくれるんですよ。そういった反応をしめしめと見れるのは、やはり漫画を描いていて楽しいと思える瞬間です。
◆マイナスに転がっていく現状を止めるためには…
――最後に『すねかじりアラサーのコロナ破産奔走記』をこれから読む方、またはあらためて読みたくなった方に向けて、メッセージをお願いします。
磋藤にゅすけ:この漫画は「困ったときにどのようにすれば良いか」について描いた作品です。とくに、目をそむけたくなるような「漠然とした不安」は、後回しにしてしまってもなくならないことをメッセージとして届けています。
「何が問題でどんなことが不安なのか」「いつまでにどのようにして解決するのか」……マイナスに転がっていく現状を止めるためには、“いま”できることを考えて行動に移していくしかありません。
人生のなかで感じる不安は消えることはないけど、小さくすることはできます。この事実だけでも、私が漫画で綴っている体験を通して、心のどこかに置いてくれたら嬉しいです。
<TEXT/川上良樹>
【川上良樹】
エンタメ好きなフリーライター。クリエイターやアイドルなどのプロモーション取材を手掛ける。ワンドリンク制のライブが好き。