「震災の記憶を形に」=30年物の日本酒販売―老舗酒蔵、売り上げは寄付

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2025年01月16日 21:01  時事通信社

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時事通信社

阪神大震災で壊れた木造蔵=1995年2月、兵庫県西宮市(辰馬本家酒造提供)
 阪神大震災で被災した神戸市の老舗酒蔵2社が、当時仕込んだ30年物の日本酒を数量限定で販売する。風化が懸念される中、「震災の記憶を形にしたい」との思いがこもる。復興支援への感謝などとして、売り上げは全額寄付する考えだ。

 江戸時代から酒造りが盛んな「灘五郷」は神戸市と兵庫県西宮市の沿岸部にあり、震災で多くの木造蔵が被災。経営難による統廃合もあり、震災前に50以上あった酒蔵はほぼ半減した。

 1751年創業の「神戸酒心館」(神戸市東灘区)は、敷地内の木造蔵が全て倒壊した。事業継続が危ぶまれたが、同業者の助けを借り、残った酒を保管してもらって設備を復旧。被災から4カ月後に営業を再開した。

 保管していた酒はほとんど廃棄したが、奇跡的に難を逃れた貯蔵室があり、震災の1年前に仕込んだ大吟醸酒が手元に残った。その後、低温で長期間熟成した30年物の大吟醸酒(720ミリリットル)を、17日から1本100万円で5本限定販売する。

 震災翌年に国の援助で再出発を果たした同社は昨年、資金の返済を完了。再建に一区切りがつき、安福武之助社長(51)は「次世代に震災の記憶をつなぎたい」と限定販売を決めた。売り上げは震災学習や防災教育に取り組む市民団体に寄付する。安福さんは「周りの支援がなければ再建は難しかった。地域への感謝を示したい」と話す。

 「沢の鶴」(神戸市灘区)は地震で従業員2人が犠牲になった。木造蔵が倒壊し、鉄筋造りの蔵もタンクが傾いて酒が流れ出る被害に遭った。

 そんな中、タンクに残った水と保管していた酒米を使い、震災約2カ月後に一部手作業で酒造りを再開。当時入社6年目だった西向賞雄取締役(59)は「不安の中、次に希望をつなぎたい思いで仕込んだ」と振り返る。初めて仕込んだ大吟醸酒はオークだるで約40日間寝かせた後、室温10度の貯蔵室で静かに熟成を重ねてきた。震災20年、25年の節目で限定販売したこの大吟醸酒(720ミリリットル)を、30年目の今年も1本10万円で10本用意。17日から注文を受け付ける。近年、各地で頻発する災害を憂慮し、「復興の第一歩になれば」と売り上げは全額、日本財団の災害復興支援特別基金に寄付する予定だ。

 震災の記憶をつなぐ取り組みは各地の酒蔵で行われている。木造蔵が倒壊した「辰馬本家酒造」(西宮市)では、地震で砕けたれんがなどを博物館に展示。当時の被害状況を次代に伝えている。 

30年物の大吟醸酒を手にする「神戸酒心館」の安福武之助社長(右)と幸雄会長=2024年12月27日、神戸市東灘区
30年物の大吟醸酒を手にする「神戸酒心館」の安福武之助社長(右)と幸雄会長=2024年12月27日、神戸市東灘区


震災直後に仕込んだ日本酒を手にする「沢の鶴」取締役の西向賞雄さん=2024年12月26日、神戸市灘区
震災直後に仕込んだ日本酒を手にする「沢の鶴」取締役の西向賞雄さん=2024年12月26日、神戸市灘区

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