箱根駅伝に“異変”が起こっていた!? 圧倒的シェアのNIKEが首位陥落し「adidasの逆襲」が始まったワケ

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2025年01月16日 21:50  All About

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第101回箱根駅伝は、青山学院大学の連覇で幕を閉じましたが、ランナーのシューズ事情においては異変が生じていました。近年はずっとNIKEがシェア1位でしたが、今年はadidasがシェアトップとなりました。その裏側にある各社の特許技術に迫ります。
2025年1月2〜3日に行われた第101回箱根駅伝は、今回も青山学院大学が総合優勝しましたが、ランナーが履くシューズにおいては異変が生じていました。

前回大会までは、NIKEの厚底シューズを履くランナーが圧倒的に多かったのですが、今回は、adidasの厚底シューズを履くランナーが最も多くなりました。

優勝した青山学院大学のランナーも、5区以外はすべてadidasの厚底シューズを履いており、2区で区間新記録を出した黒田選手、4区で区間賞の太田選手は「ADIZERO ADIOS PRO EVO 1」を、6区で区間新記録を出した野村選手、8区で区間賞の塩出選手は「ADIZERO ADIOS PRO 4」を履いて走っていました。

その他エース区間の2区では、区間新記録を出した東京国際大学のエティーリ選手を含め、テレビで確認できる限り半数以上のランナーがadidasの厚底シューズを履いているという状況でした。

なぜ今回、これほどまでにadidasの厚底シューズを履くランナーが多かったのか。これを語る上で、まずは前回大会までNIKEの厚底シューズが圧倒的なシェアを誇っていた理由について解説します。

厚底シューズ旋風を生み出したNIKEの特許技術

今では厚底シューズが当たり前になりましたが、それまでは薄底シューズを履くランナーが比較的多く、箱根駅伝も同じ状況でした。

そのような中、2019年7月にNIKEが販売した「ヴェイパーフライ ネクスト%」が状況を一変させます。

このシューズがすごすぎました。このシューズは、NIKEが特許を取得している特許番号「6076481号」「6786595号」などの特許技術をもとに作られたシューズであり、主に以下のような特徴を有しています。

1:靴のソールが、ウレタン素材のソールでカーボンプレートを挟み込む構造になっている
2:かかと側に、小型のエアソール(空気の入ったクッション)を組み込んでいる
3:ソールの形状が前足部にかけて大きく湾曲している

これらの特徴は、実際の特許文献(特許番号6786595号)では、【図1】のように表されています。
【図1】ヴェイパーフライ ネクスト%のソール構造 ※画像出典:特許情報プラットフォーム

かかと側にエアソールが組み込まれていることや、ソールの形状が前足部にかけて大きく湾曲していることが一目で見て取れます。

上記の特徴1と2により反発性とクッション性を実現し、特徴3によって走っているときにシューズが前に傾くような感じで足が勝手に前に出るような効果を生み出しています。実際にこの特許文献の中でも、ソールの形状を前足部にかけて大きく湾曲させることの効果として、「足の回転を速めることができる」と記載されています。

これはとても革新的なシューズでした。“足が勝手に前に出るような走りができる”という今までにない特性により、このシューズを履くことでプロランナーの世界ではエリウド・キプチョゲ選手によってマラソンの世界記録が大幅に更新され、日本でも多数の市民ランナーがこのシューズで自己ベストを更新しました。

筆者もこの「ヴェイパーフライ ネクスト%」を履いて走った2019年11月のフルマラソンで、当時の自己ベストを大きく更新する2時間36分というタイムを出すことができました。

こうした世界や日本のランナーの流れを受けて、その後の2020年1月の第96回箱根駅伝では、90%近くのランナーがこのNIKEの「ヴェイパーフライ ネクスト%」を履いて走るという異様な状態となりました。

NIKEのこの厚底シューズは上記のような特許技術によって作られているものなので、他社がこうしたNIKEの特許技術を回避し、かつNIKEの厚底シューズと同等以上のシューズを開発するには一定の時間がかかります。したがって、その後の箱根駅伝でもNIKEの厚底シューズを履いて走るランナーが圧倒的多数という状況が続いていました。

そのような中で、今年の箱根駅伝ではadidasの厚底シューズがNIKEの厚底シューズを上回り、全シューズメーカーの中でもシェア1位となったのです。

なぜadidasの厚底シューズがここにきて躍進してきたのか。それもやはり、特許技術の賜物(たまもの)だと考えます。

adidasの逆襲を生んだ特許技術の総結集

6区で驚異的な区間新記録を出し大会MVPにも選ばれた野村選手をはじめ、今回多くのランナーが履いていた「ADIZERO ADIOS PRO 4」は、adidasのアッパーやクッション素材に関するさまざまな特許技術が用いられていると考えられますが、なかでも現在adidasが特許出願中の出願番号「2023-110277」の技術が中核になっているのではと考えられます。

この出願番号「2023-110277」の技術は、主に以下のような特徴があります。

1:前足部から中足部にかけて、5本骨状カーボンバーがソールに組み込まれている
2:ランニング中にぐっと踏み込んだ際、5本骨状カーボンバーが踏み込んだ力により屈曲する
3:5本骨状カーボンバーの親指部分と中指部分は、剛性を高めることで踏み込んだときに力を溜め込めるようになっている
4:ソールのかかと部分に負荷分散材(カーボンファイバーなど)が組み込まれている

この5本骨状カーボンバーは、公開特許公報では【図2】のように示されています。
【図2】「ADIZERO ADIOS PRO 4」の5本骨状カーボンバーはソールに組み込まれている ※画像出典:特許情報プラットフォーム

この5本骨状カーボンバーをソールに組み込むことにより、推進力を損なわずに走ることや、膝関節、足首関節および股関節における疲労などを抑えられるといいます。また、かかとの負荷分散材により、着地の安定性を向上させるとともに、着地時の衝撃を抑える効果があるとのこと。

その他にも、この5本骨状カーボンバーはランナーにとってさまざまなメリットをもたらす効果があるのですが、改良を重ねてこの形にたどり着いたといえるでしょう。

5本骨状カーボンバー自体は、2020年6月にadidasがNIKEの厚底シューズに対抗して発売した初代ADIOS PROにも組み込まれていたものでした。しかし、筆者もこの初代ADIOS PROを持っているのですが、このシューズは走っていて少々違和感を覚えるような作りで、タイムもあまり出せるものではありませんでした。

それゆえに、その頃はNIKEのシェアを脅かすことができなかったのですが、その後、この5本骨状カーボンバーは改良が重ねられ、より負荷なく自然に走れるよう、より推進力を生み出せるようになって今の形になり、それが組み込まれたADIOS PRO 4ができて、今回多くの箱根駅伝ランナーが履くようになりました。

何年もかけて改良を重ねるという、執念ともいえるこうした特許技術の積み重ねがあって、adidasのシューズが今回の箱根駅伝でシェア1位になったのだと思います。

しかし、NIKEもこのまま黙ってはいないでしょう。今回、まだ販売開始前の「ヴェイパーフライ ネクスト%4 プロトタイプ」を一部選手に提供し、実際にこれを履いて走った中央大学の1区の吉居選手、そして青山学院大学の5区の若林選手はいずれも区間賞を取っています。このシューズもおそらく新たな特許技術が用いられているのだと思います。

箱根駅伝のシューズ事情の裏側で、このように各社シェアを伸ばすために特許技術を有効に活用していく“特許戦略”が取られていたりするのです。来年の箱根駅伝ではどのようなシューズが出てくるのか、今から楽しみです。

藤枝 秀幸プロフィール

大手IT企業などでSEとしてシステム開発などに従事した後、2009年に「藤枝知財法務事務所」を開業。以降、IT分野やエンタメ分野を中心に契約書業務や知的財産業務を行う。メディアや企業のコンテンツ監修なども手がけている。All About 弁理士ガイド。
(文:藤枝 秀幸(弁理士・行政書士))
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