果敢にドリブルで仕掛けるバーミンガム・シティの横山歩夢。前半からピッチには霜が降りており、後半には霧で視界が悪くなる時間帯もあったが、それは続いた。そのたびに、セント・アンドリューズのスタンドは沸いた。
さる1月11 日、ホームにリンカーンを迎えたFAカップ3回戦での光景だ。リーグ1(3部)勢同士の対決となった一戦は、横山の先制ゴールを含めて2得点のバーミンガムが逃げきり(2−1)、プレミアリーグのニューカッスルと対戦する4回戦(2月8日)に駒を進めることになった。
ここイングランドは、庶民のサッカー熱がプレミアに一極集中していない点が、「サッカーの母国」たる所以のひとつ。1万7000人強というリンカーン戦での観客数は、最大収容人数の6割弱ではあるが、状況を考えれば立派な数字だと言える。
バーミンガムにとっての最優先目標は、前週の第25節(消化23試合)を終えて首位に立つリーグ1からチャンピオンシップ(2部)への復帰。中位チーム相手のカップ戦では、主力の温存が予想された。しかもそのカップ戦は、シーズンチケット保持者も別途チケット購入が必要となる。
加えて、プレミアで知られる過密日程は下部リーグにも同じ。熱心なサポーターたちは、クリスマス付近からの13日間でリーグ戦5試合に通ったばかりだったのだ。
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ともあれ、今季の24チームのなかで最も大きなスタジアムを持つバーミンガムは、消化済みのホームゲーム11試合で、平均9割強の観客動員率を誇る。プレミアからふたつ下のリーグでも、それだけの集客力があるのだ。
だからというわけではないが、フットボールリーグ(2〜4部)でも高い"熱量"を体験する日本人選手も増えてきた。今季は計7名が、チャンピオンシップとリーグ1のピッチに立っている。
実際の理由は、代表チームの進化に伴う日本人選手評の上昇。そして、英国のEU離脱を境に吹き始めた追い風だ。サッカーを通じた英国スポーツ界への具体的貢献が見込まれるという理由から、クラブが獲得を望む選手が就労ビザ取得条件を満たしていない場合でも、国内1部と2部では各4名、3部と4部では各2名まで、プロ選手としての雇用が許される制度も導入された。
【フィジカルが鍛えられリーグ】
その結果、横山というA代表歴のない21歳も、サガン鳥栖からの移籍が実現した。同じく昨年8月、バーミンガムは、スコットランド1部のセルティックから岩田智輝も獲得。チャンピオンシップだった昨季に籍を置いていた三好康児(現ボーフム)を通し、日本人選手の能力レベルを確信してもいたからだろう。降格後、ドイツのブンデスリーガに活動の場を移した27歳のウインガーは、昨季3人目の正監督となったトニー・モウブレイから、「チームに欠かせないサッカー頭脳の持ち主」と、買われていた。
降格の原因は、約2カ月間に終わったふたり目の指揮官、ウェイン・ルーニー体制の失敗。国際的ネームバリューと攻撃的スタイルを欲する、アメリカ人オーナーの焦りが仇となり、6位で受け継がれたチームが降格圏でシーズンを終えた。
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もちろん、リーグ1のサッカーはプレミアとは違う。自身初の海外移籍でもあり、カップ戦を中心に適応期間を送る横山に言わせれば、「本当にフィジカル」となる。
「もうフィジカル、フィジカルっていう感じですね。日本のサッカーとは別物ですし、馴染むのにすごく時間がかかるリーグと言えば、そうかもしれません。日本とは180度違うと言ってもいいんじゃないかなと思います」
FAカップ戦当日、バーミンガム市内中心の駅から会場まで30分ほどの距離を歩いて向かう途中、計7名の地元ファンに横山の印象を尋ねてみた。すると、「興奮させてくれるね」「積極的にゴールに向かう姿勢がいい」「トリッキーな選手」「ドリブラー」「チームにエネルギーを与えられる」といった好意的な言葉に混じり、「まだ若いな」という判断力に関する指摘とともに、「細いわね」との声もあった。その発言の主である女性は「もっと食べなさい!」と言って笑っていた。
すでにレギュラー格で、リンカーン戦はベンチ休養となった岩田も、「すごくフィジカルが鍛えられるリーグだと思いますね」と、リーグ1の特徴を語る。体格と英国でのピッチ経験で横山に勝る27歳のボランチもそう言うのだから、フィジカル度は本物だ。
岩田には、試合中のウォームアップ時、ピッチサイドから横山に動くべきスペースをコーチングする姿も見られた。ピッチに立つ際の自身に関しては、次のように言っている。
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「プレッシャーを受けた時にどれだけ落ち着いてプレーできるかっていうのと、自分たちがボールを保持して相手がロングボールを蹴ったりする時に、そのロングボールをいかに相手より拾えるかっていう部分は、最近、すごく意識してやっています」
【3部でも高まるポゼッション志向】
確かにリーグが下部になればなるほど、パスを繋いで組み立てるうえで必要なテクニックとコントロールの技量は、平均的に低下する感が否めない。リーグ1では、4チームがリーグ2(4部)降格の憂き目に遭うことから、シーズンが進むにつれて、背に腹は変えられない心境で結果重視の戦い方をするチームが増えるのも不思議ではない。
とはいえ、時代の流れは下部リーグのサッカーにも見て取れる。リーグ1においても、プレッシングを効かせたポゼッション・サッカーを志向する監督が率いるチームは、ブレンダン・ロジャーズ(現セルティック監督)や、アンジェ・ポステコグルー(現トッテナム監督)のチームスタッフだった過去を持つ、クリス・デイビスが指揮を執るバーミンガムだけではない。
第25節終了時点での今季は、平均約68%のバーミンガムを筆頭に、日本のサッカーファファンは名前すら聞いたことがないかもしれないクローリーやピーターバラも、ボール支配率で上位に名を連ねている。かつてのプレミアで"ダイレクト殺法"が冴えたボルトンも、平均56%を記録。リーグ上位勢で敢えてポゼッションを捨てているのは、レクサムぐらいだろう。システムも、4−2−3−1や3−4−3が主流だ。
今季の岩田がそうであるように、能動的かつ戦術的なスタイルを好むチームが増えれば、確かな技術と理解力を備えた日本人戦力の需要も高まる。しかも、欧州や南米の選手に比べれば移籍金も安い。これからの選手である横山にしても、ドリブルに見られるテクニックはすでに通用するレベル。クラブの公称では開始35秒で決めたリンカーン戦での先制ゴールも、角度のない位置から冷静に決めている。
「胸トラップからすぐ打とうかなと思ったんですけど、ちょっと体勢も悪かったのでもう1個持ち直して、キーパーが飛び込んで来るのも見えていたので、 股(を抜く)しかないなと思って狙ったら、入ってよかったです(笑)」
そう振り返った本人は、「日本から直で来ると、ちょっとは苦戦するかなと思いますけど、悪くはない」と、イングランドへの入り口としてのリーグ1を語ってもいる。
【「2桁ゴールを目指す」と岩田】
「苦戦」と言うは、言葉や文化の違いも理由のひとつなのだろう。クラブによる期待の裏返しでもあるが、戦術色の濃いチームミーティングなどを考慮して、バーミンガムは日本人通訳を雇い入れている。リンカーン戦では、プレー中断時に監督の指示を聞く横山に、ウォームアップに出る岩田が通訳をする光景も見られた。横山自身も、苦笑しながら「(英語は)ゼロっす」と、潔い。
もっとも、これは移籍先でいじられながら可愛いがられていると見受けられる、彼のキャラが言わせたものだ。実際は、Jリーグでの昨季から休みなしの今季となっていながら、英会話のレッスンにも時間を割いている。
肝心のピッチ上に関しては、「守備のところだったり、強度だったり、そういう部分はもっともっと必要になってくると思いますし、得点やアシストっていう数字の部分ももっと伸ばしていきたい」と言う。移籍先での通算4ゴール目を記録したのは、その3日後に行なわれたEFLトロフィー戦でのことだった。3〜4部のチームと、1〜2部のU−21チームがウェンブリー・スタジアムでの決勝を目指す同大会で、バーミンガムは準々決勝に駒を進めている。
岩田は、アウェーでのEFLトロフィー戦で、俗に「3日に1度のペースで試合が続く」と言われるリーグ1では貴重な完全休養日を得た。リーグ戦では、韓国代表MFペク・スンホとの2ボランチが定番。FAカップ戦後、「(前半戦で)6点取れていますけど、2桁ゴールを目指したい。自分がゴールやアシストをすることでチームの助けになると思うので、 そこは意識を高くしてやっていきたい」と、新機軸としての発言も頼もしかった。
バーミンガムは、開幕前の下馬評に違わず、チャンピオンシップへの即復帰が見込まれる。その力となる日本人ふたりの姿に触発される形で、「たかが3部」ではなく「されどイングランド3部」のリーグ1で、堂々とステップアップに挑む和製フットボーラーの姿を、これからも楽しみたいものだ。