ゲーム感覚で算数や英語を学べる学習アプリ「トドさんすう」「トド英語」。1問10秒程度の簡単なゲームで遊びながら学習を進められます。
アメリカのシリコンバレーに本社を置くEnuma, Inc.で開発されたこのアプリは、日本国内ではそれぞれ2015年、2021年にリリースされ、SNSを中心に口コミが広がっています。2024年4月からは東京都内の公立小学校で授業や宿題に導入されたケースも。
トドさんすうは20カ国以上のApp Store(子ども・教育カテゴリ)で1位を獲得し、全世界で1300万ダウンロード(日本は170万ダウンロード)、トド英語は130万ダウンロード(日本は24万ダウンロード)されています。
アプリの開発秘話や、海外の教育事情、おすすめの使い方は?「とにかく子どもたちが飽きずに楽しく、ひとりで学習できること」を重視して開発に取り組んでいるという日本法人のEnuma Japan合同会社・事業本部長の趙南薫(チョウ・ナンフン)さんに話を聞きました。
◆創業者夫婦が知的障害をもつ我が子のために開発
トドさんすう、トド英語は、「幼児でも直感的に操作することができる」「子どもが一人でやってくれるから助かる」という口コミが多く聞かれます。
トドさんすうには、指をうまく動かせない子どもが簡単に数字を入力できる「キーパッド」や、「左利きモード」などの機能も。なぜこのような細やかな配慮がされているのでしょうか。
「もともと障害のある子ども向けに開発されたアプリであるためです。開発者であり、共同創業者であるスイン・リー(Sooinn Lee)と、コンホ・リ(Gunho Lee)夫妻は、共にゲーム会社で働くエンジニアとデザイナーでした。アメリカに留学した際、夫妻の間に生まれた子どもに知的障害があり、適切な教材がないことに悩んだそうです。そんなとき、医師から『教育関係者が作る教材よりも、お二人のようなゲーム関係者が開発したほうがいい』とアドバイスを受けたことからアプリ開発を始めました」
SNSでは「知らないうちに足し算、引き算を理解していた」「いつのまにか英単語を読めるようになっていた」といった就学前の子どもを持つ親の投稿も見られます。
「障害のある子ども向けに設計された教材は視覚的・操作的に工夫されているため、幼い子どもたちにもわかりやすく使いやすいものになっています。そのため、知的障害のある子どもだけでなく、低年齢の子どもにも自然と受け入れられるアプリになっています」
また、開発の中で夫妻は障害を持つ子どもに限らずもっと多くの子どもに、一人で学べる教材が必要だと考えるようになります。
「夫妻は就学時にアルファベットと数字の区別がつかない子どもが一定数いることに気づきました。授業では『この程度の学力があるだろう』と想定して学習が進められますが、その想定に届かず授業についていけない子どもたちは、一度取り残されると、その後も学校の授業についていけなくなってしまいます。こうした子どもたちが大人の助けを借りずに一人で学べる教材が必要だと考え、開発したアプリがその課題を解決できるのではないかと考えたそうです。我が家でも子ども3人が取り組んでいますが、私が全然タッチしていなくても、子どもたちが自分から勝手に学習しています」
さらに夫妻は、教育のインフラが整っていなかったり、経済的な理由で勉強ができないなどの理由で学びの機会を得られないという世界共通の課題にも目を向け、2012年、アメリカのシリコンバレーで会社を設立したといいます。
◆タンザニアで学習効果を検証
前述したように、学校教育では、決められたカリキュラムがあるので理解に時間がかかる子どもは取り残されてしまうことがあります。このような問題を解消するため、トドさんすうでは、スモールステップで学べるよう工夫されています。
「1で終わる説明を10に分けて説明するくらい、細かく内容を分けて少しずつ理解できるように設計しています。また、言葉だけでは理解が難しい子どもたちのために、直感的に理解できるように工夫しています。親しみやすいキャラクターやユニークな動きをするゲームを通じて、抽象的な概念を具体的にイメージできます。それから、1つの概念に対して、いくつかのパターンのゲームがあるので、反復して学習しても飽きにくいですし、その子に合う方法で学ぶことができます。例えば、『数の位』という概念に対して、1個、10個、100個のブロックのかたまりを理解したり、ロケットの燃料に例えたりしたゲームなどですね。ブロックのゲームで理解できなくても、ロケットのほうでわかるようになったり、繰り返しアプリで遊ぶうちに自然と学ぶことができるんです」
子どもたちに対するアプリの学習効果は、どのように検証されてきたのでしょうか。
「まだトドさんすうを開発して間もない頃に、イーロン・マスク氏が後援する『Global Learning XPRIZE』という教育ソフトウェア開発コンテストに出場しました。タンザニアで教師のいない環境で、読み書き計算のできない子ども達に15か月間使用してもらうことで、効果を検証してもらったんです。準備期間などを含めると5年かかり、端末のメンテナンスなどのためにアフリカへ渡航するためかなりの費用がかかりましたが、『私たちが解決するべき問題だから』というCEOの説得で、会社のリソースを投資して取り組みました。その結果、2019年にもっとも学習効果の高いアプリとして、198チームの中から共同優勝しました」
◆アプリ学習で英語はどこまで上達する?
最近は、子どもが小さい頃から家庭で英語に触れさせる「おうち英語」に熱心な家庭が増えています。日本人の英語力は英語を母語としない116か国中92位(国際語学教育機関・EFエデュケーション・ファーストの2024年調査より)とされますが、トド英語は、日本人が英語を学びやすい工夫が施されているそうです。
「トドさんすうは世界共通のグローバルバージョンですが、トド英語は各国ごとに制作しています。例えば、動画コンテンツは日本で活躍する俳優さんに出演してもらい、アメリカの文化を紹介するような内容にしています。また、AIで発音をチェックする機能があるのですが、それぞれの国で使われている言葉によって、苦手な発音と得意な発音があるんです。世界基準に合わせてしまうと、いくつかの発音で日本の子どもはずっと引っかかってしまい、やる気を失くすかもしれませんよね。そのため、正しい発音の許容範囲内で、判断の基準を変えるよう国ごとに調整しています」
トド英語では、どこまで英語力を身につけることが可能なのでしょうか。
「英語学習の経験がないお子さんでしたら、何年生からでもABCからスタートすることができます。すでに英語に触れているお子さんは、自分に合ったレベルから始めることができます。頑張って続けていくうちに自然に英文の仕組みを学ぶことができるので、レベルが上がると長文が読めるようになります。最終的なリーディング力は、日本の中学2年生が学ぶ内容に相当します。うちの一番の上の子は小学5年生の冬休みから始めましたが、トド英語でフォニックスを学び、絵本を音読していたおかげで、中学に入ってから英語の発音を褒められ、それをきっかけに英語が得意科目になりました」
◆英語学習のカギは「毎日続けること」
英語学習は「毎日続けることが一番大事」だと趙さんはいいます。
「5分でいいので、毎日英語に触れることが大切です。デイリーコースはゲーム6つ、動画1本、絵本1冊で構成されていますが、全部取り組む必要はありません。あまりしたくないなと思う日はゲームを1つするだけOK。子どもが自由に取り組むことが大切なので、親御さんが横についている必要はありません。親が「これをして、あれをして」というと子どもたちは「義務感」を感じて、今まで楽しかった学習を急に嫌がる可能性があると思います。トド英語は、できるだけ子どもが自分のペースで学習できるように設計していますので、温かい目で見守るのが大事かもしれません。
うちの子どもも、1つの絵本ばかり読んでいる時期があったのですが、特に干渉せずそのままにしていました。すると、一定期間ハマった後は別のコンテンツを学習するようになりました。そうやって、毎日同じものばかりしたり、逆に日によって違うものをしながら、とにかく継続していくと学習効果が高くなると考えています。
すぐに効果を出そうとせず、マラソンのつもりで1歩ずつ進めば確実にゴールに近づきます。LINEで親御さんのスマホと連携できるので、毎日学習しているかをチェックして、続けていることをたくさん褒めてあげてください」
◆コロナ禍で「トドさんすう」のダウンロード数が急増
コロナ禍をきっかけに、日本で特にトドさんすうのダウンロード数が一気に増加したといいます。ユーザーからは、「何も教えていないのに九九や割り算、分数ができるようになった」という驚きの声がとても多いのだそう。
「ダウンロード数が増えたのはコロナ禍で親が学習の手助けをしなければならない場面が増えたためではないかと思っています。掛け算や分数の概念は、親が教えるのがとても難しい一方で、トドさんすうはそこを得意としています。掛け算では卵を使ったり、分数ではピザを使ったりと、具体物を活用して理解できるように設計しています。子どもは、初めは視覚的な助けを借りながら概念に触れますが、徐々にその助けがなくても問題を解けるようになります。
また、トドさんすうは言語設定を変えることができるので、英語モードで使用することで『数字や図形の名前を英語で覚えた』という口コミもあります。算数を学びながら英語に触れてほしいご家庭もあり、算数を学ぶために英語を活用されているんですね」
◆日本の公立小学校で導入された理由
トドさんすう、トド英語はデジタル教育政策が積極的に進められているアメリカや韓国の学校で多く導入されています。
アメリカの小学校や幼稚園で累計8000学級、韓国の小学校では900校以上で導入され、特に韓国では主に特別支援学級で導入されているとか(2024年12月時点)。
一方、日本では2024年4月から「トドさんすう」の導入を始めた都内の公立小学校があるといいます。きっかけは、特別支援学級の先生からの問い合わせでした。
「『試してみてすごくよかったので授業でも使いたい』とお問い合わせをもらいました。スモールステップで同じ概念を少しずつ異なる問題で繰り返し学べるところが良い、『先生に教わる』のではなく、子どもで試行錯誤して問題を解く経験を膨大にできるところが良い、と聞いています。我々は2024年から『クラスモード』という学校で使用していただくためのサービスもスタートしています。今は授業や宿題などに使っていただいています」
アプリ学習のメリットは、「子どものレベルに合わせて学びを進められること」と趙さんは考えています。
「学習の進み具合に応じて、初歩的なレベルから始めたり、より高いレベルからスタートすることも可能です。出題される問題はその子どもに合ったものなので、スモールステップで着実にクリアできます。その結果、楽しく達成感を味わえる仕組みになっています。
日本の親御さんの中には、ご自身が子どもの頃にアプリ学習の経験がないため、アプリに抵抗があったり、勉強は紙でするものという認識を持たれている方も多いかもしれません。ただ、今は弊社をはじめ、さまざまな企業が質の高いICT教材を提供していますので、オープンマインドで情報収集をされるといいかなと思います。
『子どもの数だけ学びの方法がある』と弊社のCEOが言っているのですが、それぞれの教材が子どもに合うかどうかは個人差がありますので、いろいろと試していただければと思います。楽しく学ぶ方法を見つけるお手伝いができることを、とても嬉しく思います」
<取材・文/都田ミツコ>
【都田ミツコ】
ライター、編集者。1982年生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。主に子育て、教育、女性のキャリア、などをテーマに企業や専門家、著名人インタビューを行う。「日経xwoman」「女子SPA!」「東洋経済オンライン」などで執筆。