「AirPods Pro 2」のヒアリング補助機能は歓迎 パナソニック補聴器事業に聞いて分かった歴史とミッション

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2025年01月21日 16:21  ITmedia PC USER

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パナソニック くらしアプライアンス社ビューティ・パーソナルケア事業部補聴器商品部長兼パナソニック補聴器 事業本部長の藤井成清氏

 パナソニックの補聴器事業は、65年以上の歴史を持っている。1959年に松下通信工業(当時)が、第1号となる補聴器を発売してビジネスをスタート。現在では、パナソニック くらしアプライアンス社のビューティ・パーソナルケア事業部が補聴器の事業を担当している。


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 生産拠点となる佐賀県鳥栖市の佐賀工場では、オーダーメイドによるモノづくりが行われており、一人一人の耳型にあわせた形状に加工。世界に1つだけの補聴器を生産し、顧客に届けている。


 補聴器の企画、開発、品質維持を担う福岡市美野島の福岡拠点、生産および修理を担う拠点の佐賀工場を訪れて、パナソニックの補聴器事業を取材した。


●パナソニックが手掛けた補聴器の歴史


 パナソニックが補聴器事業を開始したのは1958年であり、設立したばかりの松下通信工業の一部門としてスタートした。1959年にポケット型補聴器第1号「CB-801」を開発、販売したのが始まりだ。


 創業者の松下幸之助氏が欧州を視察した際に、補聴器を見て「いいものがあった。うちでも作れ」と号令をかけたのがきっかけだという。耳の聞こえが悪くなった家族のために開発を命じたというエピソードもある。


 1962年には、オールトランジスタ式ポケット型補聴器を発売した。1963年には耳掛け型補聴器「WH-401」を発売し、その翌年には後継機としてIC化による小型モデル「WH-402」を発売している。これが初のロングセラー商品となった。


 また、1982年には骨伝導方式の眼鏡型補聴器「WH-8050」も発売した。1983年にはペン型補聴器の「WH-100」を発売と、ラインアップを拡大し続けた。


 1985年からは、オーダーメイド方式の耳あな型補聴器「WH-7100」を発売し、1992年にはレディーメイド(既製品)方式の耳あな型補聴器「WH-7750」、1997年には同社初のデジタル補聴器としてポケット型の「WH-AD200」を発売している。


 2002年には「クリオネシリーズ」を発表し、一人一人にあわせた製品作りを加速していった。


 この間、1989年に東京・西新橋に直営の補聴器相談センターを開設し、ユーザーに密着した補聴器の販売、サポートも始めた。現在でも東京、横浜、大阪、福岡に拠点を配置しつつ、全国にあるパナソニックショップの補聴器取扱店において、専門スタッフによる対応が行えるようにしている。1992年には販売会社として、パナトーン補聴器を設立し、1997年にパナソニック補聴器へと社名を変更した。


 2007年には、「ONWA(おんわ)」ブランドによる展開を始めた。「隠す補聴器」から「人に魅せたくなる補聴器」という新たな提案を行った。


 充電式ポケット型補聴器「ONWAモデルJJ」や、耳掛け型の「ONWAモデルR1/B1」などを相次いで投入。2013年には重度難聴対応補聴器「WH-B14B」も発売した。


 さらに、2011年にはTVや携帯電話などの音声をワイヤレスで直接聞くことができる「つながるリモコン」機能を搭載した。最新モデルでは、Bluetoothの「LE Audio」に対応し、TV放送やネット動画の音声を直接聞くことができたり、Auracastによって駅や空港、施設といった外出先でも必要な音声を直接受信したりといった活用も可能になる。


 現在、充電タイプとして耳掛け型のR5シリーズ、オーダーメイド型のC5シリーズ、耳あな型のG4シリーズ、ポケット型のJ25D-Sの他、電池交換タイプとして耳掛け型、オーダーメイド型、アナログポケット型をラインアップしている。今では、販売全体の95%が充電タイプだ。


●パナソニック補聴器の特徴は?


 パナソニック くらしアプライアンス社の藤井成清氏(ビューティ・パーソナルケア事業部補聴器商品部長兼パナソニック補聴器 事業本部長)は、「R5シリーズは、スマホやTVからクリアな音声を直接送ることができるようにするなど使いやすさを追求しながらも、1回の充電で丸1日動作するようにした。IP68対応や新たな構造の採用により、汗を気にせず長く使え、安心感も提供できる。医療機器という印象ではなく、もっと身近な存在にできるように、デザインやカラーにもこだわっている」と、自社の手掛ける補聴器の特徴を強調した。


 マイクの収音範囲を絞ることで、騒音下でも相手の声を聞き取りやすくするボイスフォーカス機能や、マスク越しでも相手の声が自然で聞きとりやすいマスクモードの他、スマホアプリで音量を調整したり、紛失した補聴器を探索できたりするスマートリモコン機能など、同社独自の機能も搭載している。


 パナソニックでは、2024年4月には補聴器メーカーのリオンと、次世代補聴器の共同開発に関するアライアンスを発表している。オーダーメイド型のC5シリーズが共同開発の第1弾となっており、耳あな型で多くの実績を持つリオンが開発/生産したものを、パナソニックブランドで販売している。


 また、パナソニックが得意とする耳掛け型補聴器では、パナソニックが開発、生産した製品をベースに、リオンが「リオネット2」として販売を開始を始めた。これらの共同開発の成果は、2024年度グッドデザイン賞の受賞につながっている。


●パナソニック補聴器事業のミッションは


 パナソニックの補聴器事業におけるミッションは、「聞こえを中心とした、より健康的、前向きなくらしを創造する」ことであり、ビジョンとして「新しい価値を創出し、将来的な補聴器装用につなげる」を打ち出している。


 「聞こえが悪くなると、家族や友人との会話が減り、社会からの疎外感が高まる。パナソニックは、いかに自然で快適な聞こえをお届けするかを追求し、音響機器の開発で培った技術を活用した製品開発やモノづくりを実践している。ユーザーの音質や装用感、使いやすさにこだわりたいといったさまざまなニーズに応え、新たな提案を行ってきた」(藤井氏)


 だが、日本では難聴者に対する補聴器の普及率は15%であり、デンマークの55%、英国の53%、米国の30%に比べると、かなり低いことが分かる。


 一般社団法人である日本補聴器工業会の調査によると、日本人が補聴器を使用しない理由として挙げているのが、「騒音下では役に立たない」が26%となっており、特に劇場やコンサートホールなどの大きな会場の他、TV鑑賞や映画館、電話での聞き取りに対する不満が高い。


 また、「恥ずかしい」が25%、「形やデザインがよくない」が16%となっており、日本では、補聴器に対するネガティブなイメージが先行していることも見逃せない。


 「補聴器をしていると、年寄りに思われてしまうというイメージがある。新たな機能を搭載するだけでなく、デザイン面でも工夫をし、髪色や肌になじむカラーだけでなく、逆にファッショナブルであることを強調するカラーも用意している。補聴器に対するイメージを変え、日本での補聴器の普及率拡大に貢献したい」(藤井氏)


 人は、加齢とともに、高い音が聞き取りにくくなる。音が聞こえる仕組みは、音が鳴ると、鼓膜が震えて、身体の中で最も小さな骨といわれる耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)が揺れ、音を増幅する。


 これが、蝸牛(かぎゅう)の中にあるリンパ液を揺らすとともに、耳の奥にある約1万5000本の有毛細胞が揺れて、音を電気信号として脳に伝える。


 有毛細胞は歯ブラシのブラシのように並んでいるが、これが倒れたり、抜けたりして損傷すると、音が聞こえにくくなる。有毛細胞の損傷は年齢によるものの他に、大きな音を長年聞き続けることによっても発生する。


 特に手前側にある有毛細胞が損傷しやすく、これが高い音が聞き取りにくくなる要因になっている。損傷した有毛細胞は、現在の医学では再生することができないが、再生医療の発展などによって、解決の糸口が見つかることが期待されている。


 加齢性難聴は、40歳くらいから徐々に症状が現れるという。補聴器は音が聞きとりづらくなったと感じたら、すぐに使い始めた方がいいという。


 一方で、難聴と耳鳴りの関係性も明らかになってきた。ストレスで耳鳴りが起きるという場合もあるが、研究によると、原因の多くが難聴だとみられている。難聴で音が届きにくい状態だと、弱い信号を補うために脳が活動し、過度な興奮状態となり、耳鳴りが脳で発生するというメカニズムだ。難聴になると、特に高い音が聞き取りにくくなるため、高い音を脳で強調しようとすることで発生し、これが耳鳴りになる。


 この仕組みからも分かるように、耳鳴りを軽減することに、補聴器は効果があるという。補聴器から音が正しく耳に届くことで、耳鳴りの原因となっている音を強くしようとする活動が収まり、脳の興奮が減り、その結果、耳鳴りを軽減できるからだ。


 そして、難聴と認知症との関係も明らかになっている。認知症の専門家などで構成するランセット国際委員会では、認知症になりやすい要因として、難聴をトップに挙げている。


 その理由として、難聴者は音の処理に脳の活動を取られてしまい、その代わりに高次な知的作業が減り、脳の萎縮が加速することや、コミュニケーションが少なくなり、社会的活動が減ってしまうことによる認知機能の低下、耳から脳に伝わる音声刺激の減少による認知機能の低下などを指摘している。


 裏を返せば、補聴器を使用することで、人とのコミュニケーション機会が得られ、脳の活性化につなげることができるというわけだ。


 ちなみに、パナソニックでは、簡単にチェックができるアプリの「きこえ3分チェック」と、Webサイトの「聞こえチェック」を用意している。20代は1万9000Hz、30代は1万7000Hzが聞こえることが目安となっており、50代では1万2000Hzが目安になっている。気になる人は、一度、チェックしてみてほしい。


●ヒアリング補助機能が追加された「AirPods Pro 2」は脅威になるか


 パナソニックの補聴器は、R5シリーズの最上位モデルの価格が両耳で120万円(片耳で65万円)、家庭内での利用を中心に日常生活をカバーできるスタンダードモデルでも両耳で49万8000円(片耳で32万8000円)となる。


 その一方で、Appleが発売している「AirPods Pro 2」は、2024年秋のアップデートで聴覚の健康をサポートする機能を追加し話題を集めている。Appleは軽度から中等度の難聴を認識している人に、医療用と同等のヒアリング補助機能を提供すると説明しており、ノイズコントロールモードで聴覚を保護することになる。


 AirPods Pro 2は3万9800円という価格で購入することが可能だ。パナソニックの最上位モデルと比較すると、30分の1という破格で購入できることになる。パナソニックの補聴器事業にとっては大きな影響を及ぼすことが考えられる。


 だが、パナソニックの藤井氏は次のように説明する。


 「パナソニックの補聴器は、普通の大きさの声が聞きづらいといった中等度難聴から、高度難聴や重度難聴の方々に対して対面でフルサポートを行い、長期間にわたって、最適な製品とサービスを提供することがベースになる。その点では、AirPods Pro 2などとはターゲットが異なる」とする。


 パナソニックでは「聞こえ」の相談から聴力測定、補聴器選び、販売、購入後のアフターフォローに至るまで、一貫して専門スタッフが対応し、パナソニックならではのネットワークを生かして全国の顧客にきめ細かに対応するビジネスモデルとなっている。


 軽度難聴を対象にしたAirPods Pro 2とは顧客層が異なるというわけだ。


 「小さな声が聞きづらかったり、聞き間違いが多くなってきたりという軽度難聴者が、補聴器に興味をもってもらい、抵抗感がなく、利用してもらうきっかけになるという点では、他社製品の登場に期待している。これらの製品を利用していて、さらに聴力が悪くなってきた場合には、パナソニックの補聴器を使用してもらうという提案も可能になる。共存しながら、業界全体として、軽度難聴者から重度難聴者までアプローチできる環境が整い、補聴器そのものの普及につながると考えている」とする。


 軽度難聴は、会話のほとんどが聞こえており、一部の言葉が聞き取れなくても、その部分を脳が補完するため、だいたい理解できてしまうという場合が多い。そのため、軽度難聴であるということに気が付かない人が多いのが実態だ。


 また、先に触れたように日本での補聴器の普及率は低く、これを打開する突破口としての役割をAirPods Pro 2が担う可能性も生まれきたといえる。日本の補聴器業界全体としては、補聴器に対する正しい認識の広がりとイメージの改善、国内の補聴器市場の拡大という点で、AirPods Pro 2のヒアリング補助機能の搭載を歓迎しているというわけだ。


 だが、AirPods Pro 2がヒアリング補助機能をサポートしたことで、市場に変化をもたらすとすれば、新たな市場環境に対応した事業戦略も必要になるだろう。今後のパナソニックの補聴器事業戦略に、どんな影響を与えるのかは気になるところだ。



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