5人で挑んだウインターカップ〜和歌山南陵バスケ部奮戦記(前編)
この冬、たった5人で全国大会に挑んだバスケットボール部があった。和歌山県の私立高校・和歌山南陵である。
誰もが知るように、バスケは1チーム5人で戦い、選手交代も頻繁にある競技である。和歌山南陵の場合は選手交代ができず、全選手が40分間フルタイムで戦わなければならない。
【「走らないバスケ」で全国大会1勝】
そもそも、なぜ部員が5人しかいないチームが全国大会に出られたのか、疑問に思う読者もいるだろう。3年前の入学時点では、新入生は14人いた。将来を嘱望された選手もいて、和歌山県内では無敵の陣容に思われた。
だが、早々に暗雲が立ち込める。学校が経営難のため、2022年5月には教職員が給料未払いを理由にストライキを実施。全国ニュースとして広く報道された。
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老朽化した寮の環境もひどく、バスケ部員が生活する3階のトイレの天井には大きな穴が開き、雨が続くと大量の水が流れ落ちてくる。2022年のインターハイ予選の前日には、1年生部員は先輩部員の部屋に水がいかないよう、深夜まで水かきに追われた。寮の業者への支払いも滞っていたため、朝食が菓子パン1個とパックジュースのみという時期もあった。
学校の将来を案じ、転校する生徒が相次いだ。ある在校生は「夏休みを終えて学校に行ったら、クラスメイトがごっそりいなくなっていて驚きました」と証言する。
学校を経営する南陵学園は相次ぐ行政指導の末に、2022年12月には生徒募集停止という重い措置命令を受けた。それから2年間にわたり、和歌山南陵には新入生が入ってきていない。2024年度の段階で、バスケ部員は6人。全校生徒も18人しかいない。
バスケ部のヘッドコーチを務める和中裕輔は現在29歳。給料が支払われない時期であっても、「残ってくれる生徒がいる以上は日本一を目指したい」と指導を続けた。選手交代が限られるため、「走らないバスケ」を標榜。それまでの速攻を重視する戦術を180度転換し、ゆっくりと時間を使う戦法を磨き上げた。
2024年夏には近畿大会ベスト4に進出し、インターハイでも1勝を挙げている。チームの大黒柱は身長205センチの留学生、アリュー・イドリス・アブバカだ。ナイジェリアからの来日当初は技術が拙く、「使い物にならなかった」(和中ヘッドコーチ)というが、真面目な性格で急成長。日本語を積極的に覚え、チームメイトとのコミュニケーションを深めるなかで信頼を勝ち取っていった。
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ほかにも主将を務める二宮有志や、藤山凌成、紺野翔太と3人のシューターが外から居抜き、アブバカの負担を減らしていた。
【ウインターカップ直前にまさかの事態】
冬場には4年連続4回目となるウインターカップの出場権を獲得。そんな大一番を控えた和歌山南陵に再び激震が走る。
当初は日本国内の大学に進学予定だったアブバカが、突如アメリカに行きたいと希望。新たな進路先を模索するため、日本を離れることになったのだ。当初はウインターカップまでに日本に戻ってくる予定だったが、大会直前になってアブバカから和中のもとに「帰国できない」という連絡が入った。
「イディ(アブバカの愛称)が戻ってこられないと知って、マジで毎日泣いていました」
そう証言するのは、酒井珀だ。身長178センチとチーム内で比較的身長が高い酒井だが、アブバカの抜けた穴は想像以上に大きく感じたという。
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「インサイドでの接触プレーが多くなって、太ももを痛めてしまいました。僕はイディみたいに身長もないし、体もでかくありません。彼とは違うプレースタイルでやっていくしかない、と取り組んできました」
なお、酒井の母・恵は和歌山南陵の惨状を見かねて、独自にクラウドファンディングを立ち上げた。バスケ部のことが広く報道されたこともあって、目標金額50万円を大幅に上回る763万4000円の支援金を集め、バスケ部の運営に活用されている。
一方で学校も大きな転換点を迎えていた。2024年4月から旧経営陣が退陣し、新たな理事長に甲斐三樹彦が就任。たまっていた各方面の延滞金を返済し、経営改善の兆しが見えた。
さらにアーティストの横川翔、WARSAN、INFINITY16が制作するレゲエ調の新校歌を採用。「一歩前へ」という歌詞を連呼する通称「レゲエ校歌」が2024年夏の高校野球和歌山大会で流れたニュースは、瞬く間に全国に駆け巡った。
2024年11月29日には生徒募集停止の措置命令が解除。2025年度の生徒募集が可能になった。そんな追い風が吹くなか、バスケ部は「部員5人」という最大の逆境を迎えていたのだ。
つづく>>