代役挑戦者は、"モンスター"にどう挑むのか。
1月24日、有明アリーナで行なわれる世界スーパーバンタム級4団体統一王座戦で現代の最強王者・井上尚弥(大橋)に臨むWBO同級11位のキム・イェジュン(韓国)。IBF、WBO指名挑戦者のサム・グッドマン(豪州)が負傷で直前に試合をキャンセルし、代役として起用された。これまで21勝(13KO)2敗2分という戦績を積み上げてきた32歳の実力には未知数の部分が多く、28戦全勝(25KO)の井上を相手に圧倒的不利と見られている。
それでも挑戦者陣営は、不敵な自信を感じさせている。その根拠を探るべく、キムとコンビを組むオーストラリア人トレーナー、ジョン・バスタブルの単独インタビューを行なった。
過去、マーク・フラナガン、エイプリル・アダムスといった世界タイトル挑戦者を育てたベテラン指導者も、これまでで最大のステージに意欲満々。井上に対するリスペクトを強調しつつ、「ボクシングでは何でも起こり得る」と番狂わせへの意気込みを隠さなかった。
*以下、バスタブル・トレーナーのひとり語り(インタビューは日本時間1月20日、電話にて収録)
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【「イェジュンは、本当に多くのことができるボクサー」】
イェジュンが急遽、井上に挑戦することが決まってからのこの約2週間は本当に多忙だった。気を抜ける時間はほとんどなく、駆け抜けてきたような感じ。ただ、これほどの機会を手にできたのだから、それはいい忙しさだ。やるべきことをやらなければいけない。
私とイェジュンは過去3、4年くらいコンビを組んで、トレーニングをしてきた。もともと友人だったマネージャーのマイク・アルタムラを通じて彼のことを知り、試合の映像などを送ってもらったのがきっかけだ。彼には大きなポテンシャルがあることは明白だった。そこで彼を気に入って新型コロナウイルス感染拡大前に出会ったが、パンデミックによる中断期間があったので、渡航制限などが解除されてから本格的に一緒に練習し、2022年以降の5試合は、私のもとで準備してリングに立ったというわけだ。
イェジュンは総合力に秀でた、いいボクサーだ。動きがいいし、馬力も備えている。聡明なボクサーでもあり、だからトップ選手とも渡り合える。ディフェンス力があるから余計なパンチはもらわないし、いわゆる"コンプリート・パッケージ"だ。リング上で本当に多くのことができるボクサーだと思う。
私と同じオーストラリア人で、以前に井上と対戦したWBO世界バンタム級・前王者のジェイソン・モロニーはフィジカルの強さを長所に挙げていたということだが、イェジュンは精神面もフィジカルと同じくらい強い。つけ加えると、彼の身体はこれまでで最高の強さに仕上がってきている。強いだけでなく、隙がない。いい状態で井上戦を迎えられるよ。
【「勝つためには、井上をノックアウトしなければならない」】
私が出会った時のイェジュンはまだオーソドックススタンスで戦っていたが、2022年に右肩に受けた手術後に彼自身がサウスポー転向を決断した。今ではサウスポーが主体だが、両スタンスを上手にこなせるし、どちらからでも強いパンチが打てる。たいていのボクサーはどちらかの手がパワーパンチだが、左右両方の構えで同じようにパワーが生み出せることが、彼の武器になっていると思う。
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これまで7戦全勝という、イェジュンの日本人ボクサーへの強さが話題になってきた。ボクシングには"Style makes fight(勝負はそれぞれのスタイル次第)"という言葉があるが、彼には日本人のスタイルがフィットするのだと思う。オーストラリアの選手はジャブを使って動くボクサーが多いが、日本人選手はアマ仕込みの選手であっても果敢に前に出てくる。そういったタイプはスタイル的にイェジュンにはやりにくくはないのだろう。
とはいえ、井上がすばらしいボクサーであることには、もちろん否定の余地はない。パウンド・フォー・パウンド最高級の実力を持っており、欠点の見当たらないすごいボクサー、文句はつけられないよ。
それほどのチャンピオンから対戦オファーを受け取り、即座に「Yes, let's go!」と答えたイェジュンをまずは讃えなければならない。これほど短い準備期間で井上のようなボクサーと対戦するのがどれだけ大変なことか。そもそも対戦を承諾しない選手もたくさんいるのだろうが、イェジュンは躊躇もしなかった。
詳しいファイトプランはここでは明かせないが、私たちは(勝つために)井上をノックアウトしなければならないとだけは言っておきたい。打ち合いを挑むつもりだ。イェジュンは仕掛けていく気であり、第1ラウンドが終わる頃には見えてくるものがあると思うが、そこからまたしっかりと適応しなければいけない。
井上のような選手とのミックスアップ(打ち合い)はもちろん簡単なことではないが、勝利を目指して全力を尽くさなければならない。
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負けるために日本まで来たわけではない。イェジュンは戦うためにリングに立つんだ。
私はブリスベンを拠点に、もう20年以上もトレーナーを務め、多くの成功を収めてきた。今では海外チームのスタッフとして外国人選手を担当し、世界タイトルに挑戦する選手も育ててきた。そんな私もイェジュンとともに今回のプロセスを楽しんでいるよ。世界最高級の選手を相手に戦い、4団体統一王者に挑める機会なんてなかなかあることではない。だから楽しまなければいけない。
そして、イェジュンはできる限りのことをやってくれると信じている。彼のことをよく知らないファンばかりだろうから、実際にその戦いを見たら驚くだろう。しっかりとしたスキルと底力を持っており、そうでなかったら私はオーストラリアに迎え入れたりはしなかった。"パックウェザー"といったニックネームが定着したのは攻守両面に秀でたオールラウンダーだから。非常にタフなコリアンファイターであり、これまでKO負けどころか、ダウン経験もない。
イェジュンにはただ持っている力を存分に発揮してほしい。ボクシングでは何でも起こり得るスポーツだ。世界を驚かせるために、私たちはリング上でベストを尽くすということだけは約束しておきたい。