カレーハウス「CoCo壱番屋」(以下、ココイチ)を運営する壱番屋(愛知県一宮市)が、近年つけ麺・ジンギスカン・もつ鍋など、カレーとは大きくかけ離れた新業態に進出している。
【画像】おいしそう……。壱番屋が買収した「つけ麺」「ジンギスカン」「もつ鍋」
2020年以降、外食業界は原材料高や人手不足などの逆風にさらされているが、事業の多角化で生き残りを図る動きが活発化している。例えば吉野家は、牛丼で培った原材料調達力をうどんや定食などの業態に応用することで、規模の経済を追求している。しかし壱番屋の新業態は、原材料調達や調理法まで、これまでの業態とのシナジーがあまりなさそうなものばかりである。
この背景には、どのような戦略や意図があるのか。本稿では、壱番屋の多業態展開をプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントの観点から読み解き、その根拠や狙いを考察する。
●カレーという「金のなる木」を持つ強み
|
|
マーケティング理論のひとつである「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)」では、企業がもつ事業やブランドを「花形(スター)」「金のなる木(キャッシュカウ)」「問題児(クエスチョン)」「負け犬(ドッグ)」の四象限に区分し、それぞれに異なる投資・成長戦略を当てはめるのが原則とされている。
まず前提として押さえておきたいのは、ココイチのカレー事業が、シェア・認知度ともに高く安定的な収益をもたらす「金のなる木」である点である。カレー専門チェーンとしての強固なブランド力と、日本国内外で長年フランチャイズ展開を続けてきた実績から、壱番屋は外食産業のなかでも比較的安定したキャッシュフローを有していると推察できる。
実際、壱番屋の決算公告によると、飲食業界全体がコロナ禍の影響で厳しい業績となるなかでも、ココイチの既存店の売り上げは比較的堅調に推移していた。立ち食いそばやハンバーガーなどと並び、単価と回転率のバランスが良いカレーは、景気変動に強い外食メニューの代表的存在でもある。こうした背景から、壱番屋はカレー事業という強固な土台を持ちながら、さらなる成長エンジンをどこに見出すかが経営課題になっていると考えられる。
●壱番屋の「花形」不在という問題
事業の多角化を進めるうえで重要になるのは「花形」。つまり、市場の成長率も高く、高いシェアを獲得できれば大きな利益を生む分野の確保である。
|
|
壱番屋が現状抱えていると考えられる課題は「金のなる木」はあるものの、新たな「花形」となるような事業や業態を十分に育てきれていない点だ。カレー以外の高い成長を見込める事業が乏しければ、企業としての長期的な発展は望みにくい。
そこで、壱番屋は次世代の「花形」となり得る事業を複数手がけ、時間をかけて育成しようとしていると推測される。事実、壱番屋は2020年頃からつけ麺やジンギスカン、もつ鍋の店舗を開業し始めており 、その多様さが業界でも注目を集めている。
●事業同士のシナジーを重視しない理由は?
外食産業の多角化といえば、吉野家がカルビ丼やスンドゥブ業態に進出するといったケースが典型的な例である。大量の牛肉の仕入れや、中央キッチンによる食材加工の共通化など、規模の経済を働かせ、シナジーを追求してコスト競争力を高めるのが一般的なアプローチといえる。しかし、壱番屋が進める新業態であるつけ麺やジンギスカン、もつ鍋は、いずれもカレーとの原材料や調理法、客層が異なるため大きなシナジーが見込みにくい。
この事実から見えてくるのは、壱番屋が必ずしも「スケールメリットの拡大」を主目的として新業態に進出しているわけではないという可能性である。カレーと似た食材や調理工程を共有しない業態に飛び込むのは、一見リスキーにも映る。しかし、実は複数の「問題児」業態を同時多発的に試すことで、成功パターンが見つかった時にそこに集中的にリソースを投下できる。いわゆる投資リスクの分散効果が得られるというメリットがある。
|
|
また、壱番屋はハウス食品グループという大きな後ろ盾を得ており、資本的な体力があると推察される。カレー事業で稼いだキャッシュフローを土台に、複数の業態を試すだけの余力があるからこそ、シナジーが限定的でも勝負に出られるのである。
●ポートフォリオマネジメントとしての「問題児」の意義
企業の中長期的な成長を図るうえで、既存の「金のなる木」に依存し続けるだけでは限界がある。特にカレー専門チェーンとしての国内市場はほぼ飽和状態にあり、大きなブレイクスルーは見込みにくい。そこで「金のなる木」が稼ぐ間に、成長率は高いがまだシェアが十分でない「問題児」を複数育成し、その中から将来「花形」となる業態を生み出そうという構図である。
このアプローチは、成功確度を高めるうえでも合理的だといえる。飲食業界は消費者の嗜好の変化やトレンドの影響を強く受けるため、どの業態が当たるのかを事前に完璧に読み切ることは難しい。最初から一つの業態に集中投下してしまうと、失敗した際のリスクが大きい。複数の新業態を試験的に立ち上げ、どれかが市場にフィットすればそれを一気に伸ばす。こうした「試行回数を増やす」という手法は、不確実性が高い状況では有効な手段である。
事実、大手外食グループでは、牛丼の「すき家」やファミレス「ココス」を展開するゼンショーホールディングス、居酒屋「甘太郎」や回転寿司「かっぱ寿司」を展開するコロワイドのように、多業態によってリスク分散を図る動きが一般化している。ココイチという単一業態のイメージが強かった壱番屋も、同様の流れに乗ることで、経営の安定性と将来的な成長余地を確保したい意図があると考えられる。
●他業態進出の背景と可能性
では、つけ麺やジンギスカン、もつ鍋といった業態には、具体的にどのような強みがあるのだろうか。つけ麺業態は、近年のラーメンブームの派生として国内外でも高い人気を集めており、かつテイクアウトや宅配需要とも親和性がある。ジンギスカンはヘルシー志向から注目されるラム肉料理として一定の需要が見込まれ、もつ鍋は地域色が強く、専門店として差別化を図りやすいメニューである。いずれの業態も、市場全体としては伸びしろがありそうだという点が共通している。
また、壱番屋が新業態開発で最も強みにできるのは、フランチャイズ展開のノウハウや立地戦略、厨房オペレーションのマニュアル化といった“ソフト面”の転用である。食材やレシピの共通化こそ難しいが、店舗運営管理の仕組みづくりやスタッフ教育に関する知見は、飲食店の種類が異なっても生かせる部分が多い。これこそ、壱番屋が長年カレー専門チェーンを拡大してきた中で培った資産だといえよう。
さらに、ハウス食品グループの傘下に入ったことで、原材料調達や食品開発のサプライチェーンを活用できる可能性もゼロではない。表面的にはカレーとの共通点が少ないようでも、調味料開発や海外進出時のネットワークなど、何らかの形でグループ内のシナジー効果が見込めるかもしれない。実際に、すでに海外展開を進めているココイチのノウハウを、“日本食”業態へ展開する狙いがあるとも考えられる。
●カレー一本足打法からの脱却と未来への布石
壱番屋が多業態進出を図る理由として、もっとも妥当な解釈は「カレーという金のなる木が安定しているうちに、複数の新たな問題児業態を同時に育て、そのなかから将来の花形を誕生させようとしている」ということである。既存事業への大きな追加投資で飛躍的な成長が見込めなくとも、新業態で市場トレンドや顧客ニーズを捉えられれば、一気にシェアを拡大できる可能性がある 。
もちろん、業態ごとに激しい競争があり、簡単に成功が約束されるわけではない。つけ麺市場は有名ラーメンチェーンとの競争、ジンギスカンやもつ鍋業態は地域性や季節需要の波をどう乗り越えるかといった課題がある。しかし、壱番屋ほどの資本力とオペレーション力をもってすれば、試行錯誤を重ねる余地は十分にあるだろう。
日本の外食産業はコロナ禍による大打撃から回復しつつあるとはいえ、原材料や人件費高騰という構造的課題を引きずっており、先行きは依然として不透明である。こうした環境下だからこそ、企業が単一業態にこだわるリスクは大きい。壱番屋が打ち出す多業態戦略は、ある意味で企業体質を強化するための必然的な選択なのではないだろうか。
今後、壱番屋がどの業態で“アタリ”を引くのかは市場の反応次第だ。しかし、同社が持つ「金のなる木」と豊富な“ソフト資産”を武器に、外食市場の変化に合わせてポートフォリオを最適化していける可能性は高い。
これからの壱番屋は、カレー専門店のイメージを大切にしながらも、複数の「問題児」をいかに「花形」に育てていくのか。その戦略的な舵取りに注目したい。
●著者プロフィール:金森努(かなもり・つとむ)
有限会社金森マーケティング事務所 マーケティングコンサルタント・講師
金沢工業大学KIT虎ノ門大学院、グロービス経営大学院大学の客員准教授を歴任。
2005年より青山学院大学経済学部非常勤講師。
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。