突然、普通の街が観光地に! インバウンドが押し寄せる「ニッチ観光地」から考える日本観光のあり方

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2025年01月24日 08:31  ITmedia ビジネスオンライン

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日本人にとっては「普通の街」の高円寺も、インバウンド観光客には人気(編集部撮影)

 「奇跡の9連休」と呼ばれた2024〜2025年の年末年始。特に目立ったのがインバウンド観光客だ。成田空港の推計によれば、2024年12月27日〜2025年1月10日までの国際線入国者数は約43万人で、前年の年末年始(2023年12月29日〜2024年1月7日)と比べ116%となった。


【画像】多くの人が押し寄せた「富士山ローソン」


 そうしたなか、メジャーな観光地に行き飽きたインバウンド観光客が、これまで観光地ではなかった場所に赴き始めた結果、「ニッチ観光地」が次々と生まれている。今回は、インバウンド観光客が訪れるニッチ観光地から、これからの日本の観光のあり方を考えてみたい。


●「ローカルな暮らしが見られる」という高円寺の魅力


 インバウンドに人気の観光地といえば、渋谷や新宿だ。東京都によれば、それぞれの訪問率は1位と2位で、特に渋谷はインバウンド全体の約70%が訪れているというから驚きだ。しかし、そうしたメジャーな観光地とはいえない「普通の街」にも、インバウンド観光客が多く押し寄せている。


 皆さんも街を歩いているとき、「なぜこんな場所に、インバウンド観光客がたくさんいるのだろう?」と思ったことはないだろうか。


 これは本記事の担当編集者から聞いたのだが、「2024年の年末年始は、高円寺に例年にないほど多くの外国人がいた」そうだ。東京を知っていると「高円寺は商店や住宅がある街で、観光地ではないのでは?」と思ってしまう。調べてみると、2024年の夏には「東京高円寺阿波おどり」の外国人向けツアーが実施されるなど、インバウンド観光客向けの取り組みを行っていないわけではない。しかし、他の街に比べると、そうしたツアーが際立って多いわけでもないのだ。


 ただ、外国人向けの旅行サイトなどを見てみると、個性的な店が立ち並ぶセントラルロードや純情商店街など、高円寺が持つある種の「カオス」さが、「日本らしさ」を感じさせているらしいことが分かる。2016年の記述だが、自治体国際化協会のレポートによると、高円寺はローカルな街として外国人に知られるようになったそうだ。インバウンド観光客は「知る人ぞ知る、生の日本の街」像を、高円寺に見出したのかもしれない。


 日本人にとって高円寺は、商店や飲み屋、住宅がひしめく街でしかない。しかし、そこがにわかに「観光地」になっている。まさにニッチ観光地というにふさわしい街だ。


●「ニッチ観光地」は増えていく?


 筆者は、こうしたニッチ観光地は今後ますます増えていくと考えている。


 観光産業のニュースメディア「トラベルボイス」によると、インバウンド観光客のリピーター割合は、全体数の増加に伴って増えている。定番の観光地に飽きた人たちが、より「生の日本の日常」を見られる場所や体験を求めるようになるのは自然な流れだ。現に、農家に泊まる「農泊」などのインバウンド観光客向け体験型ツーリズムは、日本各地で増えている。「たくさんの人がメジャー観光地に行く」モデルに加え、「少数のリピーターがニッチ観光地を訪問したり、ニッチな観光体験をしたりする」モデルも増えてきているわけだ。


 こうした観光の「質」重視の傾向は、日本政府による「観光立国推進基本計画(2023〜2025年度)」でも明示されている。この計画では、「観光客一人当たりの消費額」についての事項が明記され、たくさんの人に来てもらうことに加え、よりニッチな観光を楽しんでもらう必要性も示されている。


 こうした背景もあり、これまでのメジャーな観光地に加えて、日本人でさえ知らないような、あるいは体験したことのないようなニッチ観光が広がることが予想される。


●ニッチ観光地が生み出す「観光公害」


 こうした流れはもちろん喜ばしいことではあるが、当然ながら問題もある。昨今話題になっている「観光公害」が最たる例だ。ニッチ観光地が増えるほど、観光公害も増加する。もともと観光地として作られていないため、街側と観光客側の軋轢は強くなりがちだ。


 代表的なのが、昨年大きな話題になった「富士山ローソン」だ。これは山梨県富士河口湖町にある「ローソン富士河口湖駅前店」の前に、突然多くのインバウンド観光客が集まるようになったというもの。突然そこがニッチ観光地となった理由は、雄大な富士山がローソンの屋根に乗っているように見える様子が、SNSなどで話題になったからだった。ローソンと富士山という意外な組み合わせに、面白さを感じる外国人が大勢いたというわけだ。多くの商品が整然と並ぶ日本のコンビニは外国人の間でも人気で、ある種の「日本のカルチャー」を代表するものともなっている。それと富士山の組み合わせに「日本らしさ」を感じるインバウンド観光客が集まったのだ。


 それで終われば良かったのだが、問題はそこを訪れる人のマナーだった。私有地への立ち入りや無理な道路の横断などが絶えず、一時はコンビニ前の歩道に防御壁が置かれるまでになってしまった。いくら富士山が見えるとはいえ、地元の人にとっては普段使いのコンビニ。観光と生活という全く異なる行動が交差したために起こった問題だった。


 こうした観光公害は「オーバーツーリズム」とも表現され、世界のさまざまな場所で問題になっている。


●日本に住む人は、改めて「日本の魅力」を考えるべき?


 では、ニッチ観光地時代の観光公害をどう解決すべきか。実はすでに多くの対応策が試されている。例えば、外国人向け価格の設定や地域内への立ち入り制限などだ。前者としては、京都市が行っている「宿泊税」の導入、後者は白川郷が行う、午前8時から午後5時までの駐車場制限が挙げられる。


 これらの取り組みが先駆的なものであることは間違いない。一方で、筆者はそもそもインバウンド観光客が日本の「何」に惹(ひ)かれているのかを知ることがより大切だと考えている。つまり、日本に住む人自身が、「外国人にとっての日本の魅力」を考えるべきなのだ。すべてを知ることは難しくとも、その解像度を少しでも上げることで、自分たちの生活の場が突然、ニッチ観光地になることへの備えができるのではないだろうか。


 では、インバウンド観光客は日本の「何」に惹かれているのか。それは日本の都市景観に見られる、ある種の「不完全な風景」にあるのではないだろうか。


 例えば、パリを思い浮かべてほしい。その中心部の景観は統一感があり、世界観がある。エトワール凱旋門を中心とした放射線状の都市は整然としていて美しく、多くの人の心を捉える。


 一方で、日本の景観でウケているのは、おそらくそうした「整然さ」ではない。雑居ビルが立ち並び、電線がもつれ、原色の看板が光輝く、そんな「カオス」な街並みである。東京や大阪を訪れるインバウンド観光客がいるのは、そうした街並みに魅力を感じる人が多いからだろう。新宿歌舞伎町や渋谷のスクランブル交差点、大阪の道頓堀、そして前述の高円寺には、まさにそうしたカオス的風景がよく現れている。


●景観保護的には「ダメな景色」は、むしろ「強み」?


 日本でこうしたカオスな風景が生まれたのはなぜか。一つには、これまでの日本における行政の「縦割り」が影響していたと考えられる。道路と住宅、あるいは公園などがそれぞれ別のスキームで開発され、街全体としての統一感を生み出すことに失敗してしまったのだ。


 また、日本では土地に対する個人の所有権が強く、その土地の所有者であれば実質的にどのような建物でも建てることが可能である。そのため、街並みを俯瞰(ふかん)して見たときに、公的なコントロールが効いていないような印象を与える。逆に、近年盛んに再開発が行われた地域は、ある程度行政がコントロールできた結果、カオスさは薄れている。


 こうしたカオスさは、これまで日本の街並みの弱点とされてきた。しかし、そうした「不完全さ」が、近年インバウンド観光客を惹きつけているのかもしれない。


 前述の「富士山ローソン」も例外ではない。海外であれば、富士山のようなランドマークが見える場所には、景観保護の観点から建築規制がされる場合が多い。一方で日本の場合は、先のような事情から、「コンビニ×富士山」という思わぬ掛け算が生まれてくる。景観保護の観点からいえば、これは明らかに「ダメな景色」だ。しかし、逆にそれが観光客の興味を惹いていることをみると、景観の統率や保護ができないという「日本の弱点」が生み出した光景が、逆に「強み」になっているのかもしれない。


 もちろん、本記事で例示したものは、インバウンド観光客が感じる日本の魅力の一部でしかない。年齢や性別、出身国などによって、好みは大きく変わるはずだ。しかし、まずはニッチ観光地の誕生による諸問題に対応していくためにも、「インバウンド観光客が、日本の何に魅力を感じているのか」を考え、議論すべきである。それは、これから日本のさまざまな場所がニッチ観光地となる可能性があるなかで、欠かせない視点ではないだろうか。


著者プロフィール・谷頭和希(たにがしら かずき)


都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家。チェーンストアやテーマパーク、都市再開発などの「現在の都市」をテーマとした記事・取材などを精力的に行う。「いま」からのアプローチだけでなく、「むかし」も踏まえた都市の考察・批評に定評がある。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』他。現在、東洋経済オンラインや現代ビジネスなど、さまざまなメディア・雑誌にて記事・取材を手掛ける。講演やメディア露出も多く、メディア出演に「めざまし8」(フジテレビ)や「Abema Prime」(Abema TV)、「STEP ONE」(J-WAVE)がある。また、文芸評論家の三宅香帆とのポッドキャスト「こんな本、どうですか?」はMBSラジオポッドキャストにて配信されている。



このニュースに関するつぶやき

  • 富士吉田の新倉富士浅間神社がそうだよ。日本人には知られてなかったが、外国人が大勢押し寄せる。「Japan」で画像検索すると出てくる景色だからだろう。
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