ディノ・ゾフ、ワルター・ゼンガ、ジャンルカ・パリュウカ、アンジェロ・ペルッツィ、ジャンルイジ・ブッフォン、ジャンルイジ・ドンナルンマ......。イタリア人の名GKは枚挙に暇(いとま)がない。
クラウディオ・タファレル(ブラジル)、エドウィン・ファン・デル・サール(オランダ)、サミール・ハンダノヴィッチ(スロベニア)など、多くの外国人GKがセリエAで大活躍した。今シーズンはマンチェスター・ユナイテッドとの契約が満了したあと、1年間フリーだったダビド・デ・ヘア(スペイン)がフィオレンティーナで鮮やかな復活を遂げている。
カルチョ・イタリアーノは「GK大国」だ。
そして今、その名手のリストに鈴木彩艶が加わろうとしている。
2024年夏、日本代表GKはシント・トロイデンからパルマにやって来た。シュートストップ、ハイボールの処理、1対1の対応、フィードなど、総合力の高さに定評のある鈴木だが、セリエAはGK大国であるがゆえ、厳しい評価も下される。日本のように、GKすべてを守護神などとステレオタイプには表現しない。
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さらに、旧態依然としたカテナチオ(イタリア語で鍵。ゴールに鍵をかけるという意)からは脱却したものの、守備に一家言を持つ識者が揃っている。GKやDFにとってハードルが高いリーグだ。「スズキは苦労するだろうな」との指摘も少なくはなかった。
しかし、鋭い反射神経でビッグセーブを連発したり、右足の正確なフィードで攻撃の起点になったり、新人GKとして申し分ない貢献度だ。半年ほど前、「日本人のキーパー?」「シント・トロイデンってどこのクラブ?」と懐疑的だったパルマサポーターも、今や完全に手のひらを返している。
「今後10年、パルマの守備は安泰だ」
「移籍金は1000万ユーロ(約14億円)。いい買い物だった」
【GK大国イタリアで認められた実力】
さて、鈴木はセリエAに挑む14人目の日本人であると同時に、GKとしては初参戦。1994年、ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)からジェノアに移籍した三浦知良を筆頭に、中村俊輔(レッジーナ)、本田圭佑(ミラン)、鎌田大地(ラツィオ)など、13人がフィールドプレーヤーだ。
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ローマに18シーズンぶりのスクデットをもたらした中田英寿、古豪インテルでキャプテンを務めた長友佑都、ボローニャで守備力の高さが絶賛された冨安健洋のような成功例はあるものの、失敗例も少なくない。柳沢敦(サンプドリア、メッシーナ)や小笠原満男(メッシーナ)、大黒将志(トリノ)は周囲の期待を完全に裏切った。
したがって、日本人は疑問視される。それでも鈴木は歴史のプレッシャーなど意に介さず、首脳陣とサポーターの信頼を早々と勝ち取った。21節現在、パルマは降格圏と1ポイント差の16位と苦戦しているが、鈴木のビッグセーブがなければより悲劇的な状況に陥っていただろう。
前半戦終了時点で記録したペナルティボックス内のセーブ数は、セリエAトップの46回。1月19日のヴェネツィア戦では、およそ70メートルにも及ぶロングフィードでエリアを挽回するなど、攻撃面でも貢献度大だ。
そんな活躍を見せる鈴木を、ヨーロッパのビッグクラブが放っておくはずがない。
あくまでも噂である。移籍市場は噂がひとり歩きし、いつの間にか現実になるケースもある怖い舞台とはいえ、具体的な交渉は一切ない。
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ただ、「スズキに興味津々」とされるクラブがマンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、チェルシー、バイエルンと、すべてワールドワイドな知名度を誇る名門ばかりだ。ひょっとして......と、ウキウキしてくる。
特にマンチェスター・Uは、一昨年の夏に続く再燃だ。インテルから加入後のおよそ1年半で、正GKアンドレ・オナナは失点に直結するミスが10回。前任者のデ・ヘアは12シーズンで17回。オナナを追放したくもなる。
クロスの目測を誤ったり、真正面のシュートをファンブルしたり、不安定このうえない。自信を失ったのか、近頃は守備範囲まで極端に狭くなってきた。
首脳陣がオナナに見切りをつけ、新GKのひとりに鈴木をリストアップしている可能性も、あながち否定できない。
【今冬の移籍は考えられない理由】
マンチェスター・Cに関しては、妄想の類(たぐい)である。一時、エデルソンにサウジアラビアのアル・ヒラルが急接近と言われたため、一部メディアがその延長戦上に鈴木を無理やり結びつけただけだ。
むしろ、チェルシーが現実的だ。レギュラーGKのロベルト・サンチェスは軽率なミスが目立ち、最終ラインに安定感をもたらしていない。昨年夏にビジャレアルから移籍してきたフィリップ・ヨルゲンセンがプレミアリーグに馴染めないため、エンツォ・マレスカ監督はやむを得ない選択としてサンチェスを起用しているだけだ。
いい意味でも悪い意味でも、チェルシーはビジネスライクなクラブだ。アジアのマーケットを意識した鈴木獲得は十分に考えられる。ただ問題は、サンチェスとの契約が2030年6月まで残っていることだ。長期契約を解除する場合は莫大な違約金が発生し、交渉に支障をきたす。現場が鈴木を欲しても、金銭的に難しくなる
金銭的なトラブルを避けるなら、バイエルンがベストだ。健全経営を務めるブンデスリーガが天文学的な移籍金を全否定しているからだ。なおかつ、長い間バイエルンを支えたマヌエル・ノイアーが38歳という年齢から衰えを隠せず、新GKの補強は急務になっている。
衛星テレビ局『sky sports』は「ケルンに所属するドイツ21歳以下代表のヨナス・ウルビヒと合意」と報じているものの、バイエルン側が提示したオファーは2度も断られたという。鈴木に方向転換するのだろうか。
今冬の移籍は考えられない。GKはデリケートなポジションだけに、シーズン中に手をつけるのはリスクが大きすぎる。
だが、半年後には「ZION SUZUKI」の名が移籍市場を賑わせるに違いない。
噂が現実となり、世界的な名門が名乗りを挙げるのか、ポゼッションできるGKを欲するウェストハムやニューカッスルなど、プレミアリーグの古豪が鈴木を競り落とすのか。ほんのひと昔前までは見向きもされなかった日本人のGKをめぐり、悲喜こもごもの情報戦が繰り広げられる。
【岡野俊一郎氏の切なる願い】
日本サッカー協会の会長を務め、サッカー中継の名解説者としてもお馴染みだった岡野俊一郎氏(故人)は、つねづね心配されていた。
「粕谷さん、日本サッカーの弱点はキーパーだよ。ヨーロッパのクラブにスカウトされる人、興味を持たれている人、いないでしょ。日本人でワールドクラスのキーパー、いつになったら出てくるのかなぁ」
鈴木彩艶という、特大のポテンシャルを持つ若者が現れた。ヨーロッパのメガクラブも注目する今、半年後には超大型契約を勝ち取るかもしれない。
空の彼方で、岡野さんもきっと見守っている。