メディア環境の激変で大きな転換点にある放送界。メディア論の第一人者である上智大学の音好宏教授による論考の後編では、2025年の課題などについて展望する。放送開始から100年目を迎えたNHKのネット業務の必須化や、70年の節目を迎えたケーブルテレビ、いま放送コンテンツに求められるものなどを論じる。
2025年がスタートした。日本の放送界にとって、2025年はどのような年になるだろうか。
今年は、日本で放送が始まって100年目にあたる。100年前の1925年3月22日、日本初の放送局となる社団法人東京放送局(JOAK)が、東京・芝浦の東京高等工芸学校内に設けた仮設スタジオを使ってラジオ放送を開始したのが、その始まりである。
1920年に、米国・ピッツバーグで、電機機器メーカーのウェスティングハウス社傘下のKDKAが世界最初のラジオ放送を開始してから、遅れることわずか5年で、日本でもラジオ放送を始めたことになる。日本でラジオ放送の開始を急ぐことになった背景には、1923年に発生した関東大震災の教訓があったとされる。
災害対応を期待される放送関東大震災は、日本の政治経済の中心となっていた首都圏に甚大な被害をもたらすとともに、流言飛語や風評被害も横行。それによる集団暴行といった痛ましい事件も発生している。関東大震災の発生時に、もしラジオ放送が始まっていたならば、人々の命を救い、被害を減らすことができたのではないかというラジオ放送への期待が、ラジオ放送のスタートを早めたとされる。
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日本において放送は、そのスタート時から自然災害にあたって、人命を守り、被害をできるだけ少なくするために有用な情報提供の装置として、一定の役割を果たせるという社会的な期待が高かったと言える。
それから100年。2025年1月は、能登半島地震から1年、阪神淡路大震災から30年目にあたる。1月には、関連番組が編成されているが、他方において、近年、多発する自然災害や近い将来発生する可能性が高いとされる南海トラフ地震への対応などもあり、制度的・組織的対応への関心も高まっている。
2024年10月に発足した石破茂政権は、11月の衆院選で大敗。石破首相は、少数与党を率いて厳しい国会運営を強いられている。そのため、石破政権として、特色ある政策をなかなか出せないでいるなかにあって、石破政権の目玉政策として、防災庁の設立の動きがある。
放送政策においても、放送分野で、より積極的な災害対応を可能にするための政策検討が始まろうとしている。この防災庁の立ち上げ、並びに、それに関連する防災に関わる放送政策の検討は、今年の注目すべき動きとなろう。
100年目を迎えたNHKさて、先に触れた通り、100年前の1925年に東京放送局(JOAK)の開局によって日本の放送がスタートしたが、これに続き、社団法人大阪放送局(JOBK)、社団法人名古屋放送局(JOCK)が次々と開局。翌年、この3局が統合して社団法人日本放送協会となる。この組織は、戦後、GHQが進めた放送制度改革の下で、その制度的位置づけを再定義されながらも、今日のNHKに引き継がれてきた。
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そのNHKにとっても、放送開始から100周年を迎える2025年は、大きな転換点の年となる。
2024年5月、NHKが必ず行わなければならない必須業務に、これまでのラジオ放送、テレビ放送、放送に関する研究に加えて、インターネットを通じて番組などを提供することを加える改正放送法が国会で成立。これにより、NHKのインターネットを通じての番組提供業務が、受信料制度のなかに位置づけられることとなった。
この改正を受けてNHKでは、この10月から、テレビ受像機を設置せず、ネット配信のみでNHKのサービスを利用する場合の受信料額を、地上契約と同じ月額1100円とすることを発表している。もちろん、すでに受信料を支払っている世帯は、追加の負担なくサービスを利用できることになる。
他方で、前田晃伸・前NHK会長の下で行われたNHKのスリム化改革の一環として、ラジオ放送は、2026年3月末に、現在の3波から、「新NHK AM」、「新NHK FM」の2波に再編し、ラジオ第2で放送している語学などの教育番組は原則FMで放送することになると発表している。
デジタル化の波により、メディア環境の変化が激変するなかで、NHKにとって、インターネットを通じての番組提供業務の必須業務化は、NHKの将来に道を拓くために必ず行わなければならない重要な改革とと位置づけられてきた。
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その検討が本格化したのは、2000年ごろからという。言わば、四半世紀に及ぶNHKの悲願でもあった。その意味では、インターネットによる番組提供業務の必須業務化は、NHKにとって、歴史的な転換点を迎えたことになると言ってもよいだろう。
もちろん民放局においても、動画配信サービスの普及の広がりやネット結線したCTV(コネクテッド・テレビ)が浸透する状況などを受け、TVerを共通ポータルとして積極的に展開しつつ、在京・在阪民放局を中心に、独自にオン・デマンド・サービスなど、インターネット上での番組/コンテンツ展開、ビジネス展開を進めてきた。この流れは、今年もますます進むであろう。
他方において、昨今、特に注目されているのが、インターネット上で提供される情報に含まれる偽情報・誤情報によるトラブルの急増であり、インターネット空間で、情報の信頼性をどう担保していくのかは、民主主義を標榜する西側先進諸国で共通する問題となっており、その方策が問われている。SNS等のインターネットを経由した情報への接触の急増により、フォルターバブル(※1)、エコーチェンバー(※2)といった偏食的な情報接触が、社会認識に対する分断を生む危険性が指摘されている。
※1 フィルターバブル
インターネットユーザーの好みを学習した検索エンジンなどのアルゴリズムによって、好みの情報ばかりが届くこと。また、そうした情報が「泡」のようにユーザーを囲んでフィルターのような働きをし、自分とは違う意見や情報に接しづらくなっている状態を指す。
※2 エコーチェンバー
直訳すると「反響室」。SNSにおいて、価値観の似た者同士で交流、共感し合うことにより、同じような意見や思想が増幅されること。
加えて、インターネット上を流通する情報接触の度合いが高まるなかで、信頼度の高い生活情報や社会情報が安定的に提供できる環境が求められている。その方策の一つとして、ネット空間で、より信頼性の高い社会情報の流通を促進するプロミネンス制度(※3)については、すでに西ヨーロッパの一部の国で制度化が進められている。
日本においても、2023年より、その制度的導入の可能性が総務省などで進められているが、2025年は、それらの論議がより活発化することが予想される。
※3 プロミネンス制度
プロミネンスは直訳すると「目立つこと、突出」。社会生活において重要で信頼性の高い情報を目立たせ、国民のアクセス機会を確保するため、表示の仕方など一定の措置を義務付ける制度。
冒頭で、今年はいろいろな節目の年と述べたが、日本のケーブルテレビについても、スタートしてから、70年目の節目にあたる。
日本のケーブルテレビは、1955年に群馬県伊香保温泉にNHKの共聴施設がスタートしたことで、その歴史が始まった。自主制作チャンネル(コミュニティ・チャンネル)を含む、番組供給事業者からの番組を提供することで、1990年代から2000年代にかけて、日本の多チャンネル化を牽引してきた経緯がある。その後、ケーブルテレビは、インターネット事業、電話事業といった電気通信事業へ、そのビジネス領域を拡大してきた。
ところが、2010年代後半になると、インターネット上での動画サービスの伸張により、ケーブルテレビにおける放送事業領域のビジネスの伸び悩みが顕在化してきている。すでに米国では、ケーブルテレビとの契約を解除し、動画配信サービスにシフトする「コードカット」といった現象が、ケーブルテレビ事業者を襲っている。
ケーブルテレビ事業における放送事業領域の低迷は、衛星放送事業においても言えることで、2025年は、衛星プラットホーム料金(トラポン代)の値下げなど、衛星放送事業者からその事業環境整備を求める声が、より一層、高まるであろう。
放送コンテンツに求められるものさて、2025年の放送コンテンツはどのように展開するであろうか。容易に予想されるのは、インターネット空間との連動・展開が、より一層進むことである。それは先に見たCTV化とも重なる。
また、放送コンテンツの出し口については、2次利用、3次利用といったその展開の過程で、制作当初から国内のみならず、海外をも意識した計画が増えていくことになるのではないか。
若者の「テレビ離れ」や、「テレビはオワコン」といった声がある一方で、日本における映像コンテンツの制作能力では、いまだにテレビ局がその先頭を走っていることは確かである。そのことをあわせて考えると、テレビ放送らしい、テレビ放送ならではの映像コンテンツのプレゼンスをどう示せるかが、一つの試金石かも知れない。
そのことからすると、今年は、終戦から80年目でもある。また、昭和になってから100年目。「昭和100年」でもある。特定のイデオロギーに偏ることなく、丁寧な取材と事実に基づいての歴史の振り返り、そして戦後史を振り返る映像作品を作ることができるのは、現状においては、既存のテレビ局が、最もその力のある組織といえる。
その意味においては、テレビ放送の制作力、取材力、社会への問題提起力が試される年ともいえる。
同様に、インターネットとの融合時代であるからこそ、生番組の力が最も光るジャンルの一つがスポーツ中継である。昨年の日本のテレビ・スポーツは、ドジャース・大谷翔平選手の活躍に随分と依存したところもあったが、2025年もその状況は続くのか。大谷人気がどこまで続くのかはわからないものの、佐々木朗希選手が、ドジャース入りを決めたこともあり、話題には事欠かないだろう。
また、今年国内で開催される国際的なスポーツイベントとして注目されるものの1つは、何といっても、9月に東京で開催される世界陸上だろう。世界陸上は、2007年の大阪大会以来、18年ぶりの日本での開催となる。昨年のパリ五輪で活躍し、注目選手となったやり投げの金メダルリスト・北口榛花、中・長距離の田中希実、競歩の池田向希らへの期待は大きい。
放送コンテンツのパワーを示すことこそが、テレビの未来を切り拓くことになろう。その意味においても、信頼性もある、面白い放送コンテンツを次々に社会に発信して欲しい。
<執筆者略歴>
音 好宏(おと・よしひろ)
上智大学新聞学科・教授
1961生。民放連研究所所員、コロンビア大学客員研究員などを経て、
2007年より現職。衆議院総務調査室客員研究員、NPO法人放送批評懇談会理事長などを務める。専門は、メディア論、情報社会論。著書に、「放送メディアの現代的展開」、「総合的戦略論ハンドブック」などがある。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。