どうしていつも雨ばかり降るんだろう?〜グラスゴー(1)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

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2025年01月25日 08:50  週プレNEWS

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グラスゴー大学のメインキャンパス。中はハリー・ポッターの世界

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第87話

2015年、「留学」を経験していない筆者に、長期間の海外出張のチャンスが巡ってきた。当時学んでみたかった「分子系統学」「分子進化学」について調べると、滞在先としては申し分ない、ニューヨーク・マンハッタンにいる研究者が見つかったのだが......。

* * *

■アカデミアにおける「留学」とは

私はこれまで、留学したことがない。

これはこの連載コラムでも何度か書いたことがある自己紹介である。しかしこれは実は、半分が本当であり、半分が嘘である。

というのも、これは「留学」の定義による。就労ビザを取得し、外国のどこかの研究機関で雇用されて働くことを「留学」と呼ぶのであれば(ちなみに一般的に、「アカデミア(大学業界)」における「留学」とはこういうことを指します)、私にはそのような経験はないので、やはりこれまで紹介したことに嘘はなく、「留学」の経験はない。

しかしもし、研究活動を目的として外国に長期間滞在することを「留学」と呼ぶのであれば、話はちょっと変わってくる。この場合、「長期間」というのがいったいどのくらいの期間を指すのかにもよるが、私は実は、数ヵ月の間、外国の研究機関に滞在した経験がある。

当時在籍していた京都大学に雇用された身分はそのままだったし、給与も京都大学から出ていた。数ヵ月の滞在だったし、留学先から給与をもらっていたわけでもないので、就労ビザも取得していない。であるので、私の感覚では、これは「短期留学」というより、「長期出張」にあたるライフイベントだったと解釈している。

■マンハッタンへ!!!

さて、今からさかのぼること10年の2015年。京都大学ウイルス研究所の助教だった私は、望外な大型研究費を得る機会に恵まれた。その経緯はここでは割愛するが、30代前半のいちスタッフにも関わらず、ポスドクをふたり雇用してあまりある研究費を得たのである。これによって私の研究チームも安定したし(実は、結果的にはそんなことはまったくなかったのだが、これもやはりここでの本題ではないので割愛する)、少しくらい私がラボを空けても大丈夫だろう、という算段もついた。そしてなにより、幸いにして研究費が潤沢であったので、長期間海外に出張することもできる余裕があった。

「留学」を経験していなかった私は、今こそがその機会と踏んで、数ヵ月間滞在するための「行き先」を探し始めた。実はその時点で、私の中ではすでに学んでみたいことがひとつあった。「分子系統学」あるいは「分子進化学」と呼ばれる研究手法である。

それまで私は、エイズウイルスについて、細胞やウイルスを使った、「実験」をベースにした研究を進めていた。それは、「分子生物学」や「細胞生物学」という研究手法を駆使したウイルス学である。しかし、エイズウイルスについてのアメリカの学会に参加する中で(52話)、ウイルスの進化について言及できる研究手法・体系があること、そしてそれが、「分子系統学」あるいは「分子進化学」と呼ばれる研究手法であることを知る。

――なにそれ、めっちゃ面白そう。「進化」という人類最大の謎のひとつに、科学的に言及できる研究体系があるなんて。

その研究方法の魅力に一瞬で取り憑かれた私は、素人ながらいろいろ調べ始める。これもここでは余談になるが、そんな中で知り合ったのが、G2P-Japanの初期の活動で密に連携していた、東海大学のNである。

「実験」をベースにした研究の場合、ひとつの成果をまとめるためには、最低でも数年単位の時間を見込む必要があるのが常である。研究テーマの設定、研究環境への適応、実験系の立ち上げとその円滑な遂行、などなど。

そのような、細胞やウイルスを使った「実験」をベースにした研究のことを、最近では「ウェット・サイエンス(wet science)」などと呼ぶ。それに対し、「分子系統学」あるいは「分子進化学」と呼ばれる研究手法で扱うのは、遺伝子配列などの「情報」で、それをパソコンで解析するのである。実験をベースにした「ウェット・サイエンス」に対し、実験を伴わず、「情報」を扱い、コンピューターで完結するような研究手法のことを「ドライ・サイエンス(dry science)」と呼ぶ。

このような「ドライ」な研究を学ぶことが目的であれば、数ヵ月くらいの滞在でも充分に学ぶことができるかもしれないし、ちょっとうまくやれば研究成果を論文にまとめることさえできてしまうかもしれない。

ここまで目的を絞ることができれば、あとは行き先を決めるだけである。いろいろ調べてみる中で、ドンピシャな研究者を見つけた。

その研究者の名前はロバート・ギフォード(Robert Gifford)。彼はニューヨークにあるロックフェラー大学附属(当時)の、アーロン・ダイヤモンド・エイズ研究センターに在籍していた。エイズウイルスに近縁な「内在性レトロウイルス」を専門に研究していて、ウェブサイトに載っている写真を見るかぎり、かなり若そう。ウイルスと宿主の進化、「ドライ」な研究手法、「分子系統学」や「分子進化学」を学ぶには最適だし、なによりその場所は、世界のウイルス研究の最先端たるニューヨークのマンハッタンである。

すべてにビビッときた私は、彼にコンタクトを取ってみた。「私は日本の京都でエイズウイルスの研究をしている佐藤佳というものです。今は実験ウイルス学を専門にしていますが、あなたの研究にとても興味があります。滞在の諸費用はすべてこちらで負担しますので、あなたのラボに数ヵ月滞在させていただいて、あなたの研究を学ばせていただけないでしょうか?」

しばらくして、彼から返事がきた。

「嬉しい連絡をありがとう。もちろんOKだ。でも俺、いまは独立してグラスゴーにいるから、そこんとこよろしく」

――グラスゴー?

※(2)はこちらから

文・写真/佐藤 佳

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