後編:渡辺康幸が振り返る箱根駅伝
2016年から箱根駅伝の第1中継車のテレビ解説を務める渡辺康幸氏(住友電工陸上競技部監督)の第101回大会総括。
後編では、総合優勝を果たした青山学院大が圧倒的な存在感を見せつけた山の特殊区間(5区・6区)で強さを発揮するための方法論についての解説、そしてひと足早く来シーズンを展望してもらった。
*本文は渡辺氏の一人称構成
【山区間は感覚だけでは走れない】
青学大は5区の若林宏樹選手(4年)が区間新記録の1時間09分11秒で中央大を逆転して往路優勝のゴールテープを切り、6区の野村昭夢選手(4年)が史上初の56分台(47秒)の驚異的な走りで総合優勝を決定づけました。エースが集う花の2区の黒田朝日選手(3年)の走りもすばらしかったですが(1時間05分44秒の区間新、区間3位)、差が開きやすい山区間のインパクトは、今回も大きいものでした。
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なぜここまで長年にわたり山区間で強さを発揮する選手が継続して出てくるのか。その質問に対して、特に5区について、私なりの分析をしてみたいと思います。
将来的に日の丸を目指す選手は2区、3区に起用されることが多いですが、比較的、山の上り下りは専業として、ほかの大会出場を控えながら箱根のためだけに1年を通して準備しているチームが多いと思います。あのような長い、しかも角度のあるコースを上ったり、下ったりするコースは、世界でもほぼ例がないわけですから、かなり特殊です。
しかもジョグではなく全力で走るわけですから、やはり入念な準備が必要となります。シミュレーションの練習で全力で走り、どの段階で乳酸が溜まるかなど、まずはコースの特徴を体に染み込ませる。そこから自分に足りないものをどのような練習で補っていくのかを、選手と指導者が確認を行ないながら進めていく。それが押していく持久力なのか、根本的なスタミナなのかを、1年を通して、短くても2〜3カ月くらいかけて準備して当日を迎えるのがオーソドックスな取り組み方だと思います。
山の神として実績を残した柏原竜二さん(東洋大OB)や神野大地選手(青学大OB、現・MABP)はじめ、5区のスペシャリストはだいたい同じコツを説明してくれます。大きく言えば、前半は絶対に突っ込まずに大平台から宮ノ下あたり(7〜9km地点)まではウォーミングアップ的に走り、そこから徐々にアクセル踏んでペースを上げ、ホテル小涌園あたり(12km手前)からアクセルを踏み込んで最高点(標高874m、16kmすぎ)までエンジン全開で上げていく展開が王道の攻め方のようです。
これも2区と同様に、マネジメントであり、5区を走るうえでの選手のセンスが問われる部分です。柏原さんは1年目から驚異的な走りを見せたのは、センスを備えていたことだと思います。ペース配分と自分の体の状態を照らし合わせながら、レースをクリエイトしていく。
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もちろん無理のない前半の突っ込み方なら問題ないのですが、やっぱり突っ込んでしまう選手は無理していってるケースのほうが多い印象を受けます。それだけの準備が必要となるので、いくらスピードやスタミナがあっても、感覚だけで乗りきれるほど甘くはない区間なのです。
【来年は4〜5強の勢力図に?】
来年は、全体的に1強ではなく4〜5強の勢力図で箱根を迎える気がします。
青山学院大は主力の4年生6人が抜けますが、2区の絶対的存在となった黒田朝日選手(3年)はよりパワーアップするでしょうし、選手層から見て強いでしょう。5区・6区のふたりが抜けるのが未知な部分ですが、誰か候補が台頭してくるチーム文化があるので、そこまでマイナスとはならない気がします。
ほかでは安定感の駒澤大、今季の経験を糧にできる國學院大、個の強さがあり爆発力を備えた中大と早稲田大がどのようなチームに成長していくのか。駒大、早大は実績を残した山区間が残ることがアドバンテージとなります。
総合2位の駒大は、藤田敦史監督が佐藤圭汰選手(3年)を3区か7区かで迷ったようですが、来年を見据えれば、結果的に3区に谷中晴選手、4区に桑田駿介選手のルーキーふたりを往路で経験させたこと、完全復活をする佐藤選手に5区の山川拓馬選手(3年)が軸となり、総合タイムも10時間44分07秒だったので、さらに期待ができます。今回は復路優勝、特に8〜10区で好走した2年生(安原海晴、村上響、小山翔也)世代もいい走りをしたように、今季指揮官として2年目の藤田監督の育成がチームに好循環となり始めている印象です。
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主力では篠原倖太朗選手(4年)が抜けるだけですので、おそらく来季は「箱根総合優勝」を明確な目標として臨んでくると思います。
今季二冠で箱根は3位に終わった國學院大は優勝候補のプレッシャーもあり、平林清澄選手(4年)が一人で背負った部分も多く、最終的に山で散った形になったのですが、前田康弘監督は「山を制するものが箱根を制する」ということを、本当に身にしみて感じたのではないでしょうか。やっぱり山の2区間をしっかり育てないと勝てないと強く感じているはずなので、その部分に力を入れてくるのではないでしょうか。
得てして大エースが抜けた翌シーズンにはその危機感からみんなで頑張らなければという空気が生まれチームがより結束するケースもあります。國學院大は3年生以下の各学年もしっかり成長しているので、強いチームになってくるはずです。
個人的には私の母校、Wのチーム(早稲田)にも期待しています。もともと推薦枠で取れる選手に限りがあるので、王座を狙うサイクルにハマる回数が他の強豪に比べて少ないですが、来季はついにその時が来たと言えます。エースの山口智規選手(3年)、5区で「山の名探偵」として地位を築いた工藤慎作選手(2年)を中心に、強力な新入生も入ってきますし、私が監督の時に勝ってから14年経っているのでOBもそろそろ優勝を見たい(笑)。瀬古(利彦)さんも楽しみにしています。
中大は前回大会で総合優勝を狙いながら大会直前にチームに体調不良者が続出し、今回は出雲、全日本と全く噛み合わなかったのですが、箱根では1区の吉居駿恭選手(3年)の飛び出しもあり、噛み合ったらこんなに強いチームになるんだということを再確認させてくれました。3区区間賞の本間颯選手(2年)も含め、出走10人のうち8人が残るので、強いと思います。
創価大は主力の4年生が抜けますが、チーム力は高いですし、城西大はヴィクター・キムタイ選手、斎藤将也選手(ともに3年)という1年生から主力を務めるふたりがいるので、シード争いでは上位候補になるでしょう。
2区終了時点の19位から逆襲し20年連続でシード権を手にした東洋大は下級生がいい経験を積めましたし、終盤の粘りで10位に滑り込んだ帝京大はチーム文化として粘りを見せると思います。
今回シード落ちしたチームでシード争いに絡んできそうなチームでは、大東文化大、日体大、立教大、下級生の多い順天堂大あたりでしょうか。
青学大が2年連続で大会記録を更新し、10時間41分19秒まできましたが、10時間40分切りとなると、もう少し時間を要する気がします。ただ、その一方で11位の順大が10時間55分05秒でシード落ちしたように、各区間での記録レベルの上昇など高速化の流れは変わらず進んでいくことは間違いないのではないでしょうか。
⚫︎プロフィール
渡辺康幸(わたなべ・やすゆき)/1973年6月8日生まれ、千葉県出身。市立船橋高−早稲田大−エスビー食品。大学時代は箱根駅伝をはじめ学生三大駅伝、トラックのトップレベルのランナーとして活躍。大学4年時の1995年イェーテボリ世界選手権1万m出場、実業団1年目の96年にはアトランタ五輪10000m代表に選ばれた。現役引退後、2004年に早大駅伝監督に就任すると、2010年度には史上3校目となる大学駅伝三冠を達成。15年4月からは住友電工陸上競技部監督を務める。学生駅伝のテレビ解説、箱根駅伝の中継車解説では、幅広い人脈を生かした情報力、わかりやすく的確な表現力に定評がある。