松重豊さんが、初の監督・脚本と主演をつとめた『劇映画 孤独のグルメ』。「コケたらもう(井之頭五郎役は)やらない」と言っていた松重さんだが、1月10日の公開から18日間で観客動員数50万人を突破と絶好調で、なかなか“引退”はできなそうだ。
映画化と原作漫画誕生30周年にあわせて、渋谷パルコで「孤独のグルメ博」(〜1月20日)が開催され、1月12日、原作者の久住昌之さんと、南インド料理店『エリックサウス』総料理長で数々の著作がある稲田俊輔さんによるトークショーが行われた。
『劇映画 孤独のグルメ』では、五郎の元恋人の娘(杏が演じる)がパリにいるという設定で、ラブストーリー要素に驚いた観客もいたようだ。だが、30年前に描かれた原作漫画には、この「パリの恋人・小雪」が登場しているのだ。
稲田さんはもちろん、当日の観客も原作漫画を読み込んでいる深いファンぞろい。「あの回で」と言うと、みんな「ああ〜!」とうなずく。原作ファンにとってはたまらないトークの一部を紹介しよう。
◆漫画では、五郎はけっこう店選びに失敗する
久住:「孤独のグルメ博」では、谷口ジローさんの驚異的とも言える原画をみなさんに見てもらえて、原作者としても感無量でした。
稲田:『トリビュートブック 100%孤独のグルメ』で、浦沢直樹さんや江口寿史さんが描いたトリビュート漫画の原画も見られましたね。面白かったです。
久住:『トリビュートブック』は、他にも吉田戦車さん、大根仁監督、そして稲田さんも書いてくださり本当に感謝です。みなさんよく読み込んで自分なりの『孤独のグルメ』に昇華してくれてるなあと嬉しかったですね。
稲田:原作漫画を何度も読んでいて気づいたんですけど、漫画の五郎ちゃんは、気まずい思いをしたり、あんまりおいしくなさそうだったり、けっこう「失敗」していますよね。それで、各エピソードに勝ち・負け・引き分けで〇×△を付けて勝率を計算してみたんですよ。
久住:ええ?そんなことする人いませんよ(笑)。
稲田:計算したらですね、五郎ちゃんの勝率は、6割8部8厘。
久住:ははは、意外に低い。
稲田:ドラマだと、基本100%勝ってますから、そのイメージしかない方は、原作の勝率の低さに驚くのではないでしょうか。
久住:負け戦(笑)。どれが負けてましたっけ?
稲田:まずはいきなり1巻2話「東京都武蔵野市吉祥寺の廻転寿司」。五郎ちゃんが何度注文しても、店員さんに聞きとってもらえない。いきなり連載2回目で負け戦にしたっていうのは、一体何を狙っていたのか、何がしたかったのか?と。こんな漫画はほかにないですよね。
久住:『孤独の“グルメ”』と名付けていますが、いわゆる“グルメ漫画”を書く気持ちは最初から全然なかったです。
◆1995年の漫画にあった、映画の伏線とは
稲田:その後は、1巻5話「群馬県高崎市の焼きまんじゅう」。
久住:このあたりで少し遠出してみようということで高崎まで行ったんです。
稲田:「なんだか…素朴な味だなァ」「これは思ったとおり……複雑な甘さだ」というのは、五郎ちゃんは多分、美味しいとは思っていないですよね。でもあえてネームにそういうこと書かなかったのが渋くていいなあと。
全体的に「なんだかなあ……」感が漂っているのですが、この回は負けとまでは言えなくて、自分の中では引き分けの△。
そしてこの回は、映画版につながる伏線が描かれているんですよね。
久住:そうそう、五郎のパリでの恋の思い出。30年も前に書いた一話のサイドストーリーが映画に使われて、しかも映画に出てくるのはその元恋人の娘。面白いですね。
◆あの五郎に恋人がいた設定にしたわけ
稲田:五郎って、いわゆる朴念仁的なキャラクターだと思ってたから、パリで恋人と別れるシーンは、みんなショックを受けたんじゃないでしょうか。「なんだよ、リア充だったのかよ!」って(笑)。なぜ、あの五郎ちゃんに突然、色男要素を入れたんですか?
久住:当時、編集者と話していて、「五郎は独身だけど、ずっと恋人がいなかったというのもつまらないか」と。五郎は輸入業者として外国に行くから、「パリとかで女性と付き合ってたことにしませんか」と言ったら、編集者が「それいいですね!」って。それでどんどん話を広げて「相手は女優ってどうですか」って(笑)。
稲田:謎のホップステップジャンプで設定が決まったんですね。あのパリの回想シーンは、ドラマ版だと日本で撮っていましたよね。
久住:そうなんです。船橋のマンションの屋上で(笑)。どう見たってパリではない。団地の屋上(笑)。そこにテロップで「パリ」って入ってる(笑)。別カットでは遠景に布団が干してあるのとかも映り込んでたとか(笑)。
◆伝説の「アームロック回」をどう解釈する?
稲田:あと「負け戦」で言うと、一番重要なのが、伝説の「アームロック回」(1巻・12話「東京都板橋区大山町のハンバーグ・ランチ」)。
久住:確かにあれは「大負け」ですね。
(編集部注:客の前で、店主が外国人スタッフ「呉くん」を、ひどく叱りつける。見かねた五郎が、店主にプロレス技をかけてしまう。呉くんは「やめて!それ以上いけない」と五郎を止める)
稲田:あの話で、昔から気になってたことがあるんです。一般的な解釈だと、呉くんの「それ以上いけない」発言は善意に基づくというか、厳しい店主に思いやりをかけた、とされているわけですよね。
久住:そうですね。
稲田:でも僕は、絶対「善意」だけじゃないよな、と思ってて。内心は、もっといろいろあったはずです。
そこを、『トリビュートブック 100%孤独のグルメ』の中で、カレー沢薫さんがズバッと漫画で指摘されていたでしょう。「自分はこれからもここで働き続けなきゃいけないのに、二度と店に来ないであろう通りすがりの客がその場の勢いでひっかきまわす軽率さ、無責任さを責めている目なのでは」と。僕は胸がすく思いがしました。
久住:僕も、あの原作を書くときに「呉くんには複雑な思いがある」と思ってました。でもそこは文章で詳しくは書かずに、解釈は谷口ジローさんにお任せした。そしたら漫画に、呉くんの微妙な表情が描かれていて、こうなったか!と嬉しくなった。
稲田:最後の「あいつの、あの目…」というところ。
久住:そう。どっちとも取れるような、ちょっと悲しいような、困っているような、あの目ね。谷口さんの作画のすばらしさです。実は見返すと五郎にも複雑な顔、ぼんやりした顔、間抜け顔があって、それが物語を微妙に面白くしてる。
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2人のトークのあと、特別編『それぞれの孤独のグルメ』(テレビ東京)11話に登場した女優・平祐奈さんと久住さんのトークショーもあった。
最後は、久住さん率いるバンド「ザ・スクリーントーンズ」のライブが(知らない人もいるが、ドラマ『孤独のグルメ』の音楽はほぼすべて、「ザ・スクリーントーンズ」が作って演奏している)。
生演奏に合わせて、お客さんたちも「♪ゴロー、ゴロー、い・の・がしら、ふ〜ん」と大合唱。これ以上ない幸せな空間だった。
<文・撮影/日刊SPA!取材班>