「集英社グランドジャンプめちゃ」で連載中の、セックス依存症を発症した作者の実話をもとに創作された漫画が『セックス依存症になりました。』だ。自身の行動をコントロールできなくなり、日常生活に大きな支障をきたす状態を依存症という。アメリカでは、成人の約3%から6%がセックス依存症に該当する可能性があるとされている。依存症は大きく分けて、アルコールや薬物などの「物質への依存」とギャンブルやセックスなどの「プロセスへの依存」の2種類がある(厚生労働省「依存症についてもっと知りたい方へ」より)。共著者で作画担当の津島隆太氏にその実態を聞いた。
◆セックス依存症について社会に訴えたかった
津島氏は、父は大手企業の会社員だったが、アルコール依存症だった。酒を飲み、殴る蹴るをする父に、母は共依存し、逆らわずお酒を運んでいた。母は、子どもの津島氏に「私、子ども、嫌いなのよね」というような女性で、両親ともに子どもの教育に厳しかったという。
なぜ、自身の経験を漫画にしようと思ったのか聞いた。
「子どもの頃から漫画家になりたいと思っていました。描こうと思ったのは、回復過程で、セックス依存症の問題を社会的に訴えたいと思ったからです」
漫画家を目指していた津島氏だが、親の希望により高校卒業後は服飾専門学校に進学。親のコンビニ経営を手伝うために、実家に戻るが、20代後半の時にコンビニが倒産する。そこから20年弱は、漫画家のアシスタントとして、ブラック労働に従事した。それが、セックス依存に陥るきっかけにもなった。
◆ブラックだった漫画家アシスタントの仕事は時給500円以下
アシスタントの仕事は、忙しい時期は、週5日の泊まり込みだった。月収は15万円に届かず、作家さんが休みになると、無職になるという不安定な環境だった。そのストレスから、うつ病を発症し、精神科病院に通院するようになる。
「抗うつ薬を2年半服用していました。それで、双極性障害のようになっていました。最初は、仕事のストレスを発散するために、出会い系アプリを始めました。最大で7人のレギュラーメンバーの女性と毎週会っていました」
ブラック労働や、会社の重役など、ストレスフルな人は、なる可能性が高いという。そんな生活の中で、津島氏はだんだんと、自分の性欲をコントロールできなくなっていった。
「配慮のあるセックスができなくなっていきました。安心・安全な行為では興奮しないし、逆に悲しくなったり、つらくなったりしました。セックスの際に、“豹変する”と女性から言われていましたが、“性的に強い”と言われているように感じました。口調や行動が荒くなっていきました。時と場所も選べなくなり、多目的トイレや廃墟でもしました」
依存症になると、自分のリスクを考えられなくなる。避妊をしなくなるなど、倫理観もおかしくなっていった。だが、依存症は「否認の病」だと言われる。自分が依存症だと認めることは怖かったという。そんな津島氏が、本当に「まずい」と分かったのは、30代後半から付き合いだした女性との壮絶な別れ話がきっかけだった。
◆40歳間近で女性にハンマーで殴られバリカンで丸刈りにされる
作中の元彼女“ハンマーちゃん”とは、共依存関係に陥った。別れるときはハンマーちゃんから、ハンマーで全身を殴られ、バリカンで丸刈りにされる。
「ハンマーちゃんと付き合っているときは、元彼女と連絡を取っていただけだったのですが、別れ話になりDVとなりました。40歳間近で、丸坊主で、全身傷だらけになり、“こんな自分は嫌だ”と思いました。だけど、セックスをしなきゃいけないという焦燥感があり、“いよいよ、おかしいぞ” となりました」
そこから、依存症に強い精神科病院に行くこととなる。
「依存症患者は“底付き体験”をしないと治療につながりません。ハンマーちゃんとの出来事が底付き体験でした。依存症だと自覚して病院に行ったので、診断が下った時は、安堵しました。病気ということは、自分の本質の問題ではないと分かったからです」
病院から、依存症のグループミーティングや自助グループにつながり、参加するようになった。
◆不倫・風俗・盗撮・痴漢行為を辞められない人たち
津島氏が連載をスタートし、1話目をSNSに拡散すると、多くの相談が寄せられたという。
「1話目をXで拡散したところ、“質問箱”には、4000件もの相談が寄せられました。まだ、半分くらいしか返信できていませんが、悩んでいる人は多いのだと思いました」
相談の内容は、旦那さんや自分が、不倫を辞められない・借金をしてまで風俗に通ってしまう・盗撮が辞められない・未成年とセックスしてしまい捕まってしまったなど、深刻なものが多かった。
「依存症の治療には、トラウマ治療やグループミーティングや自助会への参加があるのですが、自分には、トラウマ療法が一番効果的でした」
そのトラウマ治療の中で自分自身が父親の性被害者だったことも分かった。
「幼稚園の頃、お風呂で父に口淫性交をさせられた記憶がよみがえりました。今でも状況を思い出します。苦しくて嫌だったので、解離状態になりました」
◆漫画を連載することで自分も救われる
診断されてから、1年半後に『セックス依存症になりました。』を連載することになったが、漫画を描くことは、自助グループ的な効果があるという。
「自助グループでは、依存症回復のための12ステップがあるのですが、その最後のステップは、“他の患者を救うこと”です。自助グループは、秘密が守られることが大前提なので、連載を開始してからは出ていません。だけど、子どもの頃からの夢だった漫画家になれ、自助グループで自分の漫画が読まれたり、アカウントを知ったりして連絡がくると自分自身が救われます」
自慰も含めた性行為を断つことを“性的シラフ”と呼ぶ。今、津島氏は、一回スリップしたものの“性的シラフ”を保って、5、6年になるという。依存症は、一度なってしまうと、完全に回復する日は来ない。一生、共存していかなければいけない病だ。1人でも多くの人が早期治療につながるためにも必要なことは、社会が依存症という病を知ることではないか。
<取材・文/田口ゆう>
【田口ゆう】
立教大学卒経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアで連載や集英社オンラインに寄稿している。X(旧ツイッター):@Thepowerofdive1