JR西日本は2024年12月5〜6日、総合展示会「2024 Innovation & Challenge Day」を開催した。展示会では、JR西日本が「私たちが培った技術を外販します」という明確な意図があった。この模様を、前回の展示編と今回の講演編の2回に分けて紹介する。
展示編が主に技術に焦点を当てていたのに対し、講演編ではデザイン思考や働き方改革といった、技術の枠を超えたテーマが取り上げられた。JR西日本が幅広いテーマに取り組んでおり、またそれを外販しようという意図が伝わってきた。
●感性工学にも通じる「デザイン思考」が基調講演
講演会は3つの会場で計13講演が行われた。その中で特に興味深かった3つの講演を紹介したい。
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・基調講演「イノベーションを生み出すための、デザイン思考の本質」
登壇者はクリエイティブディレクターの山崎晴太郎氏(崎は「大」が「立」、以下同)とJR西日本の取締役兼常務執行役員 デジタルソリューション本部長の奥田英雄氏。山崎氏はJR西日本が手がける新たな決済サービス「Wesmo!(ウェスモ)」のデザインワークを担当している。
講演はデザイン論として「『体を動かす(行動する)』には『心を動かす』必要がある。心を動かす仕掛けがデザインだ」という話が印象的だった。月曜日から元気よく1週間を過ごすために、月曜の朝に新しいシャツをおろすような……かなり抽象的な話だが、心を動かす仕組みという考え方は、かつて私が学んだ「感性工学」に通じるものがある。
後半は、デザイン思考を取り入れたプロダクトとしてWesmo!が紹介された。JR西日本が開発したこの新決済サービスは、2025年春のサービスインを予定している。ICOCAの電子マネー機能と用途は似ているけれども、Wesmo!はNFCタグを活用した決済のほかにQRコード決済を利用できる。電子マネーのチャージは銀行口座などから行う。
強みはJR西日本が展開しているWESTERサービスと連携していること。WESTERはスマホアプリで、経路検索や運行情報を提供するほか、加盟店の割引サービスを展開する。また会員向けスタンプラリーの商品としてWESTERポイントを付与する。WESTERサービスとJR西日本が手がける決済サービス「ICOCA」「J-WESTカード」、インターネット予約「e5489」「EX予約」を組み合わせるとWESTERポイントがたまっていく。
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WESTERポイントは加盟店の商品購入で使えるほか、インターネット予約でも使用可能。WESTER会員向けのおトクなきっぷも用意している。いわば「WESTERポイント経済圏」がつくられたといえる。この経済圏を下支えする決済機能がWesmo!になる。Wesmo!で決済するとWESTERポイントがたまる、たまったWESTERポイントで決済できる、という仕組みだ。
QRコード決済アプリは国内で参入企業が多く10社を超えている。このうち上位の「PayPay」「楽天ペイ」「d払い」「au PAY」で、総決済回数の9割以上を占めるという。Wesmo!はいわばレッドオーシャンに乗り込んでいくことになる。心を動かすWesmo!で決済したくなる仕組みをいかに提供できるか、決済機能の差別化が課題だ。かなり挑戦的なプロジェクトだと思う。
・「グループ一体となったイノベーション活動の展開」
JR西日本 デジタルソリューション本部の若手数人による発表会。グループ会社から選抜されたチームが、社内で培った技術を外販する目的で活動している。展示会場にあったmitococaもこのグループの「商材」だ。事務や技術などそれぞれの専門分野を問わず、チームの誰もが自社の技術を外販するプロジェクトに参加している。
例えばJR西日本テクノスは社内向けに車両の延命化、再生、改造を行っている。このノウハウを使って、新車導入が難しい鉄道会社に対し、中古車両を改造した車両の導入を提案している。
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象徴的な商品は「踏切ゲート-Lite」で、踏切用の簡易な手動式遮断機だ。歩行者用の小さな踏切を渡るとき、歩行者自身が強化プラスチック製の遮断機を持ち上げる。これで、歩行者は「線路を渡る」ことを認識して、左右確認を促される仕組み。
鉄道の踏切には「警報器と遮断機」がある第1種と、「警報器のみ」の第3種、「標識のみで警報器も遮断機もない」第4種がある。かつては保安係が常駐する第2種があったけれども、現在はない。この中で事故が多いのは第4種。しかし警報器は列車接近センサーの設置も含めてコストが大きい。地方私鉄では騒音苦情から警報器を設置できない踏切もあるという。
そこでJR西日本は「踏切ゲート」を開発した。これは遮断棒が水平方向に動く方式で、自転車でも押し開けて通行できる。踏切ゲート-liteは人の通行に限り、遮断棒を持ち上げて使う。これらをローカル線の第4種踏切に設置したところ、踏切事故がなくなったという。JR西日本が課題を解決したモノは、他の鉄道会社でも受け入れられるはず。かくして技術畑の社員たちは営業に転じた。その苦労話も面白かった。
果たしてこれがどれだけの市場規模か、利益を生み出せるかは未知数だ。私も分野は異なるけれど、売り込みの苦労はよく分かる。営業は失敗の連続で心が折れることもあるだろう。しかし、登壇者のはつらつとした様子には、社会に役立つモノやサービスをつくっているという喜びが見える。それは働くモチベーションを上げると思う。JR西日本の狙いはこちらにあるのかもしれない。
・「JR西日本の働き方改革 Work Smile Project」
JR西日本 デジタルソリューション本部の講演と実例紹介。JR西日本は2021年度に「Microsoft 365」を導入し、全社員に向けた働き方改革に取り組んだ。社員それぞれがもつ創意工夫や「がんばる」「なんとかする」という精神論に頼らず、部署ごとにツールを開発して業務環境を改善する取り組みだ。外部のエンジニアではなく、技術を持ち運用する社員が自ら開発する強みがある。
コミュニケーションツールとして「Microsoft Teams」を紹介していた。社員全員にIDを発行し、日々の報・連・相だけではなく、例えば台風接近の時、被災状況、列車の遅れ、事故の情報を共有する。固い業務連絡だけではなく、やりとりの中で部門長が最前線の社員にグッドジョブマークを付け、現場の社員からハートが返ってくるという、コミュニケーションの取りやすいリラックスした雰囲気がつくられた。
興味深い実例として、敦賀駅の乗り換え手配の情報共有がある。2024年3月に北陸新幹線が敦賀駅まで延伸した。いままで京阪神から金沢、富山へ向かう人は、敦賀で在来線特急のサンダーバードと新幹線を乗り換える必要がある。乗り換え時間は最短8分、1回の乗り換えで最大800人が乗り換える。これは通常時に計算された乗り継ぎ時分だ。
しかし在来線のダイヤは気象状況によって乱れやすい。特に琵琶湖西岸の湖西線は強風の影響を受けるし、緊急手段として琵琶湖東岸の北陸本線経由に変更する場合もある。こういうとき、列車指令から接続に関係する乗務員、駅員などへ一斉に情報を伝える必要がある。
従来は運転状況を把握する列車指令が、関係するエリア隣接箇所の列車指令、乗務員、駅員にそれぞれ接続列車などの情報を伝えていた。駅では乗客案内係や、窓口に情報を伝え、払い戻しや接続列車の変更に対応する。これらを電話や列車無線で何度もやりとりしていた。しかし敦賀駅の規模では到底間に合わない。そこでダイヤ改正前に、現場社員によって「近畿金沢乗り継ぎワーキングチーム」を結成し、ダイヤ乱れに対応する通知機能を社内向けアプリとして実装したという。
現業の合間のアプリ開発は激務だったと予想する。しかし、実装すれば業務効率化によって負担が減る。現場で自分たちが使うアプリの開発は、保線関連部署などでも行われている。現在は生成AIを活用した業務マニュアル参照や機械の故障対応支援にも取り組んでいるそうだ。
JR西日本という、広範囲で従業員数も多い会社で、IT専門部署だけではなく、現場でも自由なアプリ開発を促進する。これは鉄道というよりITの分野で注目すべきことかもしれない。
「Innovation & Challenge Day」は、とても情報量が多く、気付きの多い内容だった。ただ、イベント名が抽象的すぎて、内容が伝わりにくい印象を受けた。せめて「Technology」「Business」の文字があれば関心を持つ人が多いだろうと思った。
いずれにせよ、鉄道周辺の技術とビジネスに関心を持つ人ならば必見のイベントだ。そのことは、この記事で伝えられたと思う。
(杉山淳一)
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