池田理代子の不朽の名作『ベルサイユのばら』(以下、『ベルばら』)が令和に劇場アニメとして蘇る。果たして、この不朽の名作にどう挑んだのか? 吉村愛監督、脚本の金春智子氏、キャラクターデザインの岡真里子氏にインタビューを敢行。3人の『ベルばら』愛や、かつてのテレビアニメ版とのアプローチの違い、歌唱シーンのこだわりなど、多岐にわたる話を聞いた。
[取材・文=杉本穂高]
■何度も噂された劇場アニメ化を実現
――皆さんの『ベルばら』との出会いについて教えてください。
吉村:親戚のお姉ちゃん家の本棚にあったのを読んだのが出会いでした。関西出身で宝塚歌劇が身近だったので、原作と宝塚の両方から『ベルばら』に入った感じですね。テレビアニメについてはもっと年齢を重ねてから見ました。そんな経緯で元々『ベルばら』の大ファンだったので、もし劇場アニメにできるならぜひ参加したいと思っていました。
岡:自分が子供の頃から普通に周囲にあった作品です。自分がそんな作品を手掛けるということが信じられない気持ちです。
金春:私は、高校生のときに、マーガレットでの連載を読んでいました。その頃から大ファンで、長浜忠夫さんと出崎統さんが監督を務めたテレビアニメ版も見ていました。
――どういう経緯で本作に参加が決まったのですか。
吉村:プロデューサーから「やりたい企画はありますか?」と聞かれたときに、『ベルばら』を挙げました。『ベルばら』が劇場アニメ化される噂は何度も出ては消えていったようですが、今しかないと思って言ってみました。それが9年くらい前になりますね。
岡:キャラクターデザインをやらないかと声をかけていただいた段階では、本当に決まるか半信半疑でした。決まったあとも実感ないまま仕事をしていましたが、動いている映像を見てようやく実感できました。
金春:私は、吉村監督とミュージカルアニメ『Dance with Devils』でご一緒して、その飲み会で『ベルばら』の話を聞いて、参加したいと名乗り出たのがきっかけです。吉村監督も私のことを想定してくださっていたようで、実際に企画が動き出すタイミングで連絡をもらいました。
――原作マンガの長い物語を映画の尺にするのは大変だったと思います。脚本作りで吉村監督と金春さんでどのように議論されましたか。
吉村:1本の作品として軸をしっかりさせるため、オスカル(・フランソワ・ド・ジャルジェ)と(マリー・)アントワネットの2人を中心に、尺と戦いながらの構成になりました。
金春:最初のプロットには、他のエピソードも含まれていたんです。でも、とても入りきらないので、泣く泣く削ったエピソードはたくさんあります。オスカルと(ハンス・アクセル・フォン・)フェルゼンが踊るシーンをカットする案も出ましたが、そこは絶対に必要ですとお話しするなど、いろんな話し合いを重ねましたね。全体としては2部構成のようにして、フランスの国力が低下していくとナレーションが入る辺りで分かれるような考え方で書きました。
吉村:そうですね。前半はオスカルとアントワネット、後半はオスカルとアンドレ(・グランディエ)が中心という感じで。
岡:スポットが当たられるキャラクターが限られる中、約2時間の尺にきっちりと収まっていて、これ以上ない構成だと、脚本を読んだときに思いました。
――岡さんは、脚本を受けて劇場アニメのキャラクターデザインをどういう方向でまとめようと考えたのですか。
岡:新しいデザインを目指すというより、基本は原作準拠です。原作からできるだけ離れないようにしたことと、衣装の貼り込みや3Dデジタルによる表現、撮影で光沢を入れてもらうなど、最新技術で表現できることは先に考えながらデザインしました。
――作画面で大変だったことはなんでしょうか。
岡:ドレスの構造がどうなっているのかとか、横からの見え方の違いなど、演出さんと原画さんに打ち合わせの度に説明しないといけなかった吉村監督は大変だったと思います。実際のドレスを美術館に見に行って触れる展示もあったので、写真も撮影して皆で共有しながら作画しました。
吉村:時代ものとしてもちゃんと見れるものにしたいと思っていたので、衣装の考証の先生にも入っていただき、当時の王宮のドレスを岡さんに表現していただきました。
――制作にあたって、フランスへ取材にも行かれたのですか?
吉村:ちょうど行こうかと話をしていたら、コロナ禍に突入してしまって取材に行けなかったんです。書籍やインターネットの力を借りながらの制作でしたね。
岡:今日、数えたら関連書籍が100冊超えてました。でもやっぱり現地には行きたかったですね。
金春:私は、個人的に2度ベルサイユ宮殿に観光で行ったことがあるので、そのときに買ったガイドブックを資料で提供しました。
吉村:ベルサイユ宮殿は観光地ですから行ったことのある人もいるでしょうし、現地を知っている人にもちゃんと通用するように作りたいなと努力しました。映像としてのウソはもちろんありますが、ディテールは細かく表現してもらっています。
■テレビアニメ版は「あえて見直さなかった」
――『ベルばら』を2025年に発表するにあたり、全体的にどういうアプローチでいこうと考えたのですか?
吉村:今の時代になぜ『ベルばら』をやるのかを企画当初に話し合いました。2人の女性が自立していく姿は、連載当時もすごく共感された部分だと思うし、それは今の社会でもきっと同じだと思うんです。でも、そうしたテーマ的なことより、今の技術で『ベルばら』を表現したい、そこにあらためてやる価値があるんじゃないかと考えていました。
金春:この前試写で見て、あらためて女性の生き方の描き方が先進的な作品だなと思いました。それは、この作品がそれだけ普遍的なものを描いていたからだと思います。本当に池田先生がこれを50年以上前に、20代前半のときに描かれたというのが信じられないですね。
――昔のテレビアニメ版はどの程度意識されたのですか。
吉村:今回の制作にあたっては、あえて見ないようにしました。やはり、名作ですし、見てしまうと確実に引っぱられてしまうので。自分たちなりの『ベルばら』を表現したいという思いもありましたし、かつてのテレビアニメ版とは別ものだと思って挑んでいます。でも、ある程度制作が進行した段階で、昔のテレビアニメ版を見たらやっぱり「絵画的で超かっけー!」と思いましたね。絵コンテを描いてるときにこれを見ていたら、絶対に引っぱられていたと思います。
金春:私は昔、放送時に見ていました。あのテレビアニメ版を作った方たちはすごい人ばかりで私も大好きな作り手の方たちです。でも、今回はテレビアニメ版のリメイクではなく、原作から新たに劇場アニメを作るという方向性です。昔のテレビアニメ版には一部、男性目線な部分もあります。今回は純粋に少女マンガの劇場アニメ化を目指しました。
吉村:自分も原作が大好きなので、その原作の魅力を表現したいというのが基本的な姿勢でした。我々も少女の時代があって、大概少女マンガ読んで成長しているんですよね。そういう意味では、プロデューサーも含めて主要スタッフに女性が揃ったので、意思の疎通はしやすかったです。言わずとも「ここがキュンとするんだよね」とわかってくれるので。向いている方向が同じだなと感じていました。
■歌唱力を重視―オスカルは満場一致で配役
――本作が劇中歌や登場人物たちによる歌唱も含めて、楽曲がふんだんに使用されています。
吉村:最初のシナリオ段階では、どこに曲を入れるかは決めていなかったんです。楽曲のシーンは強調表現なので、どのキャラクターの感情を際立たせるかを割り振って選出しています。
金春:前半のアントワネットの生活描写などは脚本で描写を積み重ねると尺が足りないので、そこを歌唱と映像で見せるというかたちでも使っています。そのほか、脚本を改稿しながら監督と打ち合わせをして、何ヶ所か脚本に場所の指定を入れたりしています。私は元々ミュージカルが好きなので、違和感なく書けました。
――楽曲をふんだんに使う作品という点で吉村監督と金春さんが監督と脚本を手掛けた『Dance with Deviles』とも共通点がありますが、その経験も生きているんですか。
吉村:そうですね。あれをさらにゴ―ジャスにしたような感じですね。テレビ作品の予算と尺あでは、ディズニー作品のように完全にリップシンク(口パク)させるのは大変すぎるので、一部ミュージッククリップ調にしていました。それを踏襲して、クリップ調のシーンと劇中歌のようなシーン、そしてザ・ミュージカルといった感じでリップシンクしてキャラクターが歌うシーンも挑んでいます。音楽を使った表現を全部やれたお得感が自分の中でありますね。
――キャスティングについてですが、歌要素もある中でどのように決めていったのですか。
吉村:オーディションには、原作の池田理代子プロダクションの方にも立ち会っていただき、オスカル役は満場一致で沢城みゆきさんでした。アントワネット役の平野綾さんは、池田プロから「王族としての気品を大切にしている」というお話があり、1番その気品が感じ取れた平野さんにお願いしました。歌唱力も必要になる作品なので、歌える方というのを前提にオーディションに来ていただき、歌唱も決める際に参考にしています。
――最後にこれから本作を見るファンに向けてメッセージをお願いします。
吉村:昔のアニメーションでは描き切れなった部分も、今の技術で見せられるようになり、オスカルやアントワネットたちが生きた当時のベルサイユを再現できたと思うので、彼女たちの生きている世界を感じてもらえるとうれしいです。
金春:大好きな『ベルばら』の素晴らしさを全力で映像にする仕事ができて本当に光栄です。「自由なのは心のみにあらず」というセリフがあるのですが、SNSの分断状況などを見ると、もしかすると自由や平等が失われつつあるかもしれない。そんな時代にも呼応する作品だと思います。でも、何よりまずは楽しんでいただけたら幸いです。
岡:『ベルばら』という物語はとにかくおもしろいので、原作を読んだことのない人にもこの作品が届くとうれしいです。
劇場アニメ『ベルサイユのばら』
1月31日(金)全国ロードショー
原作:池田理代子
監督:吉村 愛
脚本:金春智子
キャラクターデザイン:岡 真里子
音楽プロデューサー:澤野弘之
音楽:澤野弘之、KOHTA YAMAMOTO
アニメーション制作:MAPPA
製作:劇場アニメベルサイユのばら製作委員会
配給:TOHO NEXT、エイベックス・ピクチャーズ
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ:沢城みゆき
マリー・アントワネット:平野 綾
アンドレ・グランディエ:豊永利行
ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン:加藤和樹 ほか
ナレーション:黒木瞳
主題歌:絢香『Versailles - ベルサイユ - 』
(C)池田理代子プロダクション/ベルサイユのばら製作委員会