20球団以上が興味を示した争奪戦の末、ドジャース入団が決まった佐々木朗希。「完全試合を達成した2022年の序盤は人類史上最高のピッチングだった」と語る野球評論家、お股ニキ氏が佐々木を全方位から分析する!
* * *
■"令和の怪物"、MLBまでの歩み
"令和の怪物"佐々木朗希がついにMLBへ! 大谷翔平、山本由伸のいるドジャースへの加入が決まり、「最強日本人トリオ」が結成されることとなった。
期待は膨らむばかりだが、改めて佐々木朗希という投手の能力と可能性について、冷静に整理しておきたい。解説するのは、デビュー当初からそのポテンシャルを高く評価してきた本誌おなじみの野球評論家、お股ニキ氏だ。
「プロ3年目の2022年、そして翌23年は間違いなく世界ナンバーワン投手でした。特に完全試合を達成した22年の序盤は日米関係なく、人類史上最高レベルのピッチングだったと思います。
|
|
この2年間と比べると、昨季はあまりいいピッチングではありませんでした。とはいえ、ポテンシャルが異次元なので、悪いなりのピッチングはできていました」
日本球界での5年間を改めて振り返りたい。大船渡高校時代に高校生歴代最速となる163キロを計測し、"令和の怪物"と騒がれた逸材は19年ドラフトで4球団競合の末、ロッテに入団。しかし、ルーキーイヤーは1軍、2軍とも未登板で肉体強化を図る一年だった。
プロ初登板は2年目の21年5月。この年は11試合に登板し、3勝2敗。ただ、後半戦だけを見れば6試合に先発して防御率1.22と怪物の片鱗を見せた。
そして迎えた3年目、22年4月10日のオリックス戦で史上最年少(20歳5ヵ月)での完全試合を達成。世界記録となる13者連続奪三振、NPBタイ記録となる1試合19奪三振のおまけ付きだった。
「最後の打者、杉本裕太郎にはワイルドピッチもできない場面でしたし、誰もが直球締めを予想する中、佐々木は躊躇なくフォークを3球続けて三振に仕留めました。この日はフォークでも最速149キロを計測。制球力も含め、『世界一のフォーク』といえるボールでした」
|
|
佐々木は次の試合も8回無安打14奪三振無失点。まさにこの4月の出来こそ、お股ニキ氏が語る「人類史上最高レベルの投球」であり、特にフォークは別格だった。
「真っすぐはシュートライズして右上に浮き上がるので、左打者のアウトハイへ逃げていく一方、フォークはスライドして左打者のインローに落ちていくジャイロフォーク。
球界屈指のミート力を持つ近藤健介(ソフトバンク)も、『真っすぐを当てようとするバットの軌道だと(佐々木の)フォークは一生当たらない。フォークを打てる打ち方だと(佐々木の)真っすぐは一生前に飛ばない』と語るほど、ジャイロフォークは有効なボールなんです」
この類を見ない球速、球質のストレートとフォークボールに加え、佐々木の魅力のひとつが制球力の高さだという。
「針の穴を通すタイプではないですが、狙った箇所にはバシッと投げられる。佐々木はいうなれば、『コントロールのいい藤浪晋太郎』なんです」
|
|
■"不調"の原因はフォームとフォーク
23年はケガで15試合の登板に終わり、7勝4敗だったが、防御率は1.78と抜群の安定感を誇った。完全試合を達成した前年から続いたこの黄金の2年間と比べると、24年は自身初の2桁勝利を達成したものの、防御率2.35と佐々木にとっては調子を落としたシーズンとなったが、実は投球フォームに微妙な変化が生じ、投球の質の低下を招いたという。
「完全試合を達成した時期と比べると、昨季は体が真っすぐホームに向かって投げられていませんでした。結果として、ストレートは引っかけ気味になって球速と球質が低下し、本来のシュートライズする軌道ではなくなりました」
また、ストレートだけでなく、絶大な威力を誇ったフォークの球質も変わってしまったという。
「昨季は持ち味だったジャイロフォークではなく、スライダーと差異化させようという狙いからか、シュート気味のフォークに変更。しかし、結果として球速は10キロ以上落ち、対応されやすくなってしまった。ストレートを生かす上でも『ジャイロフォークが最強』ということを認識してほしいです」
お股ニキ氏は「フォークの改悪ぶりは同業者の目から見ても明らかだった」と、フジテレビ『すぽると!』の人気コーナー、プロ野球選手がほかの選手を評価する「100人分の1位」企画の内容を紹介してくれた。
「22年の『変化球部門』では、佐々木のフォークが1位に選出され、翌年も5位と上位をキープしていたものの、24年は一気に19位までランクダウン。この結果がすべてを物語っています」
なぜ、このような変化が生まれてしまったのか? お股ニキ氏は「MLB挑戦を見据えた影響」と推察する。
「MLB移籍を見据え、出力を落としても球がいく、故障しにくいフォームを模索した結果、崩れてしまったのだと思います。そもそも楽に打たせて取るのも、力を必要以上に抜いてしまうと難しい。のらりくらりと投げていてはかえって打者を仕留めるのに時間がかかり、制球も乱れてケガの要因にもなります」
それでも、昨季は自身初の10勝をマーク。悪いなりにも結果を残したといえる。
「クレバーで野球脳が高いことも佐々木の才能。日本ハムとのクライマックスシリーズでも、ストレート狙いで振ってくる水野達稀に対して、佐々木は変化球で冷静にカウントを整え、最後にズバッとストレートで見逃し三振を奪いました。悪いなりにも格の違いを見せつけて、最低限の成績を残したといえます」
■目指すべき理想像はサイ・ヤング右腕
25歳ルールにより、マイナー契約での出発となる佐々木。しかし、同じ23歳でのポスティング移籍でエンゼルスとマイナー契約を結んだ大谷翔平は、開幕直前にメジャー契約を結び、開幕戦からスタメン出場。この前例を考えれば、佐々木もすぐにメジャー昇格を果たす可能性は十分ある。
では、MLB1年目はどんな成績を期待すべきか? パ・リーグの絶対的エースが渡米、という点で千賀滉大や山本の1年目の成績が目標になるのだろうか?
「ふたりともNPB最終年は防御率1点台と無双していましたが、MLB1年目は千賀が12勝、防御率2.98。途中離脱のあった山本が7勝、防御率3.00でした。やはり、この水準は目指してほしいです」
また、昨今のMLBの打者傾向も、佐々木にとってはくみしやすい状況だという。
「実は2年ほど前からMLBの打者の傾向が変わってきて、落ち球や変化球にも対応する待ち方になっています。その分、ストレートはもっと速く高めに投げ、落ちる球ももっと鋭く変化させたほうがいい。うまくハマったのが昨季の今永昇太(カブス)です。佐々木は真っすぐも落ち球もハイレベルなので期待できます」
一方、MLB公式球への適応に問題はないのか?
「昔の投手と違ってWBCも経験していますし、情報もある。ひと昔前のような、『アメリカに行って実際に投げたら違和感が......』という状況はありえない時代です。また、最近はNPB公式球の縫い目が高くなり、以前よりも重くなっているので、そこまでMLB公式球が投げにくいとは思わないはずです」
お股ニキ氏が「日本人投手の中で完璧なシーズン」と語るのは、15勝9敗、防御率2.33を記録した22年の大谷だ。佐々木はいずれこの数字を超える力も十分にあるという。
「無双状態だった22年序盤、完全試合前後の3試合の投球がMLBでもできるかどうか。ただ、投手としてのタイプが違うため、大谷を踏襲すればいいというわけでもない。
比較対象とすべきはサイ・ヤング賞2度のジェイコブ・デグロム(レンジャーズ)。球質や身長、スピード、投球の構成や組み立て、ロボットのように淡々と同じ投球ができる点も似ています。デグロムのような圧倒的な球の質で抑えてほしい。そのためにも『ジャイロフォーク』の復活は不可欠な要素です」
■ドジャース移籍は当然の決断
ドジャース入団という選択は、佐々木の今後の野球人生にどんな影響を及ぼすのか? まずは、お股ニキ氏の率直な感想を聞こう。
「個人的には、投手のデータ分析に長けるアストロズで見てみたかったですが、環境、戦力、資金力など含め、ドジャースを選んで当然といえます。ひとつのチームにスターが集結することで、サッカーのような世界的ビッグクラブができるかもしれません」
佐々木が加わったことで、ドジャースの先発陣はどんな陣容になるのか?
「昨季主戦投手だった山本とタイラー・グラスノー、復活を目指す大谷、トニー・ゴンソリンに加え、今季加入のサイ・ヤング賞投手ブレイク・スネル。そして、佐々木朗希のローテが完成しました」
先発陣の層が厚いことは、「日本で規定投球回を投げたこともないのに過酷なMLBで持つのか」という点でずっと疑問符がつきまとっていた佐々木にとっても、ポジティブなものであるはずだ。
「先発の頭数はたくさんいるし、ケガさえしなければ最強の実績を持つ投手ばかり。ドジャースは毎シーズン、故障者を多く出しますが、ワークシェアしていくイメージで中6日のローテが増えそうだと考えると、佐々木の1年目は20試合先発で10勝3敗、防御率2.50くらいが現実的な目標。あわよくばもっと登板して15勝してほしい」
球団としての育成方針もドジャース入団の決め手だった、とされている。実際、投手育成の観点でドジャースのストロングポイントは何か?
「スラッタータイプ(カーショウ、グラスノー、山本)とスイーパータイプ(大谷、エヴァン・フィリップス、ブレイク・トライネン)、両方のタイプの適性に合った投球をさせている球団なので、佐々木に合ったピッチングデザインをしてくれるのではないでしょうか。大谷、山本からの助言やアドバイスがあるのも好材料です」
お股ニキ氏は続けて、「育成うんぬんの悠長な考えはよくない」と指摘する。
「日本で大事に育てられたからか、『徐々に順応して30歳くらいで全盛期を......』と考えるファンも多いと思います。でも、それでは遅い。肉体面と経験面を考えれば、25歳ぐらいが投手としてのピークかもしれません。データ的にも30歳を過ぎると急に衰えが出始めるもの。
今年はMLBに慣れるシーズンだとしても、来年か再来年には年間30試合に先発して18勝ぐらいしてほしい。通用するかどうかではなく、サイ・ヤング賞になるかならないか、というレベルの投手だと思いますから」
日本人投手初の大偉業、サイ・ヤング賞投手への道。先輩である大谷や山本も佐々木には負けていられないはずだ。「最強日本人トリオ」がサイ・ヤング賞争いを繰り広げるとんでもない未来が待っているかもしれない。
文/オグマナオト 写真/時事通信社 アフロ