プロ3年目となる今シーズン、横浜DeNAベイスターズの捕手である松尾汐恩は、闘志をみなぎらせて言った。
「フィールドでプレーする姿をたくさんの人に見てもらいたいと思っています。バッティングはもちろん、キャッチャーとしても。自分自身に期待感をもって新しいシーズンに挑みたいですね」
【プロ野球人生初のお立ち台】
昨シーズンは、プロとしてスタートを切ることができた1年間だった。
オープン戦で打率.350と結果を残して初めて開幕ベンチ入りすると、3月31日の広島戦で代打としてプロ初出場。4月2日の阪神戦でプロ初安打を放つと、4月4日の同カードでは初のスタメンデビューを果たした。
初物づくしの1年、一軍での成績は27試合、40打席、8安打、1打点、打率.211。決して芳しい数字ではないが、数少ないチャンスのなか、確実な一歩を印すことはできた。
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「ファームの鶴岡(一成)バッテリーコーチからは『2年目だからといって経験不足を言い訳にするなよ』と言われてきたので、当然自分の成績には満足していません。自分としては常にフィールドに立つということをイメージしていたので、やっぱり悔しい1年間だったと思います」
初の一軍でのプレーに、うれしさよりも悔しさが先にくる意識の高さ。ただ、松尾はそう言うが、要所で見せた積極的なバッティング、ボールの見極めなどは高卒2年目とは思えない非凡なものがあった。一軍帯同中は、周りを観察しながら常にアップデートを試みるような様子だった。
「代打での起用が多く、どのようなアプローチでゲームに入っていけばいいのか最初はわからずに、簡単にボールを見逃して、勝手に打席が終わっていくような感じでした。なにかを変えなければいけないと思い、とにかくどんどん仕掛けていくことを念頭に置き打席に入りましたね」
そして8月10日のヤクルト戦でスタメンマスクをかぶり、5打数3安打を放ち、プロ初打点を挙げると、プロ初のお立ち台に立った。
「最高でしたね」
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松尾はそう言うと顔をほころばせた。
「小さい頃からいつかは立ちたいなと思っていた場所でしたし、あそこに立ってあらためて感じたのは、たくさんのファンの方々に応援されているんだということでした。本当に感謝ですね。もう一度立つために頑張るんだという気持ちも強くなりましたし、今シーズンはたくさん立てるようにしたいです」
【戸柱から学んだ観察力の大切さ】
では、キャッチャーとしてはどうだったのか。昨季は4試合でスタメンマスクを被った。
「やはりファームとは違う緊張感がありました。当然、バッターのレベルは高いので、なにを考えて打席に入っているのか、観察力が試されました。でも最初は考える余裕はなかったんですけど、経験が増えるにつれ、自分のなかの発想力だったり、野球観というものをぶつけていこうと思いましたし、引き出しも増えたのではないかと思います。冷静に、いろいろ考えながらやっていけるのではないかと手応えも感じました」
頼もしい表情で松尾は言った。DeNAの捕手陣はレギュラーの山本祐大をはじめ、ポストシーズンで力量を見せつけた戸柱恭孝、経験豊富なベテランの伊藤光らがおり、リーグきっての層の厚さを誇るが、今季、松尾はここにしっかりと割って入っていかなければいけない。
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バッティングに関してはファームで打率.326という数字を残し、三振も少なく、かつミート力の高さを見せつけた。イースタン・リーグの首位打者獲得の可能性もあったが、9月上旬のファーム戦でスライディングの際に右手首を痛め戦線離脱をしてしまう。
2024年シーズンはここまでかと思われたが、松尾はあきらめることなく治療に努め、ギリギリのところで間に合い、10月2日に一軍登録されると、そのままポストシーズンに帯同された。
初体験となった怒涛のポストシーズンでは、ここ2年一緒に自主トレをしている戸柱とともに行動した。下剋上を狙うチームをけん引する戸柱の姿に松尾は深い感銘を受けたという。
「やっぱり人をよく見ているなって。だからその都度、ピッチャーにいいアドバイスを送れますし、観察力の大切さをあらためて学びました。一緒に食事をして話す機会も多かったのですが、『そこまで見てるんや?』という細かいところまで見ていて、戸柱さんは本当に隙がないんですよ」
試合後に食事に行くと、その日の試合内容について語り合った。おもにマスクを被っていた戸柱は、ベンチから見ていた松尾の意見にも耳を傾け、次の試合への参考にしていたという。
「自分の思ったことも伝えさせてもらい、ふたりで状況を照らし合わせて、話し合いができたので、自分としても実りのある日々でしたね」
【最高だった初めてのビールかけ】
そして日本シリーズ、DeNAは初戦を落とし、つづく2戦目でも劣勢を強いられていた。0対6のビハインド、松尾は5回裏に代打で出場するとレフトへタイムリーツーベースを放ち、そのまま戸柱に代わりマスクを被った。
中川颯、坂本裕哉、伊勢大夢といったリリーフ陣のボールを受け、4イニングの各回を三者凡退に収めている。後手にまわることのない内角を差す攻めの配球。左腕の坂本は「汐恩が積極的に強気のリードをしてくれた」と、試合後に語っている。
あの時、松尾は何を考えながらフィールドを見つめていたのだろうか。
「自分としては初戦を落とし、第2戦も負けている状態で、空気や流れを変えられないかなって思いマスクを被っていました。負けているから大胆に、インサイドをバンバン攻めたり、とにかく次につながることをしたくて、リードしていましたね」
第3戦前の選手ミーティングが功を奏したなどいろいろな要因はあるが、この第2戦終盤の松尾を中心とした守りも、日本シリーズ制覇へのひとつのカギになったはずだ。
あの場でそういったことができる嗅覚とセンス。もっと試合で見たいと思わせる資質が、松尾にはある。だが、本人は抜かりなく自分自身を見つめている。
「まだまだ覚えることは多いですし、キャッチングにしてもスローイングにしても課題は山積みですから、ほかの人よりも練習をしなければいけない。普段のシーズンとは違う緊張感があった日本シリーズをベンチで見ていて感じることは多かったので、自分の理想のキャッチャー像に近づけるように、立ち居振る舞いも含め、さらに自分を高めていきたいですね」
それでも2年目は爪痕を残すことができましたね、と伝えると、松尾は少しだけ顔をゆがめかぶりを振った。
「やっぱでも、まだまだですよ。全然満足していませんから。次はあの日本シリーズのフィールドに自分が立っていないといけない」
どこまでも揺るぎない向上心。ルーキーイヤーから話を聞いているが、その口調や所作は、もう立派なプロ野球選手である。
「やっとスタートラインに立てたと思うので、今年が勝負。レギュラー争いに入っていけるようにしたいと思います」
松尾は昨年の7月で20歳になっており、それもあってポストシーズンでは歓喜のビールかけに参加することができたのだが、あの至福の時間はどのように感じたのだろうか。
「本当、楽しかったし、最高でした。早めに生まれてきてよかったですよ。お母さん、ありがとうって感じですね」
そう言うと、松尾は笑った。
「あれをまた経験できるように頑張ります」
DeNAが悲願の27年ぶりのリーグ優勝を目指すには、チーム一丸となることが求められ、必然的に総力戦になる。松尾は厳しい競争のなか、自分の役割をどこまで果たすことができるか刮目したい。