嫁姑の関係が悪化
YouTubeチャンネル「認知症おばあちゃん」のチャンネル登録者数は11万人超(2025年1月現在)。累計視聴数は6700万回を超える。人気の理由は、認知症になっても笑顔を絶やさずポジティブに過ごす92歳のおばあちゃんと、在宅で介護する家族とのリアルなやりとり。おばあちゃんが同じ質問をくり返してしまうといった認知症あるある、の様子を、編集を加えユーモアを交えて映し出している。同時に、認知症のさまざまな症状に対して家族がどう接しているのかを丁寧に伝えることで、広く認知症ケアに悩む人の共感を得ているのだ。
特に反響が大きいのは、嫁の立場である、だんだん・えむさんが、何があっても、おばあちゃんに対して穏やかに接している姿。コメント欄には「お嫁さんの対応がすばらしい」「見習いたい」といった称賛の言葉が並ぶ。
しかし、だんだん・えむさんも、最初から怒らずにコミュニケーションがとれていたわけではない。認知症の症状による暴言や物取られ妄想、徘徊(はいかい)など、おばあちゃんの言動にとまどい、家庭内が殺伐として家族の笑顔が消えていた時期もあったという。
「私と夫、娘と同居しているおばあちゃんの物忘れが目立ってきたのは10年ほど前。83歳だった当時、下着の訪問販売の仕事を続けていて、車も運転していたのですが、発注ミスや、車をぶつけることが増えていました。でも、その場その場の言動があまりにしっかりしていたので、私も夫も年相応の衰えだろうと思っていました」(だんだん・えむさん、以下同)
ところがしだいに、だんだん・えむさんの職場に一日に30回も電話する、財布を取られたと思い込み、交番で騒ぎになるなどトラブルが続くように。そして、2017年には病院でアルツハイマー型認知症であると診断を受ける。
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「2017年から2年ほどは、人さまにご迷惑をかけることも増え、家族もイライラ。『ダメダメ!』とつい声を荒らげてとがめるようになりました。すると、おばあちゃんも興奮して、かたくなになるという負のループで……」
おばあちゃんの実の息子である、だんだん・えむさんの夫も口をそろえる。
「父を早くに亡くしており、しっかり者の明るい母が女手一つで私を育ててくれました。そんな母親像が拭いきれず、認知症と診断を受けてもなお、話せばわかってくれるはずと思ってしまった部分もあって。単身赴任先から電話で『孫の受験勉強の邪魔をするな』と2時間も説得したことも。でも母は口が達者。私も腹が立ってきて、最後は毎度、怒鳴り合いでしたね」
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動画を見て気づいた間違ったケア
そんな負のループに転機をもたらしたのが、スマホで撮影をした1本の動画。コロナ禍にあった2021年3月、外出が制限される状況で、親戚におばあちゃんの様子を伝えようと録画したものだ。
「動画を見ておばあちゃんの困った言動に注意する私の口調が、すごくキツいことに気づいて。それが症状をより悪化させているのかもとハッとしたんです」(だんだん・えむさん、以下同)
それを機に夫婦で認知症関連の書籍を読むなど、ケアについて学び直すことに。主治医にも相談してわかったのは、認知症の症状のうち、記憶障害のように脳細胞が壊れることによって起こる「中核症状」は改善が難しいこと。一方、暴言や妄想、徘徊などの「周辺症状」は、優しく接するなど対応しだいで、緩和できる可能性があるということ。
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「そこで私たちは、おばあちゃんを責めたり否定したりせず、感情的にならないように心がけました。すると、おばあちゃんもだんだんと穏やかになって、持ち前の笑顔が戻ってきたんです。また、カメラを向けるとイキイキと話してくれるのもわかって。せっかくならとYouTubeチャンネルを開設。私の対応を褒めてくださる方もいますが、結果的に自分がストレスを増やさないために優しく接しているんです」
ただ、「もっと早くこうしていれば、おばあちゃんに親子で怒鳴り合うようなことをさせずにすんだかもしれない」と後悔は残るという。
介護で悩む人たちの支えに
動画では、おばあちゃんがデイサービスに行く前にズボンを何回もはき替えたり、気になることがあると夜中に何度でも起きてしまう様子なども紹介している。
「すると『うちもそう』『動画では見えないご苦労があるでしょう』などコメント欄が共感の場になります。『お嫁さんのように接したら、姑(しゅうとめ)の暴言が減った』という人もいて、印象に残っています」
中には「介護がつらい」「泣いてばかりいる」など切実な心情を吐露する人も。介護士や施設職員など介護のプロからも「参考になる」「そうしたいが、人手不足で心に余裕がない」などジレンマに悩む声も届く。また、ある認知症専門医からは、「動画の活用は介護を客観的に見る機会にもなり、認知症ケアの新しい展開だ」と評価を受け、コラボ動画が実現した。
このような反響から、夫妻は「徐々にチャンネルが持つ社会的な役割を意識するようになった」と話す。
「うちのチャンネルが介護に悩んでいる方のコミュニティーになればと思うようになりました。加えて、私たちが介護で工夫したことも参考になればと思い伝えています」
例えば、仕事や家事に集中したいときに、何度も同じ質問をくり返してくるおばあちゃんに対して、生成AIを使った対策を試みている。
「最近では音声会話をしてくれる生成AIもあって、おばあちゃんが話しかけると意図を酌み取ってちゃんと返答をしてくれるので、試行錯誤しながら使っています。家族の負担を減らす方法のひとつとして、参考になればと」
だんだん・えむさんは、おばあちゃんと同居して23年。嫁としては姑に対してどこか遠慮があったとか。ところが今、おばあちゃんをカメラで追ううちに、身近でよい関係になれたと感じるという。
「おばあちゃんの認知症の進行は比較的ゆっくりですが、確実に進んではいます。どこまで動画で届けるべきかは慎重に判断しないといけませんが、それでも何らかの形で、認知症ケアに関わる人に役立つことを探っていきたいと思っています」
教えてくれたのは
だんだん・えむさん
2016年より義母の在宅介護を始める。2021年、YouTubeチャンネル「認知症ポジティブおばあちゃん」を開設し、認知症ケアのリアルな日常を発信。著書に『認知症ポジティブおばあちゃん〜在宅介護のしあわせナビ〜』
(フォレスト出版)。
取材・文/志賀桂子